第231話 聖女のわがまま
フランスは、教会の午後の執務室に、必要な人間を呼んだ。
悩みに悩んだが、こういうことは、ひとりではきっとできない。悩みに悩んで悩みぬいた末、罪がまわりにおよばないように配慮しつつも、信頼のおける人間に協力してもらうことにした。
執務室には、アミアン、イギリス、ダラム卿、ヴラド、メゾンとカーヴ、アリアンスとオランジュ、それに大きなお母さんがいた。
中央の修道院に行ってしまったシトーがいないことが、ほんのすこし寂しい。
メゾンとカーヴとオランジュが、ヴラドをちらちらと見て『だれ?』という顔をしていた。アリアンスと大きなお母さんは、多分はじめて見るはずだが微塵もヴラドを気にする様子がない。
なんか、さすがね。
もしかしてアリアンスって、大きなお母さんみたいになるのかしら……。
この教会で肝が据わっている女、ツートップよね、大きなお母さんとアリアンス。
フランスは、みんなの前に立って言った。
「今日集まってもらったのは、みんなに協力してもらいたいことがあるからなの」
「姉さん」
カーヴが、おずおずとフランスを呼んだ。
カーヴの結婚式以来、メゾンとカーヴはフランスのことを『姉さん』と呼んでくれるようになった。
カーヴが、とんでもなく不安そうな顔で言う。
「その恰好は、一体……」
フランスの恰好は、メソポタミアに行った時に着た冒険をするとき用のズボンに、貸衣装屋に頼んであたらしく買った男もののかつらに、イギリスに借りたネコの仮面をつけている。
フランスは、堂々と胸をはって答えた。
「怪盗ネコ仮面よ」
場がしんとした。
フランスはかまわず続ける。
「ちょっと、事情があって、この恰好で明日さわぎをおこすつもりだから、協力して欲しくて」
メゾンとカーヴが、完全に絶望するみたいに、おそれる顔をした。
メゾンが涙目で言う。
「一体、どんな、ヤバいことをするつもりなんですか……」
フランスは、すかさず答えた。
「ちょっと、何をするかは、知らないほうがいいと思う。この恰好をしていたことも、忘れて。明日、ことが終わったら、すぐに燃やすから」
メゾンがめそめそ言う。
「こわい……」
フランスは、気合を入れるように手を叩いて言った。
「みんなに、お願いしたいのは、みんなの無事を確保するために重要なことなの」
アリアンスが冷静に言う。
「わたしたちの?」
「そう。聖女フランスは、明日、教会にいる。一日中ね。そういう状態を、作って欲しいの」
アリアンスがうなずきながら、確認するように言った。
「明日、聖女様は、ヤバいことをするために、教会を出られるんですよね?」
「そう。実際には、わたしは教会から外に出る。でも『間違いなく聖女はここにいた』という事実を作りたいの」
アリアンスと大きなお母さんがうなずいた。
フランスは、おびえるように話を聞いていたオランジュに向かって言った。
「オランジュ、あなたとわたしは、ほとんど背格好が一緒なうえに、今あなたが使っているかつらはわたしの毛だし、今はほとんどわたしと髪の長さが一緒」
「え…それって……」
「オランジュ、あなたが、わたしになりきって」
オランジュが、途端に不安そうな顔をして言う。
「ええ……、自信ないです」
「大丈夫、大丈夫、うしろ姿だけ礼拝堂とかで見せればいいから」
フランスは、みんなに目をやって言った。
「で、みんなは、それをサポートして欲しいの」
戸惑う教会の面々の前に、フランスは、ひざまずいて、願うようにして言った。
「これは、とんでもなく、わたしのわがままで、みんなが、こうする必要なんて、何ひとつない。でも、わたしどうしても、したいことがある。そのために、みんなに、手伝ってほしいの。どうか、お願いします」
フランスがそう言って頭をさげると、しんとしたのち、大きなお母さんのしっかりとした声がひびいた。
「なんだい、水くさいね!」
フランスが頭をあげると、大きなお母さんが、鼓舞するように力強く言う。
「みんなもしっかりおし! フランスちゃんが、はじめて言ったわがままだ! そんなこと、今までなかったろ! いつも、教会のために、誰かのために何かしてばっかりだった。それは教会にいる、誰もが知っている」
