第235話 あらたなる騎士団
フランスは、イギリスのてのひらの上にあるものを、じーっと見つめた。
ひとつの、まるい、毛玉がそこにあった。
あらためて自分のポケットに手をつっこむ。
もう、そこには何もなかった。
フランスは確信して言った。
「なんか……、だいぶ様子がちがうけれど、多分それ、ウリムとトンミムだわ」
チグリスが、手を叩きながら言う。
「おー! 見つけたんだな、ウリムとトンミム!」
「ええ、白い石だったはずなんだけど……」
ユーフラテスが、ウリムとトンミムに大きな目をぐっと近づけて言う。
「毛むくじゃらだね」
「……」
イギリスのてのひらにあるのは、ウリムとトンミムと大きさは同じだが、石らしい見た目ではなく、動物の毛のようなものが生えている塊だった。
石のときは、異なるふたつの輝きがあったが、いまは、ことなるふたつの色の毛が生えている。
フランスは生き物じみた、その様子にびくつきながらイギリスに向かって聞いた。
「う、動いている?」
「いや、動いていない」
フランスは、おそるおそる、指先でふれた。毛がはえているが、その奥はかたく石らしい感触だった。
動いたような気がしたのは、気のせいだったのかしら。
フランスは首をかしげながら言った。
「教会を出る前は、石だったのに」
なにか、いつもと違うことが影響を与えたとするなら……。
「もしかして……、第一番の聖女の癒しの力かしら?」
ユーフラテスが、首をかしげながら言う。
「よく分からないけれど、その力をもう一回、つかってみてもらえば? また変化するかも!」
フランスは、鐘楼から外に身を乗り出して、下をのぞきこんだ。
下には、大聖堂の入り口がある。
教皇直属の騎士たちが、守りをかためているようだった。
フランスは、その様子を見ながら言った。
「こんなピリピリした空気の中、入って行って、癒しの力使ってみてください、とか流石に言えなさそう」
イギリスが、となりで同じように下をのぞきこみ言う。
「完全に、大聖堂に立てこもるつもりだな」
チグリスが、イギリスの肩に、きさくに腕をまわして楽しそうに言う。
「立てこもるには、都合がよさそうだもんな」
フランスは、チグリスに向かって聞いた。
「都合がよさそう?」
「普通の家なんかだったら、破壊してでも引きずり出せるけど、大聖堂を壊すなんてできなさそうだろ? 他国の人間ならまだしも、これは同じ国の人間同士のいざこざだ。それに、こういうところには備蓄もあるはずだしな」
「そっか、そうね。教会の施設にはすべて、何事かあったときのための備蓄が用意されているはずだし、しばらく立てこもるにはちょうどいいわね。作りも複雑じゃないから、守りやすそうだし」
フランスは下の様子をじーっと見つめた。
教皇直属の騎士団の男たちに、動く気配はない。
他の騎士団が襲ってくる様子も、今のところはなさそうだった。
「しばらく大きな動きはないかしら?」
チグリスが、イギリスの肩を、あそぶみたいにぽんぽんしながら言う。
「どうだかな」
う~ん。
フランスはちょっとの間悩んでから、言った。
「よし! いったん教会に帰るわ。何かあれば、教皇直属の騎士団から報せがあるはずだし」
今、ここにフランスがいたところで、何ができるというわけでもない。もはや、シャルトル教皇ひとりを盗み出せばいいという状況でもなくなった。
でもまあ、とりあえず、処刑をきりぬけることはできたわ。
チグリスが、今度はイギリスの肩に、肘をかけるみたいにして、かっこつけた様子で言った。
「おれさまが、おくってやるよ」
「え、もしかして、あのバックドアで?」
「おう」
一瞬で戻れる!
赤い竜より便利!
