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第241話 第一番の聖女の切り札

 フランスの目の前で、シャルトルとイギリスが向かい合って立つ。


 一体、どんな話がなされるのかと、ぴりついた空気が礼拝堂に流れた。


 やだ、緊張するわ。


 ヴラドは、もう自分の仕事は終わったとばかりに、フランスの首元にコウモリの姿でくっついていた。フランスは、自分の気持ちを落ち着けようと、ヴラドをなでながら、事の行方を見守る。


 シャルトルは、気楽な笑顔で、イギリスに向かって挨拶した。


「イギリス皇帝陛下、このような場所にまで、ご足労いただきましたこと、心より感謝申し上げます」


 イギリスが、無表情に、落ち着いた声でこたえる。


「帝国への亡命を望んでいると聞いた」


「いいえ、すこし違います。わたしは、教皇でも、聖女でもなく、ただのシャルトルとして、陛下とお話がしたいのです」


「聖女の力を、帝国に明け渡すつもりはなさそうだな」


「はい。聖女の力は、教国においてさえ、扱いきれてはいないものです。わたしは、陛下のもとに、そんな混乱のもととなるものを交渉の材料として持ち込み、陛下に頭の痛い思いをさせるつもりはありません。もっと、有意義で楽しい話をしたいと思います」


 イギリスが、肩をすくめて言った。


「この期に及んで、まだ、何か持っているとはな」


 シャルトルが、にっこりと笑みを深めて言った。


「あらためて、ご挨拶させていただきます」


 シャルトルが、すこし声を大きくして、礼拝堂中に聞こえるように言う。


「おまえたち、教皇直属の紋章はもう必要ない。その紋章はすぐに捨てよ」


 すると、教皇直属の紋章をもつ騎士たちが上衣を脱ぎ始めた。


 入り口をかためていた騎士たちは完全に武装していたが、ここにいる騎士たちはずいぶん略式の服装をしていた。


 妙に装備が軽々しいと思っていたけれど、脱ぐためだったのね。


 騎士たちが上衣をぬぐと、その下は、それぞれみんな自由な服装だった。みんな、用意していたのか、別の上衣に着替えたり、マントを羽織ったりする。


 これって……。


 フランスは、統一された服装ではない元教皇直属の騎士団の者たちを見て、首をかしげた。


 貴族というほどに華美な服装ではなく、職人というほど特徴があるわけではない。馬番のような雇われ人らしい粗末な服装でもなく……。


 フランスは、貸衣装屋を思い出した。


 そう、あの貸衣装屋くらいの、商売ごとをしている人間のような風体に見えた。それも、どちらかというと、羽振りの良さそうな。


 そう考えてみると、シャルトルの服装も、まさにそう言った類に見える。

 派手ではないが、仕立てのしっかりとした服装だ。


 どういうことかしら。


 シャルトルは、立派な商人の男という雰囲気で、イギリスに向かって言った。


「イギリス皇帝陛下に、ご挨拶申し上げます。われらは、教国にて商いを営むもの。シャルトルーズ商会の商会長、シャルトルでございます」


 シャルトルが礼をつくして挨拶をすると、元騎士団の男たちも、同じようにした。


 シャルトルーズ商会……?

 なんだか、それって……。


 シャルトルが笑顔で言う。


「ちまたでは、シャルトリューズ商会、とも呼ばれております」


 ブールジュが叫んだ。


「シャルトルリューズ商会⁉ あのエリクサーの⁉」


 シャルトルが、ブールジュに、にっこりと笑顔を向けて言う。


「ご贔屓にしていただいているようですね」


 ……。


 とんでもないわ。

 教皇の裏の顔が、教国の謎の商会の長だなんて。


 イギリスが、疑うように言った。


「それが事実だと?」


「ここに、商会の登記も用意いたしました」


 イギリスが、手渡された書類を見る。


「……」


 書類を見つめるイギリスに向かって、シャルトルがすらすらと、商人らしい、おしの強い雰囲気で言う。


「今後は教国での活動を縮小せざるをえません。ですが、人員も技術力も商品も、十分に備えております。ぜひ、帝国での営業許可をいただきたいのです。それと、大量の人員でこれから国境を超える許可と、さしあたって、仮住まいできる場所も提供いただけると、嬉しいですね」


 イギリスが、シャルトルに書類を突き返して言う。


「ただの商会ごときを、帝国が優遇すると?」


 シャルトルが、すぐに次の書類をイギリスに手渡す。


「こちらは、帝国の直轄領であるアキテーヌの港の開発に、シャルトルーズ商会が投資をしている資料です。港全体の開発の二割には及ぶでしょう。今後とも、仲良くさせていただきたいと考えております。われわれも船団と言えるほどには、商船を持っておりますので」


「……」


 さらに、シャルトルが次の書類をわたす。


「そして、こちらが、帝国での販売実績と、エリクサーの流通についての詳細です。それと……、薬品の多くも、われらの商会が取り扱っております。教国に近い場所では、こちらの資料にあるとおり、薬品の流通の六割ほどを、われわれが占めています。こちらも、今後とも仲良くさせていただきたいですね。ぜひ」


 さらにさらに、シャルトルが書類をわたす。


「それと、アキテーヌから出荷されているぶどう酒の多くは、シャルトルーズ商会の保有する商船で様々な国へと運ばれています」


「……」


 イギリスが、嫌そうな顔で、シャルトルを見た。

 シャルトルは、笑顔のままつづける。


「他にも色々とございますが、それよりも分かりやすく、この商会の規模を証明するものがあります」


「なんだ」


「シャルトル教皇は、一般市民階級の出で、大きな家門の後ろ盾もなく、教皇の座へと上りました。おかしいとは思われませんか? 権力争いに、資金力は不可欠です」


「きみ自信が……、きみの後ろ盾だったというわけか」


「はい。わたしが教皇になるよりもずいぶん前から、この商会は存在しています。シャルトル教皇の強力な後ろ盾となり、莫大な資金力を有するのが、このシャルトルーズ商会でございます」


「とんでもないな」


「お褒めにあずかり光栄です」


 シャルトルが、最後に残っていた書類を、イギリスに手渡して言う。


「ちなみに、こちらが現在、教国において、シャルトルーズ商会がおさめている税の総額です」


「……」


 イギリスが、書類を見たあと、シャルトルの顔をまじまじと見る、を二回繰り返した。


 あの感じは、よっぽどの額なんだわ。


 シャルトルが、教皇のときとは雰囲気の違う、なんだか人好きのする笑顔で言う。


「ぜひとも、帝国に商会の本拠地を移したいと考えております。皇帝陛下のお墨付きで、ご検討いただけませんでしょうか」


 イギリスが、もう一度、最後に見た書類をまじまじと見て、シャルトルの顔を見た。


 ちょっと、悔しそうな顔で。


 イギリスが、何か言おうと口をひらいた瞬間、シャルトルが、にこやかに言った。


「ああ、それと、もうひとつ。これは陛下とフランス、三人だけで話したいのですが」


 三人で?

 なにかしら?


 みんな怪訝な顔をしたが、イギリスとフランスとシャルトルの三人をのこして、礼拝堂から出ていった。


 シャルトルが、イギリスとフランスに向かって、言う。


「おふたりの困難を乗り越えるために、わたしも是非協力させてください」


 イギリスが、眉をしかめて聞いた。


「どういう意味だ?」


「あなたがたの、ややこしい入れかわりのことです」


 フランスは、微笑みをたやさないシャルトルの顔にうっかり見とれながら、一瞬何を言われたのか、分からなかった。


 え?


 エッ⁉



 入れかわり⁉





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 おまけ 他意はない豆知識

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【シャルトリューズ? シャルトル―ズ?】

シャルトリューズは、フランスを代表する薬草系リキュール。

シャルトルーズと表記されることもあります。

シャルトル大聖堂とつづりまで似ているのですが、名称の由来に繋がりはありません。偶然、似ております。




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