大きなお母さんは、おびえる者をはげますように、明るい調子で言った。
「聖女様が、聖女様と呼ばれて、この教会で愛されているのは、聖女としての特別な力があるからじゃない。フランスちゃんの、心がいつも温かかったからだ。悪女なんて呼ばれて誤解されるようなことがあっても、教会にいるものを守ったし、金にがめついなんて言われても、その金の使い道は教会のためばっかりだ。わたしたちは、みんな、それを知っているだろ? 今度は、わたしたちがフランスちゃんのために何かする番だ」
フランスは、その言葉に、涙がこみあげてきた。
不安そうだったメゾンとカーヴとオランジュも、大きなお母さんの言葉に、不安そうな顔から、力強い表情に変わった。
アリアンスは、いつもとかわらない、安心するようなふんわりとした笑顔。
癒される。
大きなお母さんが、笑顔をフランスに向けて言った。
「フランスちゃん、教会のことはこっちにまかせときな! 女は度胸だ! しっかりやってきな!」
「はい!」
フランスは、アミアンに視線をやって言った。
「アミアン、あなたが一番わたしの動きをわかっているから、明日は教会にいて、みんなと協力して『聖女はここいるよ作戦』を決行してくれる?」
「おまかせください」
ダラム卿が、アミアンの隣で、頼りになる笑顔で言う。
「わたしも、アミアンを全力でサポートしますので、ご安心ください」
アリアンスが、なんだか楽しそうに言った。
「それじゃあ、みんなで作戦会議をしましょう」
それにメゾンが答える。
「どこでする?」
「まだ、誰も食堂にいないだろうから、食堂に行きませんか?」
「よし、そうしよう」
みんなが出ていって、執務室にフランスとイギリスとヴラドの三人だけになった。
フランスは、イギリスに向かって言った。
「イギリスは、絶対に手出し無用よ」
戦争になっちゃうから、それは。
イギリスが、なんてことない感じで言う。
「赤い竜の姿と、皇帝の姿を見せなければいいだろう? わたしもついていく。姿を見せなくても、魔法は使えるからな」
そっか。
それは心強いわね。
イギリスが、それよりも、と言った。
「シャルトルをアロンの墓に連れ去ったあとは、どうするんだ?」
「それは、なんにも考えていないわ」
イギリスとヴラドが、めずらしく同じような怪訝な表情をした。
「……」
「……」
フランスは、不安そうな顔をする二人に向かって、堂々と言った。
「大丈夫! ひとつ乗り切れば、次のことは、そのときの自分か、誰かが考えるから。まずは、この危機を乗り切ることが大切よ!」
イギリスがあきれたみたいに言う。
「今までも、そのとんでもない感じでやって来たんだな。それで悪女とか言われていたんだ」
「そうよ。これが、わたしのやり方よ」
「怪盗ネコ仮面になったとしても、聖女の力を使ったら、正体がバレるんじゃないか?」
「バレないように使うわ」
「どうやって」
イギリスにもざっくりと説明したが、ヴラドもイギリスも聖女の力について、まだ詳しくは知らない。
フランスは、にやっとして言った。
「聖女の力っぽくなくて、集団でおこりそうで、身動きできなくなるやつを使うわ」
ヴラドが面白がっているような顔で言った。
「どんなやつだ?」
フランスは、話のつづきみたいに言った。
「あなたがたの腹は、はげしく痛む」
途端にイギリスとヴラドが腹をおさえて苦しみ始めた。
「うぅ……フランス、やめろ」
「いたたたた。まじで、いたい」
フランスがふたりの苦しむ様子をじっと見ていると、ヴラドがすぐさま言った。
「フランス様、たすけて」
ほう。
イギリスに目をやる。
イギリスはしばらく苦しんだあと言った。
「フ……フランス様……」
「あなたがたは癒された」
途端に回復したイギリスとヴラドが、勢いよく文句を言った。
「とんでもないぞ、フランス。おそろしい女だな」
「本当に聖女なのか? 悪魔みたいな能力だぞ」
「だから秘密なのよ。わたしは命にかかわるような力までは行使できない。でも第一番の聖女は、一度に千人を癒すことも、千人の命をうばうこともできる。聖女の力は、言葉をつかってその力を行使できる、呪いの力よ」