フランスがここに入ってきたときに使った扉の前に、みんなで集まる。
チグリスが、扉に手をかけて言った。
「よし、じゃあ、おれさまの手の上に、フランスちゃんが手をおいて」
「はい」
「いまから、この扉を開けた先に、どの部屋があって欲しいか思い浮かべるんだ。できるだけ具体的に」
フランスは、教会の執務室を思い浮かべた。
いつもの景色。
フランスのなかで景色がはっきりすると、チグリスが言った。
「よしよし、いいな。じゃあ行くぞ」
チグリスが扉をあける。
すると、今思い浮かべていたままの執務室が、扉のむこうにあった。
アミアンとダラム卿とカーヴがいる。
フランスは全員をひきつれて扉をくぐり、執務室に入った。
チグリスが最後に扉をしめる。
フランスは、いつもの執務室の扉を見ながら言った。
「もう向こう側は、さっきの場所とはちがうの?」
「そだぜ。ほれ」
チグリスがもう一度扉をあけると、いつもの教会の廊下があった。
ほんと、不思議ね。
すごく便利。
いいな。
「ね、姉さん?」
カーヴが、とんでもなくおそれているような顔で、ちいさく声をかけてきた。
ちょっと、涙目かもしれない。
「あ、た、ただいま。なんか、大所帯になっちゃった」
アミアンが、わくわくした顔でユーフラテスとチグリスを見つめている。ダラム卿は、様子をうかがうようにこちらを見ていた。
フランスは、奇妙なふたりのともだちを、紹介した。
「こちら、すてきな鶴のユーフラテス、そしてかっこいい亀のチグリス。メソポタミアの、おともだち」
ユーフラテスもチグリスも、フランスの紹介に上機嫌で、みんなの手を握りにいった。
「こんにちわ、こんにちわ~。ユーフラテスだよ、よろしくね!」
「よう、チグリスだ! よろしくな!」
「ひぇっ」
カーヴが、泣きながら、ユーフラテスと握手していた。
挨拶がおわると、ユーフラテスが、目をしょんぼりさせて言った。
「ねえ、ぼく喉が渇いたし、お腹もすいちゃった。なにか、たべるものない?」
「あ~、教会の食堂でそろそろ夕食の準備がはじまっているはずよ。良かったら、食べていってほしいわ」
フランスの提案に、チグリスが陽気に言った。
「おれさま、教会の地味な食事、食たべてみたい!」
ユーフラテスも、頭の羽を揺らしながら陽気に言った。
「ぼくも! 気になる~」
食堂で、みんなにこの姿を見せて大丈夫か、と一瞬考えたが、心配するのはやめることにした。
こういうのは、もう、堂々とするのがいいわ。
まわりが、逆に、変に思ってることがおかしいのか、と心配になるくらいの態度でのぞむのよ。
竜だっているんだから、大きい鳥も、喋る亀だっているわよ。
別に変なことじゃないわ。
ユーフラテスとチグリスは、教会の食堂で、ゆったりと食事を楽しんだようだった。
ユーフラテスがたっぷりの羽毛でかくれている腹のあたりから、コーラを取り出して、みんなに少しずつふるまったことで、一気にみんな、このわけのわからない姿のともだちに気をゆるしたようだった。
フランスは、アミアンと、コーラのしゅわしゅわに、きゃっきゃやった。
確実に、この教会にいるものは、ちょっと変わったおともだちに慣れてきている。
赤い竜もいるし。
青い竜もこっそりいる。
大きな鳥も、筋肉質の亀もいる。
慣れれば、なんてことないわよね。
チグリスとユーフラテスは、ご飯を食べ終わったら、そこらの扉をあけて「ばいばーい」と軽い調子で挨拶して帰っていった。
陽気なふたりが帰ってしまうと、とたんに不安が大きくなる。
無理にはしゃいで、考えないようにしていたが、シャルトル教皇に何事もないかと、すぐにそればかり考えてしまう。
とりあえず、今夜のところは、聖下は無事よね……?
そうよね?
不安をかかえたまま夜を迎えたころ、けたたましい勢いで、教会を訪れたものがあった。
見たことのない紋章をつけている騎士だった。
西方大領主の紋章に似ている。
フランスは、不安な気持ちが大きくなるのをおさえきれなかった。
騎士はフランスに、手紙を差し出し言った。
「ブールジュ様より、急ぎの手紙をあずかって参りました」
「ブールジュから⁉ あの……、はじめて見る紋章ですが、西方大領主様の紋章ですか?」
「いいえ、これはブールジュ騎士団の紋章です」
へえ。
……エッ⁉
ブールジュ騎士団⁉
いつの間にそんなもの作っていたのブールジュ‼




