第239話 聖女、大聖堂を襲撃
フランスは、円卓の上に用意された大きな水盆に、両手の指先をひたした。
聖女たちが全員、同じようにする。
「誰が言う? 言いたいひといる?」
ブールジュが聞くと、聖女見習いの一番若い聖女が言った。
「わたし、この前ならったところです!」
「おお、それなら一番正確におぼえていそうね。やってちょうだい!」
見習いちゃんは、こほん、とひとつ恥ずかしそうに咳をしてから、目を閉じて言った。
「親愛なるお父様!」
かわいい。
いつもお祈りの時、主のこと親愛なるお父様って呼んでいるのね。
かわいすぎる。
見習いちゃんの可愛らしい声が、倉庫にひびく。
「どうか、われらの願いを聞き入れ、われらの器を聖別してください。われらが、どんなものによっても、この身を忌むべきものとせず、汚れたものとならないよう、聖なるものとしてください。父と子と精霊の御名において、われらは聖なるものとなる。わたしが聖であるから。アーメン」
聖女たちみなでつづける。
「アーメン」
ブールジュが、水盆から手を出して言った。
「よし! じゃあ全員の額に、洗礼を」
フランスは、水盆から指をはなし、その指先をイギリスの額にそっと触れるようにしてつけた。
寝ているヴラドの額にも、同じようにする。
フランスが、ブールジュ騎士団のものたちにも、順におなじようにしていると、イギリスがその様子を見ながら言った。
「この聖別の儀式は、どういう効果があるんだ?」
「これをすることで、聖女の呪いの言葉は効かなくなるのよ。効果は一時的だけれどね。これで、いまわたしがあなたの腹を攻撃しても痛まないわよ」
「そんな方法があるんだな」
「そう。使うことがないけどね。そもそも、聖女の力って、ほとんど使うことを禁じられているのよ」
「なるほど。……ところで、怪盗ネコ仮面様は、聖別の儀式もせず、わたしとヴラドの腹を痛ませながら、シャルトルを奪い去るつもりだったのか」
「……」
「忘れていただろ」
「……忘れていました」
イギリスが腹の立つ薄ら笑いで言った。
「しっかりしていて、物覚えもいいんだな。尊敬するよ」
むかつく~。
けれど、返す言葉もございません。
ブールジュ騎士団の者たちと、聖女たちがそれぞれに連れてきた信頼のおけるものたちが、すべて聖別された。
「イギリス、これ」
「……」
フランスは、処分せずにとっておいたネコちゃん仮面をイギリスに渡した。
「あなた、顔バレしたらまずいだろうから。これつけてついてきて」
「……わかった」
イギリスは、ちょっといやそうにしながらも、素直に仮面を受け取ってつけた。
聖女たちが、きゃーっとやって、「かわいい!」と声がとんだ。
フランスは、その愛らしくなった皇帝のお忍びスタイルに、笑いながら言った。
「やっぱ、ちょっと変ね。普通の格好に、そのネコちゃんの仮面」
「……」
フランスは、自分の頭巾の中身をまさぐりながら言った。
「ヴラド~、起きて。今からちょっとひと暴れするから、寝てちゃあぶないわ」
取り出したコウモリは、フランスのてのひらの上で大あくびをしてから、ぱっと飛ぶように手から離れて、人の姿になった。
急に人の姿になってあらわれたヴラドに、近くにいた聖女たちが、驚いてきゃっとやった。
ブールジュが、あきれたような顔で言う。
「フランス、あんた、身体のそこかしこに男かくしてんの?」
「最近、そうなっているわね」
「とんだ不良聖女ね」
すると、ヴラドが大きく息を吸い込んで言った。
「おお⁉ めちゃくちゃ良い匂いだらけだな」
「ヴラド、大人しくしててね」
ヴラドが、近くにいたブールジュにひっついて、その首筋の匂いをかぐみたいにした。
すぐさま、ブールジュが、ヴラドの顔面を容赦なく、握った拳でなぐった。
「いたい!」
ブールジュが、もう一度殴ってやろうか、みたいに拳をふりあげながら言う。
「なんなの、この変態」
「ちょっと、聖女の匂いにつられる体質らしいの。ヴラド、急に匂いをかいじゃだめよ」
フランスは、妙に興奮しているヴラドを落ち着けさせてから、彼に向かって言った。
「今から、わたしたち大聖堂に行くんだけど、わたしが騎士を戦闘不能にするから、一緒についてきてサポートしてくれない?」
「殺していいのか?」
「だめ」
「ふうん」
ブールジュはブールジュ騎士団を、聖女全てに等分に割り当てて言う。
「聖女を守りつつ、みんな怪我しないように大聖堂に突入、もとい散歩するわよ。大聖堂を包囲している騎士も、ケガさせないように、ハライタの呪文で乗り切るわよ!」
聖女たちが、拳をにぎりしめて声をあげる。
「おー!」
フランスは倉庫を出て、一番大きな通りから大聖堂に向かった。
フランスの両隣に、ネコちゃん仮面のイギリスと、寝起きのヴラド。その後方をブールジュ騎士団がかためている。
しばらく進むと、騎士たちが大聖堂に通じる道をふさいでいた。
騎士の男が、大きな声で言う。
「大聖堂への道は通行できない。外出を控えるよう通達があったはずだ、今すぐ——」
「ハライタ!」
騎士たちが、次々に呻きながら、腹をおさえて地にふした。
ごめんね。
しばらくしたら、おさまるから。
フランスは、倒れた男たちの間をぬい、時にはまたぎながら大聖堂へと進んだ。
時おり、腹痛にあらがいつつ剣をむけてくる騎士もいたが、イギリスがなぐるか、ヴラドが蹴りつけるかだけで乗り切れそうだった。
腹痛にたおれた騎士たちが異常を報せる笛をふくと、次々とどこからか騎士があらわれるが、フランスはそのたびに「ハライタ」を唱えた。
これ、百人ずつ倒せるから、けっこう余裕ね。
他の聖女たちは小道から進んでいるから、それぞれ三十人ほどに効果を発揮できるならば十分だろう。
そこらじゅうに、苦しみの声がひろがったとき、フランスはついに大聖堂の正面についた。そこには、東西の騎士団はいなかった。大聖堂の入り口を教皇直属の騎士団がかためている。
「フランスねえさま!」
見習いちゃんがフランスの次にやってきた。
「はやかったわね!」
「はい! めちゃくちゃ高速ハライタしてきました!」
「うんうん、すごいわ。怪我はしていない?」
「はい!」
かわいいなあ。
見習いちゃんは、ほっぺを赤くさせて、興奮気味に言う。
「ほんとは、こっそり教えて下さったゲキハライタオウトしてみたかったんですが、我慢しました」
「えらいわ。その技は、声も出ないくらいの痛みに苦しんで、そこらじゅうにゲロを吐きまくるからね。変なやつが来たら、お見舞いしてやるのよ」
「はい、ねえさま!」
そうやってお喋りしている間に、すべての聖女が大聖堂の前に集まった。
誰も、怪我ひとつしていないようだった。
息切れもしていない。
なんなら談笑しながら、集まった。
たしかに、散歩っぽい。
ブールジュが、大聖堂の入口で、強硬直属の紋章をもつ身体の大きな騎士たちに向かって言った。
「十一人の聖女が、シャルトル聖女に会いに来たと伝えよ」
「どうぞ、お入りください。シャルトル様は礼拝堂にてお待ちです」
十一人の聖女は、みんなひとかたまりになって大聖堂へと入っていた。




