表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

240/254

第240話 ブールジュの決意

 フランスはブールジュの隣に並んで、夜の大聖堂の中を、奥の礼拝堂へと進んだ。


 いつもならば、椅子が並べられている礼拝堂だが、今はすべての椅子がはしに積み上げられている。


 高い天井が、フランスと聖女たちの足音を、ひろいあげては大きくして返してくる。


 一番奥にある主祭壇の前に立ち、こちらを見ている者があった。



 聖下……。


 シャルトルがそこに立っていた。


 もはや教皇ではなくなった。

 それは理解している。

 けれど、まだ、聖下と呼ばずにいるほどには、フランスは心に折り合いをつけられてはいなかった。


 彼女の姿は、馬番のシャルルのときの恰好よりは立派な装いで、でも聖職者らしくはない、町にいる男のような様子だった。


 シャルトルが、壇上から降りる。

 美しいシャルトルブルーの瞳と目が合った。


 フランスは、思わず走った。


 シャルトルが両手をひろげた腕のなかに、フランスは勢いよく飛び込んで、抱きしめた。


「聖下!」


「フランス、無事でよかった」


「わたしのセリフです」


 フランスは、我慢できずに泣いた。


 シャルトルが、フランスをぎゅっと抱きしめながら言った。


「また、あなたに会えるとは……、思ってもいなかった」


 フランスも、ぎゅっと両腕に力をこめた。


 いつもと変わらぬ高貴な花のかおり。

 シャロンのサフラン、谷のゆりの花ね……。


 シャルトルが、そっと言った。


「怒らないのですか? あなたをだましたことを」


「怒りません」


 怒るはずない。

 もう大好き以外の感情を持てそうにない。


 シャルトルは、申し訳なさそうに言った。


「ずっと、言ってしまいたかった。でも、言いたくない気持ちもあったんです」


 フランスが、すこし身体をはなしてシャルトルの顔を見つめると、彼女は困ったようにすこし笑って言った。


「女だと言ったら、わたしのことを好きだと言ってくれなくなるかと思って」


「女だと知って、さらに大好きになりました」


「わたしのかわいいフランス」


 ふたりで、もう一度ぎゅっとやる。


 ブールジュが、とんでもなくわざとらしく長ったらしい咳ばらいをした音が、高い天井に反射して礼拝堂中にひろがった。


「ちょっと、おおっぴらにイチャつかないでよ。全員いるの忘れてるでしょ!」


 フランスは、ぴったりシャルトルにくっついたまま、ブールジュのほうをふりむいた。


 ブールジュとイギリスが、全く同じような、いやそうな顔でこちらを見ていた。


 奇跡の再会よ。

 そんな顔しないでよね。


 シャルトルが、ブールジュや他の聖女たちに、笑顔を向けて言った。


「まさか、あなたがたが、このようにしてここに来てくださるとは、想像もしていませんでした」


 ブールジュが、不満そうな顔で言う。


「わたしたちのこと、よっぽど薄情だと思っているのね」


「いいえ。ですが、あなたがたにも、守るべき大切なものも立場もある。それでも、来てくださったのですね」


 ブールジュが、そこらにいる教皇直属の騎士団を指して言った。


「そこにいる者たちも同じでしょ?」


 シャルトルが、苦笑しながら答える。


「ええ……、決して、手を出してはならないと言ったのですが」


 近くに控えていた冬将軍が、はっきりと言った。


「その命令は承服いたしかねます」


 そのとなりにいる人の良さそうな、シャルトルの幼馴染の助祭がはげしくうなずくようにした。


 他の騎士たちも、同じような反応をしている。


 ブールジュがその様子を見てから、やれやれとシャルトルに向かって言った。


「それに、あなたの騎士団は、ひとりも欠けることなく、まだここにいると聞いたわ」


「ええ」


「それは、今までの、あなたの功績に他ならない」


「……」


 ブールジュが、まっすぐにシャルトルに目を向けて言う。


「わたし、あなたのこと大嫌いだった」


「知っています」


「嘘をついていると、なんとなく思っていたからよ」


 シャルトルが笑顔で答える。


「当たっていましたね」


「でも、もうひとつ、嫌いになったわ」


 ブールジュは、しばらくシャルトルを睨むようにしてから、はっきりと言った。


「たったひとりで、何もかもしようとしたわね。全部、自分だけで、やりたい放題やって、さっさと死ぬつもりなのよ。そんなのはゆるさない」


 ブールジュが一呼吸おいて言う。


「あなたも、聖女なら、わたしの仲間よ」


 ブールジュ……。


 フランスが、感極まっていると、ブールジュが、とんでもなく嫌そうな顔で言った。


「ねえ……、いつまでくっついてんの、あんたたち」


 フランスはしぶしぶシャルトルからはなれた。


 ブールジュが、強い調子で言う。


「いいこと! わたしは、やっぱりあなたのやり方は気に食わない! でも、あなたがそのやり方で強引に進めたからこそ、今、わたしたちもこうやって初めて自分の意志で集まった。あなた以外、きっと誰にもできなかった」


 ブールジュが、シャルトルとフランスのもとに近づいてきて、つづけた。


「わたしは、必ずなるわ」


 シャルトルと、ブールジュが向き合う。

 ブールジュの声が、礼拝堂にひびいた。


「わたしは、必ず、この国の、女教皇になる。あなたが男と偽らざるをえなかった道を、わたしは女の姿でゆく。これも、すべて、あなたが作った道よ……」


 ブールジュが、すねたように唇をつきだして、続ける。


「それに……、あなたのやり方は、ひどく冷酷だったけれど、それは教国に害をなすものに向けられていた。この国に向けていたのは、あたたかい目だった。孤児院や診療所への予算を増やしたり、貧民街への救済もこまめにしていた。あなたが教皇の座についてから、この教国はおどろくほど、豊かになったわ」


 ブールジュったら。

 嫌い、と言いながら、しっかり聖下の政策見ていたのね。


 ブールジュが、シャルトルの前にひざまずいて言った。



「全能の神の御前にて誓います。わたしは正しき限りにおいて、あなたに忠実でありつづける。シャルトル教皇聖下に、敬意と深謝をもって、拝します」



 ブールジュが、最大の礼をつくした。


 他の聖女たちも、同じようにする。


 フランスも、同じようにした。


 教皇直属の騎士団のものたちも、幼馴染の助祭も、同じようにそうした。


 シャルトルの、教皇としての最後であろう言葉が、礼拝堂にしずかにひびく。



「主よ、感謝いたします」



 すぐに、ブールジュが、はい終わったとばかりに立ち上がって、てきぱき言った。


「よおし! しめっぽいのは終わりよ! ここから先は、交渉の場ね。東西の連中は、シャルトル聖女を一生幽閉してこき使うつもりでいる。そんなのは、わたしたち聖女としても容認できない」


 聖女たちがみな、ブールジュの言葉にうなずく。


「かといって、教国にいれば、幽閉を阻止するのは難しいわ。結局、今はまだ、わたしたち聖女に、そこまでの力はないからね。つまり、教国から脱出してもらわなきゃならない」


 みんなの視線が、シャルトルと、イギリスを交互に見た。


 無表情のイギリスと、いつもの余裕の微笑を浮かべるシャルトル。



 どういう話になるのかしら……!





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