第242話 星をたどれ!
フランスは、シャルトルの思わぬ発言に、イギリスと目を見合わせた。
「……」
「……」
その様子を見て、シャルトルが、くすりと笑って言った。
「教会に、わたしの目がひとつもなかったと、お思いですか?」
そうか……。
たしかに、フランスのまわりにあるうわさについても、シャルトルはやたらと詳しかった。
教会で入れかわりについて知っている者……?
え、でも……。
まさか。
フランスが思い当った人物について考えていると、すべてを見透かすようなシャルトルブルーの瞳が、フランスに向けられた。
シャルトルが、にっこりと言う。
「シャルトルーズ商会の重役でもあるのですよ。物流の要ともいえる人物です。演技力もすばらしいでしょう? ミディは」
やっぱり、ミディおばあちゃん!
うそでしょ、あの感じが、演技⁉
フランスは、思わず言った。
「いつから……、ご存知だったのですか。入れかわりについて」
「イギリス陛下が、教会で過ごされるようになって、かなり早い段階で、ミディがこの不可解な内容について報告してくれたのです。食堂で過ごしている時の言動や、東側の領主の娘が、フランス、あなたをいじめに来たときにも、ミディは違和感を感じていたそうです。どうやら午前中だけ入れかわる、という具体的な内容は、陛下が教会を去ったふりをした後でしたが」
全部、ばれていたんだ。
イギリスが、教会を去るふりしてたことまで……。
フランスは、気まずい気持ちで言った。
「聖下……、あの……、黙っていて申し訳ありませんでした」
つい、聖下と言ってしまう。
上司に嘘をついていたのが、ばればれだったなんて。
シャルトルは、苦笑しながら言った。
「わたしに、赤い竜の力を悪用されることを、おそれたのでしょう? いいんですよ。わかります。わたしは、必要ならばそうしていました」
やっぱり?
フランスが身体を小さくして、反省しています、を強調していると、シャルトルが笑って言う。
「それと、もう聖下ではありませんよ」
「では……」
「シャルルもいいですし、シャルトル、と気さくに呼ばれるのも、いいですね」
え~、そんな。
聖下のお名前を、そんな風にお呼びするなんて。
恥ずかしい。
嬉しい。
フランスは、ちょっともじもじやりながら言った。
「シャルトル」
笑顔で、返される。
「フランス」
きゃっ。
ふたりでにこにこやっていると、イギリスが完全に面白くなさそうな顔をした。
まずい。
今は、イギリスのご機嫌は良くしておかないと。
シャルトルと商会が、帝国に無事に行けるように。
フランスは、気持ちイギリスに近づいて立った。
イギリスが、あからさまにため息をひとつついて、シャルトルに向かって言う。
「通行手形はあるのか?」
「ええ、こちらに」
「帝国は、商人が国境を通ることを禁止していない。通りたければ通れ。皇帝の許可があることは……、事前に通告しておこう。それと、商会の本拠地は、帝国の直轄領に」
「ぜひ」
イギリスが、すこし考えたあと、フランスのほうをちらっと見てから言った。
「そうだな、アキテーヌがいいだろう」
「我らとしてもなじみ深い場所です。アキテーヌはゆたかな地ですから」
アキテーヌに!
