第243話 シャルトルの傷
フランスは、妙に静かになった中央の町を、久しぶりのシャルトルの愛馬、りんごちゃんの背に乗って、進んでいた。
フランスの前には、シャルトルがいる。
大聖堂から出ようとなったとき、シャルトルがすこしだけ待って欲しいと言い、冬将軍とふたり連れだって、先に外に出た。
しばらくすると、ふたりは何食わぬ顔で、大聖堂へと戻ってきた。
シャルトルが、散歩の報告みたいに言う。
「大聖堂を囲んでいた騎士たちは、眠らせておきました。朝までは、どんなに大きな物音がしても目覚めないでしょう」
さすが第一番の聖女の力ね。
そうして一行は、争いごとのかけらもなく、大聖堂を出た。
フランスは、シャルトルと一緒にりんごちゃんの背に乗った。フランスの肩には、コウモリ姿のイギリスとヴラドが乗っている。
ブールジュ騎士団は、馬を用意するためにブールジュの根城に戻ることになり、それぞれ別で行動して、町のはずれで落ち合うことになった。
しばらく進むと、何事もなく、町はずれに着く。
まだ、ブールジュや、他の聖女は着いていないようだった。
全員がそろうまで、フランスは、馬上でシャルトルとおしゃべりをした。
シャルトルが、フランスの首元にいるコウモリをまじまじと見ながら言う。
「イギリス陛下は、コウモリの姿にもなれるんですね」
「はい、かわいいコウモリちゃんです」
「たしかに、ちいさくて可愛らしいです。その、もうひとり、肩に乗っているコウモリは、もしや……、あなたの教会の上であばれた青い竜ですか?」
「はい、そうです。ヴラドといいます」
「そちらも、可愛らしいですね」
ヴラドが得意そうにキィキィ言った。
なんて言っているのかしら。
かわいらしいわね、子コウモリちゃん。
そのうちに、全員がそろって、一行は夜の街道をヴォーバン老元帥の居城まで移動した。
ヴォーバン老元帥の居城は、中央の町からさほど離れてはいない。
それでも、ヴォーバン老元帥の城の近くに到着したころには、人をたずねるにはかなり非常識な夜更けになっていた。
星型要塞と呼ばれる町を、見下ろせる丘の上で、一行は馬をおりた。
シャルトルが使者をふたり送る。
フランスが、星型要塞を眺めていると、あのいつもの教皇付きの幼馴染の助祭が、フランスのもとにやってきて、ひかえめな声で言った。
「フランス聖女様、どうか、癒しの力を与えてはいただけませんか?」
「まあ、お怪我を?」
「いいえ、わたしではありません。聖下……、いえ、シャルトル聖女の傷を癒していただきたいのです?」
「えっ」
さっき、馬から降りるのを手伝ってもらったくらい、怪我があるとは感じさせない動きだったのに。
「怪我をしていらっしゃるんですか?」
「はい。どうか、こちらへ」
フランスは、肩にとまっているヴラドとイギリスを、そこらに降ろして、コウモリ姿のふたりに言い聞かせる。
「喧嘩しちゃだめよ」
ふたりとも、不満そうにキィキィ言った。
「ぜったい、だめだからね」
そう言いおいて、助祭のあとについてゆく。
いくらか木がある場所に、枝にくくりつけるようにして、幕がはられていた。
その前を冬将軍が、守るようにして立っている。
助祭は、ためらいなく幕の内側に入った。フランスもあとに続いた。
中にいたシャルトルが驚いた顔で、フランスを見た。
助祭が、すこし申し訳なさそうに、シャルトルに向かって言う。
「癒しの力を与えていただこうと、お呼びしました」
助祭が勝手をしたのだろうか、シャルトルの顔は、やれやれといった感じだったが、せめるような表情ではなかった。
助祭が手伝うようにして、シャルトルが服を脱ぎ、その背中があらわになる。
フランスは眉をしかめた。
ひどいわ。
フランスはすぐさま、言った。
「あなたは癒された」
光が、心の内をなでる。
小さな傷や、色が変わっているような部分は、いくらかましになるが、大きな傷は残っていた。
助祭が、残っている傷に手早く治療をほどこす。
シャルトルが、苦笑しながら、フランスに向かって言った。
「結局、あなたに見られてしまいましたね」
「この傷は……」
「処刑の日まで拘束されていましたから。わたしのことを女だと知ってかくまったものを吐かせるための、むち打ちですよ。処刑の時にぼろぼろになっている姿を、民衆の目にさらしたくなかったらしく、背中だけですんで幸いでした」
シャルトルの背や肩にある傷は、新しいものだけではなかった。
「他の傷は、襲撃によるものですか?」
「ええ」
助祭が、手当てをしながら言った。
「診療所でしっかりとした手当てを受けられれば、もっと傷跡は少なかったはずです」
シャルトルが、やれやれと笑いながら言う。
「女だとばれてはいけませんからね。適当に自己流で手当てし続けていたら、こんな感じになってしまいました」
フランスは、シャルトルをまっすぐに見つめて言った。
「たとえどれほど傷があっても、シャルトル、あなたは誰よりも美しいです」
世界で、いちばん、美しいです!
ぜったい!
助祭が、なんだか不満そうに小声で言った。
「いつも、もっとちゃんと手当てをしていたら、もっと美しかった」
シャルトルが、嫌そうな顔で、でも気心の知れた様子で答える。
「うるさいな。せっかく、美しいと言ってくれているのに、邪魔するな」
「邪魔してない」
シャルトルが、いじわるな顔を助祭に向けて言う。
「ああ、でも、美しいとは思っているんだな」
「……思っている」
むすっとしたまま答える助祭に、シャルトルがちょっと引き気味に言う。
「やけに素直で気持ち悪い」
「……」
黙ってしまった助祭の様子をちょっとうかがうようにしてから、シャルトルはフランスに顔をむけて言った。
「せっかく再会できたのに、ずっと怒っているんですよ」
助祭が、丁寧な手つきで治療しながら言った。
「ひとりで……死のうとするからだ」
シャルトルが、叱られた子供みたいな様子で言う。
「ごめん」
尊い。
尊すぎる。
このやりとり、永久保存したい。
幼馴染同士の、遠慮のない様子に、フランスは感動して、目を見開き、心に永久保存しようとした。
「普段は、おふたり、そういう感じなんですね」
シャルトルが、口をとがらせて言う。
「見た目が優しそうですが、誰より頑固なんですよ、この男」
「シャルルに言われたくない」
シャルル呼び!
良い!
良すぎる‼
永久保存‼
手当てを終えて、三人で幕の外にでる。
助祭と冬将軍が、てきぱきと幕をかたづけはじめた。
冬将軍は幼馴染じゃないわよね?
いつからのお付き合いなのかしら。
フランスが、それとなくシャルトルに聞くと、シャルトルは「ああ」と笑ってから、冬将軍と助祭に聞こえる声で言った。
「彼は、わたしのことを手籠めにしようとしたんですよ」
えっ⁉
衝撃的な関係‼




