第234話 山場は逃せないふたり
フランスが、自分の腕をつかんでいる、たくましい腕の先にいる人物に目をやると、その人物は目深に頭巾をかぶっていた。
まさか。
いや、でも、この緑の手……!
「チグリス⁉」
フランスがそう叫ぶと、頭巾の下から、緑色の顔がのぞく。
にやっと笑った顔は、間違いなく亀っぽい。
チグリスの顔だった。
チグリスが、楽しそうな顔で言う。
「ここは、あぶない。逃げるぞ!」
「え、ええ!」
フランスはチグリスに手をひかれて、広場の中をすすんだ。
不思議な感覚だった。
だれも、こちらを気にしていない。
それどころか、なぜかみんな、こちらに行く先をゆずるようによけてゆく。
さっきまで身動きもとれなさそうだったのが嘘のように、あっというまに広場を抜けた。
すると、チグリスが、そこらにある家の扉に手をかける。
「ちょっと、チグリス、それ普通の家っぽいわ。勝手に入っちゃ……」
フランスがたしなめる間にも、チグリスはぱっと扉をひらく。
チグリスが扉をあけると、妙な感じだった。
本来の扉の先にあるべき景色とは、無関係そうな景色が扉のむこう側にある。
どう考えても、外側と、内側の大きさがあわない。
なに、これ?
チグリスが、フランスの腕をひっぱって内側に入り込み、すぐに扉をしめた。
急激に、人々のさわぐ音がかき消える。
そこはせまい倉庫のように見えた。
ほこりっぽい。
上からさしこむ光がきになって、見上げると、見慣れないものがある。
大きな、鐘だった。
どういうこと?
チグリスがとなりでにやにやしながら言った。
「不思議だよな~。もう一回見てみるか? ほれ」
チグリスがさっき入ってきた扉をあけると、そこには広場も群衆の姿もなかった。あるのは、石造りのせまい廊下と、下りのちいさな階段だけだった。
フランスは、あんまり不思議な光景に、眉をぎゅっとよせて言った。
「どういうこと?」
「まあ、これも、バックドアみたいなもんだよ。うしろ向きに入る必要はないけどな。おれさまって、腕のいいハッカーだから、さ」
「はっかー?」
チグリスが大げさな身振りをして言った。
「ああ、読むのも書き換えるのも、うまいやつのことだよ」
「はぁ……」
そのとき、上のほうから声がした。
「フランスちゃん無事~?」
フランスは、鐘のある場所を見上げた。
大きな鳥の羽がふわふわと揺れている。
「ユーフラテス?」
「そうだよ、ひさしぶり! はやく上がっておいで。ちょうど、騎士団がこっちに来ているよ!」
フランスは急いで、壁沿いにある小さな階段をかけのぼり、ユーフラテスのとなりに行った。
そこは、鐘の真横で、四方に向かって壁があけられていて、外の様子がよく見えた。
うわ、高い。
これって、もしかして、中央の大聖堂の鐘ね?
見下ろした街の景色の中に、さっきまでフランスがいた広場が見えた。まだ、たくさんの人であふれかえっている。
あそこから、一瞬でここにまで来ちゃったのね。
不思議すぎる。
ユーフラテスが下を指さした。
「ほら、あれ、さっき広場で、あの綺麗な女の人をさらった騎士団」
ユーフラテスの指さす先には、教皇直属の騎士団が通りを走っている姿が見えた。
中央に、シャルトル教皇と、その幼馴染の助祭がいる。
シャルトル教皇は、助祭にかかえられたままだった。
走る騎士団のまわりを、馬に乗った騎士団がさらに固めている。
彼らは、まっすぐに大聖堂に走って来ると、そのまま中に入っていった。
大聖堂の入り口を、騎士たちがものものしい姿で、守り固めるようにした。
聖下……、無事そうでよかった。
シャルトル教皇を助けようとしていたのは、フランスだけではなかった。
フランスは、ほっと一息ついた。
チグリスがとなりに来て言う。
「は~、びっくりしたな~、あの綺麗な子、女だったんだ~」
ユーフラテスがおおきなくちばしを、おかしそうに鳴らしながら言う。
「ほんと、びっくりだよね。いや、でも、納得だけどさ。あんな、綺麗な男の子いる?」
フランスは、チグリスとユーフラテスの気の抜けた話しっぷりに、なんだか急に力がぬけてしまって、その場にへたりこんだ。
チグリスとユーフラテスが、それをのぞきこむみたいにして言う。
「おいおい、大丈夫か?」
「フランスちゃん、大丈夫? 広場にひとりでいるところを見つけて、びっくりしたんだから」
ユーフラテスの言葉に、フランスは大きな鳥の瞳を見上げた。
「え、ここから見えたの?」
「見えたよ~。ぼく、視力百くらいあるね、きっと」
「視力、百?」
チグリスが、舌をちっちっちと鳴らしながら言った。
「イギリスはどこに行ったんだよ。あいつナイト失格だな」
急に、イギリスの声が答える。
「いる」
「うおぉ! びっくりしたぁ! 急に出てくんな、イギリス。どっから、出てきたんだよ」
チグリスのうしろに、ぬっとイギリスが姿をあらわした。
フランスは、軽くなった自分の肩をさして言った。
「さっきまで小さくなって、わたしの肩の上にいたのよ」
チグリスが責めるような顔をイギリスに向けて言った。
「ばかやろう、あんまりびっくりさせるなよ。尿もれしちまうだろ」
「……」
チグリスとイギリスのやりとりを見ながら、フランスはヴラドが心配になって、服の中をのぞきこんだ。
完全に丸まって眠っていた。
あのさわぎの中で、よく眠れたわね。
まあ、いいわ。
そのままにしておいてあげよう。
フランスは、立ち上がって言った。
「ユーフラテスとチグリスは、なぜここに?」
ユーフラテスが、陽気に羽をゆらしながら答えた。
「ほら、ぼくたちって、物語の山場はのがしたくないタイプだからさ」
ん?
どういう意味?
チグリスが、はははと笑いながら、イギリスの肩に気さくに腕をまわして言った。
「たまたま散歩してたんだよ。息抜き、息抜き」
「へぇ」
そのとき、フランスのふともものあたりで、なにかがもぞもぞと動いた。
思わず叫ぶ。
「やだっ、なにっ⁉」
チグリスとイギリスが、肩を組んだまま、すぐに反応した。
「どした、どした?」
「どうした、フランス」
「今、なにか、もぞもぞって!」
なに?
フランスは、自分のもものあたりに触れた。
何かある。
いや……、これって、ポケットに入れているウリムとトンミム?
フランスは、ポケットに手をつっこんでから、勢いよく手だけ出した。
その様子を見て、みんながぽかんとしている。
フランスは、情けない声で言った。
「ねえ、わたしのポケットの中に、何かいる!」
ユーフラテスが、やだあ、みたいな顔で反応した。
「えぇぇ、虫ぃ? ぼく、虫むりぃ」
フランスは、イギリスに泣きついた。
「こわい。出して、イギリス」
イギリスが、ためらいなくフランスのポケットに手をつっこんで、何かを取り出した。
イギリスの手に、問題のなにかがあった。
……。
なにこれ?
毛玉?




