第229話 助祭がえらぶ道
フランスは、夕暮れ時の礼拝堂に、ずいぶんと増えた教会の家族たちをあつめて話をした。
「というわけで、聖女フランスは、この教会の長の任から、降りることになります。今は、たよりになる面々もいるし。ゆくゆくは、長となるものも、ここから出るでしょう。それまでは、メゾンとカーヴがここに来るときに世話をしてくれた方に、この教会をお願いすることしたわ。もうお年だけれど、しばらくは支えてくださると、お話を受けていただきました」
メゾンが、不安そうな顔で言う。
「帝国への出発は、いつになるのでしょうか?」
「ひとつき後を予定しているわ」
「そんなに、すぐに……」
みんなの動揺が伝わる。
フランスは、安心させるように言った。
「急なことだけれど、あなたがたの日常には、ほとんど障りは出ないと思う」
メゾンが、もう泣きながら言った。
「寂しくなります」
「うん。わたしも、寂しくなる。みんなのこと、ほんとに家族みたいに、大切だから。はなれても、ずっと、大切に思うわ」
もうずいぶん馴染んでしまった教会の礼拝堂に、いつも通りの夕陽がさしこむ。
見慣れたこの様子も、もうすこしで見納めね……。
寂しい気持ちが、夕陽に照らされるようだった。
*
「フランス」
シトーに声をかけられて、ふたりで礼拝堂に残った。
「シトー」
シトーがいつもの無表情で言う。
「一緒に、いきたい」
「それは……」
一緒に、行けたら、嬉しいけれど……。
今回は、教国でいずれかの地に赴任するのとは、話が違う。
聖女フランスの帝国への貸し出しは、見かたによっては『人質』のような扱いでもある。教国の大きな借金を肩代わりする帝国への、担保のようなものだ。
「シトー、今回の帝国行きは、聖職者としての移動命令とはまったく異なるものよ。あなたが、これについてきても、そこに聖職者としての居場所を用意できるとは限らない」
イギリスが、フランスをひどい場所に置くようなことはしないだろうが、聖職者として活動するのにふさわしい場所を、帝国で用意できるとは限らない。
フランスは、シトーの腕にふれて言った。
「それに、今回は、あのときとは違う。この教会に来たときとは」
聖女の叙任式で、たった一度つかえる『さいしょの望み』を使ったあのときなら、シトーをフランスの意志で連れ出すことができた。
でも、今回は、ただ帝国と教国の間で、聖女がやりとりされただけだ。
言ってしまえば、売られるようなもの。
ここに、フランスの権限はひとつも絡まない。
「わたしには、あなたを助祭として連れてゆく教会も、その権限もない」
シトーは、表情を変えず、かたくなに言った。
「一緒に、いきたい」
シトー……。
フランスは、なだめるようにして言った。
「シトー、まだ、ひとつきある。一度、ゆっくり考えてみて欲しいの。あなたの本当にしたいこと」
フランスは、これまで教会で、シトーがどれほど素晴らしい活動をしてきたか、どれほど人のために尽くしてきたか、どれほど純粋にひたむきに神に対して生きていたか、よく見ていた。
誰よりも早く起きて、誰よりも休まず仕事をして、誰よりも長く祈り、誰よりも優しい。
そんなシトーの聖職者としての道を、帝国へ連れてゆくことで、台無しにしたくはなかった。
「帝国に行ったら、あなたのこれまでの努力とか、才能とか、人間関係とか、ぜんぶなしになっちゃう。あなたは、才能にあふれた素晴らしい人よ。聖職者として、この教国で、いくらでもこの先を目指せる」
シトーは、しばらくしたあと、小さく言った。
「……わかった」
フランスは、近づいているシトーとの別れを考えて、胸がぎゅっとなった。
「あなたと離れるの、とっても寂しいわ。アミアンと三人で、この教会で、なにもないところから、一緒に頑張ってきたもの。この教会の長になるのだって、あなたならあっという間にできるはずよ。ほんとは、今すぐにでも、あなたを推薦したいところなのよ」
シトーが、フランスの前にひざまずいた。
久しぶりに見るその仕草。
何も言わず、そうしてフランスのキスを待つ、その姿。
この姿も、もう見られなくなる。
そう思うと、とたんに苦しくなった。
ずっと、一緒にいられたらいいのに。
一番、心配なシトー。
フランスは、シトーの前に、同じようにひざまずいた。
はじめて会った時にも、こうした。
中央の修道院の、あの廊下で、こうやっておたがいに、ひざまずいて向き合っていた。
フランスは、あの時とおなじように、シトーの顔をひきよせて、その額にキスをした。そして、額を、そっとシトーの額にくっつけるようにしてよせる。
あなたが、すべての苦しみから、癒されて、あなたののぞむ道を歩めますよう。
「あなたは、癒された」
あたたかな光が、なつかしい思い出とともに、心の内をなでる。
「シトー、大好きよ。あなたがいてくれたから、この教会で頑張ってこられた」
シトーの手が、そっとフランスの頬にふれた。
それは、ほんのすこし、指先がふれるだけだったけれど、出会ったころに比べると、ずいぶんと大きな違いだった。
シトーは、静かに言った。
「しばらく、中央の、修道院に行きたい」
「うん。そうね。そのほうが、いろんな道が見えるかもしれない」
フランスは、ほんのすこしだけ触れるようにしているシトーの指先に、自分から頬をよせて言った。
「わたしが、教会を出る前には、帰ってきてくれるでしょ? 最後に会えなきゃ、いやよ」
シトーが、うなずいて、フランスの頬にしっかりと触れた。




