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第232話 すべての民をあざむいた者

 フランスは、マントの頭巾をまぶかにかぶり、中央の町の広場にいた。


 人が押し寄せて、広場の状態はとんでもなかった。

 どこもかしこも、人、人、人だ。


 先へ進むのも一苦労という状態だった。


 大聖堂から、すこし離れているこの広場には、中央におおきな処刑台が設置されている。異端者が火あぶりになることもある、石造りの頑丈な舞台のようになっている処刑台だ。


 そこに、執行人の姿が見えた。

 薪を準備している。


 火あぶりにするつもりなんだわ。


 フランスの首元で、小さなコウモリがキィキィ言った。


 ヴラド……。


 ヴラドは、たくさんの人がいる広場に入ると、途端に震えはじめたようだった。


 そうよね、こわいわよね。


 最近になってようやっと、昼間に外に出られるようになりはじめたくらいだ。この熱狂的で、おそろしげな、人間の感情のうねりがあるような場所は、より一層、おそろしいに違いない。


 フランスは、ヴラドをつかんで、じぶんの服の中に入れた。ヴラドは、フランスの胸元に落ち着くと、すこし震えがましになったようだった。


 ヴラドがいたのとは反対側の首元で、別のコウモリが不満げにキィキィ言う。


「イギリス、そんなに文句言わないで。しょうがないでしょ。あんなに震えていちゃ、飛べなくなっちゃうわ。時間がくるまで、かくまっているだけよ」


 フランスは、イギリスのちいさなコウモリの鼻先をなでた。


 たくさんの人の中を、慎重に少しずつ、処刑台に近づいていく。

 すこしうつむき気味に、顔は見られないよう注意して。


 だが、そんなに気にする必要もないのかもしれない。


 人々は、教皇の処刑という、前代未聞の出来事に、それぞれ口々に意見を言うことに集中していそうだった。


 どうやら、意見は、まっぷたつに割れている。


 信頼を裏切った教皇には、しかるべき裁きを、と声高に言うもの。いいや、教皇としての仕事に問題はなかった、出自だけをあれこれいうのはおかしい、と言う者もいた。


 以前なら、こうして、意見が割れることなく、異端として、誰もかれも石を投げて、火をつけに走っていたかもしれない。


 でも、そこかしこに、いろんな意見がある。


 女たちも、口々に、教皇を擁護する者、教皇を責める者、色々だった。


 不穏な広場の空気に合わせたように、空には灰色のどんよりとした雲がかかっている。


 大きな広場には、さらに続々と人が集まっていた。広場に入ったときも、人でいっぱいだと思ったが、その密度はどんどんと増していくようだった。


 どのくらいの人がいるのだろうか。


 フランスは、背伸びするようにして、広場の様子を見た。


 百人はゆうに超えている。

 千人以上が、この場に集まっているのかもしれない。


 あの日のようね。


 アキテーヌの広場での処刑を思い出す。


 今回は、そのときよりも、さらにおおきな広場で、人も多い。

 おそろしい記憶が、フランスの背をひんやりとさせるようだった。


 重苦しい灰色の空気が広がる広場に、どよめきがあった。



 聖下……!



 両手を縄でしばられて、シャルトル教皇が、処刑台の上に、上げられた。


 粗末なうすいマントを羽織っている姿は、いつもの教皇の姿からは想像もつかないほど華奢に見える。


 だが、その美貌は、この曇り空の下でも、輝かんばかりだった。


 天使のような、その美しさに、あたりから、擁護する声が強く上がる。


 タイミングが大事よ。

 処刑になるその直前に、一気にかすめとるわ。


 それまでは、あたりを騎士団が警戒しているかもしれないし。


 処刑が執行されるその瞬間、すべての人間の注目は一カ所に集まる。それ以外の動きをとらえるのがおろそかになるだろう。


 その瞬間をついて、奪ってみせる。


 シャルトル教皇と一緒に、処刑台に上がって来た、いかにも立派な権力を有していそうな服装の男が、もってきた羊皮紙を広げて、それを読み上げた。


「ここに、捕らえられたのは、大罪人シャルトルである。われらは、この者の罪をあきらかにし、主の前に、その罪を並べるものである」


 群衆の注意が、一気にそちらに向けられたようだった。


「大罪人シャルトルは、すべての民をあざむいた罪で、ここに引き立てられた。この者は、罪ある者の胎から生まれたことを隠し、聖なる場所である教会をふみにじり、教皇というこの教国において最も神聖なる地位をけがしたものである」


 男は、さらに声を高らかにして言った。


「大罪人シャルトルの女親は、聖女であった。これは、まぎれもない事実である。主の女であることを放棄し、その身をけがし、堕落した女。その女がこの地に堕とした者こそ、この大罪人シャルトルである」


 だが、この主張に群衆からは、反対する声が多く響いた。


 聖女の罪は、子にまでおよぶか、およばないか、それを問うような声だった。


 男は、反対する声を押しのけるように、叫ぶようにして言った。


「主に仕えるべき、聖なる女は、主の女でなければならない! この者は、教国を守ることを捨て、すべての民を捨てた、けがれた女の産み落とした子である! それだけでも、おぞましい罪が、この者のなかにある! だが! この大罪人シャルトルの罪は、それだけではない!」


 罪を読み上げていた男が合図をすると、そばにひかえていた騎士がふたり、シャルトル教皇に近寄り、彼がまとっているマントを乱暴に、うばいとった。


 シャルトル教皇は、この寒さの中、粗末なうすい粗布でできた奴隷が着るような簡単な服をまとい、そこに立っていた。


 首元がおおきくひらき、肩のあたりまで見えている。


 胸元に近い場所は、肌がひきつれたようになっているのが、遠目にも見えた。


 火傷のあとだ。

 おおきな傷跡のようなものも見える。


 あたりが、しんとした。


 こんなにも、多くの人間が集まる広場が、おそろしいほど、静まり返っていた。

 すべての目が、シャルトル教皇にそそがれている。


 そんな……。

 聖下……。


 フランスも、その姿から目を離せなかった。


 男が、大きな声で、シャルトル教皇を指さし、その罪を高らかに示すようにした。


「この者は! 神をもおそれぬ恥ずべき所業で、われらすべてを欺いた! 大罪人シャルトルは、罪ある女の産み落とした子であり、その子は、記録にもただしくこう記されている!」


 まるで、まわりの音が遠ざかったような気がするほど、シャルトル教皇の姿にだけ集中していたフランスの耳に、はっきりと、断罪する声がひびく。



「罪ある女が産み落とした子は——、女だ!」



 縛り上げられたシャルトル教皇の姿は、うすい布だけをまとったような状態で、それは——。



 まぎれもなく、女の姿だった。






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