第240話 ブールジュの決意
フランスはブールジュの隣に並んで、夜の大聖堂の中を、奥の礼拝堂へと進んだ。
いつもならば、椅子が並べられている礼拝堂だが、今はすべての椅子がはしに積み上げられている。
高い天井が、フランスと聖女たちの足音を、ひろいあげては大きくして返してくる。
一番奥にある主祭壇の前に立ち、こちらを見ている者があった。
聖下……。
シャルトルがそこに立っていた。
もはや教皇ではなくなった。
それは理解している。
けれど、まだ、聖下と呼ばずにいるほどには、フランスは心に折り合いをつけられてはいなかった。
彼女の姿は、馬番のシャルルのときの恰好よりは立派な装いで、でも聖職者らしくはない、町にいる男のような様子だった。
シャルトルが、壇上から降りる。
美しいシャルトルブルーの瞳と目が合った。
フランスは、思わず走った。
シャルトルが両手をひろげた腕のなかに、フランスは勢いよく飛び込んで、抱きしめた。
「聖下!」
「フランス、無事でよかった」
「わたしのセリフです」
フランスは、我慢できずに泣いた。
シャルトルが、フランスをぎゅっと抱きしめながら言った。
「また、あなたに会えるとは……、思ってもいなかった」
フランスも、ぎゅっと両腕に力をこめた。
いつもと変わらぬ高貴な花のかおり。
シャロンのサフラン、谷のゆりの花ね……。
シャルトルが、そっと言った。
「怒らないのですか? あなたをだましたことを」
「怒りません」
怒るはずない。
もう大好き以外の感情を持てそうにない。
シャルトルは、申し訳なさそうに言った。
「ずっと、言ってしまいたかった。でも、言いたくない気持ちもあったんです」
フランスが、すこし身体をはなしてシャルトルの顔を見つめると、彼女は困ったようにすこし笑って言った。
「女だと言ったら、わたしのことを好きだと言ってくれなくなるかと思って」
「女だと知って、さらに大好きになりました」
「わたしのかわいいフランス」
ふたりで、もう一度ぎゅっとやる。
ブールジュが、とんでもなくわざとらしく長ったらしい咳ばらいをした音が、高い天井に反射して礼拝堂中にひろがった。
「ちょっと、おおっぴらにイチャつかないでよ。全員いるの忘れてるでしょ!」
フランスは、ぴったりシャルトルにくっついたまま、ブールジュのほうをふりむいた。
ブールジュとイギリスが、全く同じような、いやそうな顔でこちらを見ていた。
奇跡の再会よ。
そんな顔しないでよね。
シャルトルが、ブールジュや他の聖女たちに、笑顔を向けて言った。
「まさか、あなたがたが、このようにしてここに来てくださるとは、想像もしていませんでした」
ブールジュが、不満そうな顔で言う。
「わたしたちのこと、よっぽど薄情だと思っているのね」
「いいえ。ですが、あなたがたにも、守るべき大切なものも立場もある。それでも、来てくださったのですね」
ブールジュが、そこらにいる教皇直属の騎士団を指して言った。
「そこにいる者たちも同じでしょ?」
シャルトルが、苦笑しながら答える。
「ええ……、決して、手を出してはならないと言ったのですが」
近くに控えていた冬将軍が、はっきりと言った。
「その命令は承服いたしかねます」
そのとなりにいる人の良さそうな、シャルトルの幼馴染の助祭がはげしくうなずくようにした。
他の騎士たちも、同じような反応をしている。
ブールジュがその様子を見てから、やれやれとシャルトルに向かって言った。
「それに、あなたの騎士団は、ひとりも欠けることなく、まだここにいると聞いたわ」
「ええ」
「それは、今までの、あなたの功績に他ならない」
「……」
ブールジュが、まっすぐにシャルトルに目を向けて言う。
「わたし、あなたのこと大嫌いだった」
「知っています」
「嘘をついていると、なんとなく思っていたからよ」
シャルトルが笑顔で答える。
「当たっていましたね」
「でも、もうひとつ、嫌いになったわ」
ブールジュは、しばらくシャルトルを睨むようにしてから、はっきりと言った。
「たったひとりで、何もかもしようとしたわね。全部、自分だけで、やりたい放題やって、さっさと死ぬつもりなのよ。そんなのはゆるさない」
ブールジュが一呼吸おいて言う。
「あなたも、聖女なら、わたしの仲間よ」
ブールジュ……。
フランスが、感極まっていると、ブールジュが、とんでもなく嫌そうな顔で言った。
「ねえ……、いつまでくっついてんの、あんたたち」
フランスはしぶしぶシャルトルからはなれた。
ブールジュが、強い調子で言う。
「いいこと! わたしは、やっぱりあなたのやり方は気に食わない! でも、あなたがそのやり方で強引に進めたからこそ、今、わたしたちもこうやって初めて自分の意志で集まった。あなた以外、きっと誰にもできなかった」
ブールジュが、シャルトルとフランスのもとに近づいてきて、つづけた。
「わたしは、必ずなるわ」
シャルトルと、ブールジュが向き合う。
ブールジュの声が、礼拝堂にひびいた。
「わたしは、必ず、この国の、女教皇になる。あなたが男と偽らざるをえなかった道を、わたしは女の姿でゆく。これも、すべて、あなたが作った道よ……」
ブールジュが、すねたように唇をつきだして、続ける。
「それに……、あなたのやり方は、ひどく冷酷だったけれど、それは教国に害をなすものに向けられていた。この国に向けていたのは、あたたかい目だった。孤児院や診療所への予算を増やしたり、貧民街への救済もこまめにしていた。あなたが教皇の座についてから、この教国はおどろくほど、豊かになったわ」
ブールジュったら。
嫌い、と言いながら、しっかり聖下の政策見ていたのね。
ブールジュが、シャルトルの前にひざまずいて言った。
「全能の神の御前にて誓います。わたしは正しき限りにおいて、あなたに忠実でありつづける。シャルトル教皇聖下に、敬意と深謝をもって、拝します」
ブールジュが、最大の礼をつくした。
他の聖女たちも、同じようにする。
フランスも、同じようにした。
教皇直属の騎士団のものたちも、幼馴染の助祭も、同じようにそうした。
シャルトルの、教皇としての最後であろう言葉が、礼拝堂にしずかにひびく。
「主よ、感謝いたします」
すぐに、ブールジュが、はい終わったとばかりに立ち上がって、てきぱき言った。
「よおし! しめっぽいのは終わりよ! ここから先は、交渉の場ね。東西の連中は、シャルトル聖女を一生幽閉してこき使うつもりでいる。そんなのは、わたしたち聖女としても容認できない」
聖女たちがみな、ブールジュの言葉にうなずく。
「かといって、教国にいれば、幽閉を阻止するのは難しいわ。結局、今はまだ、わたしたち聖女に、そこまでの力はないからね。つまり、教国から脱出してもらわなきゃならない」
みんなの視線が、シャルトルと、イギリスを交互に見た。
無表情のイギリスと、いつもの余裕の微笑を浮かべるシャルトル。
どういう話になるのかしら……!