それって、なんだか素敵。
その後は、みんなを呼び戻し、教国を脱出するための作戦会議となった。
礼拝堂に大きな机をはこびこみ、地図をひろげて確認する。
シャルトルが、地図をさしながら言った。
「アキテーヌへ向かうために、われわれは、帝国の国境に無事到達する必要があります。東西どちらの街道を使っても、領主がこれを邪魔するでしょう。ですが、ひとりだけ、中立を保ち続けている人物がいます。ヴォーバン老元帥です」
ヴォーバン……、どこかで聞いたような。
気のせいかしら。
シャルトルの説明がつづく。
「ヴォーバン老元帥は、東西の境に領地を持ち、この中央の町から、帝国への国境に至るまでの、ひとつの街道を管理している貴族です。関所も、彼の管理下です」
イギリスが、思い出すようにして言った。
「ヴォーバン……、攻城戦の手練れだな。彼のつくる星型要塞は堅牢だと、帝国でも有名だ」
「そうです。堅牢な街づくりの第一人者であり、今も、帝国と教国の間の街道を、守護する人物でもあります」
フランスは、シャルトルが指さす地図の先を見た。
ヴォーバン老元帥が管理しているという街道に沿って、いくつか星が並んでいる。星型の町のようだった。
町ごと、要塞のようにしているのね。
シャルトルが、地図の上に指をすべらせながら言う。
「この中央の町から、ヴォーバン老元帥が管理する、東西の境の街道を、いくつかある星型要塞をたどるようにして抜ければ、帝国との国境に出ることができます。通常であれば三日はかかるでしょうが、夜通し休まず進めば、明日中には国境にたどりつけるはずです」
「通してくれるでしょうか」
フランスの問いに、シャルトルが答える。
「交渉するしかありません。すでに、東からも西からも、中央の町にむけて騎士団が送られているという報告もあります。今夜、ここを出たほうが良い。今から直接向かって、交渉しましょう」
シャルトルはひとりの男に指示をだし、ヴォーバン老元帥の居城へ、先ぶれを走らせた。
さすが、すごい行動力と決断力ね。
シャルトルが、聖女たちに向かって言った。
「あなたがたは、もう戻ってください」
ブールジュが、すぐさま答える。
「いいえ、わたしは最後まで散歩するわよ」
フランスも、すぐに言った。
「わたしも」
ガルタンプ大司教の遠縁の聖女も言う。
「ここまで来たら、わたしも最後まで散歩するわ」
見習い聖女ちゃんが、元気よく言った。
「わたしも、最後まで散歩します!」
「散歩?」
シャルトルが首をかしげた様子が、なんだかかわいらしい仕草だった。
ブールジュが、にやっとしながら答える。
「これは、聖女子会の夜散歩なの。ちょっと、ぶつぶつ言って、出会った騎士たちが倒れたりするけどね」
シャルトルが、おかしそうに、はははと笑った。
「それなら、わたしもその女子会に参加したいです。ずっと憧れていました。女子同士で集まって笑ったり、うわさ話をしたりするの」
聖女たちが、きゃーっと盛り上がる。
イギリスが居心地悪そうしているのを見て、フランスは笑った。
ブールジュが女子会のノリで言った。
「シャルトル、あなた胸どこにやったのよ。処刑台で見たときは、けっこう大きかったのに」
さらに、イギリスが居心地悪そうにした。
シャルトルが笑顔で答える。
「布をきつく巻いてつぶしているんです。もうずっとそうしているので、胸を放りっぱなしは、なんだか落ち着かなくて」
イギリスが限界くらい居心地悪そうにした。
見習い聖女ちゃんが、きらきらした目で言う。
「騎士団のみなさんは、シャルトル聖女が聖女であることを、ご存知だったんですか?」
シャルトルが、苦笑しながら答える。
「いいえ、処刑場で、はじめて知ったと思います」
「ええ‼ そうだったんですね」
「わたしが女だということも、知りませんでした」
そ、そうだったんだ……。
騎士団だった者たちに目をやると、みんな苦笑いしていた。
女だと知っても……、だれひとり、抜けなかったのね。
「知っていたのは、このふたりだけです」
シャルトルの指さした先には、幼馴染の助祭と、冬将軍がいた。
この二人だけ‼
そうやって、話しながら、あらためてこの場にいる全員で、聖別の儀式をとりおこない、あとは出発するのみとなった。
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おまけ 他意はない豆知識
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【ミディが物流の要】
ミディ運河はフランスの世界遺産。
大西洋と地中海を船舶で結ぶ、大量輸送ルート。運河沿いの地区では物流が盛んとなり、ワインの生産量が飛躍的に伸びました。その結果、リケの故郷もワイン交易の中心地として大いに発展したそうです。
【ヴォーバン】
ヴォーバンの防衛施設群は、フランスの世界遺産。
ヨーロッパの軍事建築の古典的存在です。
中でも有名な星形要塞(稜堡式城郭)は、北海道・函館にある五稜郭にも影響を与えているとか。
17世紀に活躍したフランスの軍人であるヴォーバンは、「落ちない城はない」と言われたほどの要塞攻城の名手だったそうです。かっこいい。




