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第228話 聖女の守護竜

 あやしく目の前が溶けるようになり、フランスが何度かまばたくと、目の前にアミアンがいた。


 ここは……。


 フランスの教会の執務室だった。


 アミアンが、心配そうに言う。


「お嬢様、大丈夫ですか?」


「え、ええ。わたし、昨日どうしたのかしら」


 シャルトル教皇の私室で、彼と一緒に眠ってしまってからの記憶がなかった。


 夜明けごろに目覚めると、帝国の城でぽつんと一人目が覚めて、今の今まで、不安なままだった。


 アミアンが、気づかうように言う。


「昨夜は、シャルトル聖下の邸宅に泊まりました。お嬢様は、夜更けに聖下とともに戻られて、そのときにはすっかり眠っていらっしゃったので、そのまま……」


 そっか……。

 午前中に教会まで戻ってきたのね。


 シャルル……。


 フランスは、話を聞かなければならないことに思い至って、アミアンに聞いた。


「イギリスは何か言っていた?」


「今日は、いれかわったらすぐに、こちらに飛んでくるとのことでした。お嬢様と、話さなければならないことがあるからと」


「そう……」


 アミアンが、そっと、フランスの頬に手をあてて言った。


「まだ、まぶたが腫れています」


「うん……、昨日、いっぱい泣いたから」


 フランスは、アミアンにすべてを話した。


 教国と帝国の間で交わされた、聖女フランスに関する契約についても。

 聖下の秘密についても。


 今の今まで、アミアンに言ってはいなかったことも、すべて。


 アミアンは、じっと話を聞いていた。


「お嬢様が、お好きになったのが、よく分かります。教皇聖下は、立派なかたです」


「立派じゃなくてもいいから、逃げると言ってほしかったの。すべてを捨てて、逃げて欲しい」


「お嬢様は、どうするんですか?」


「分からないわ……。でも、教会にまで罪がおよぶようなことには、したくない」


「陛下が、しばらくこちらに来られなかったのは、その契約締結のためだったんですね」


「そうだと思うわ。シャルトル教皇も、イギリスも、どちらもわたしに害がおよばないように動いてくれた。……わたしも、何かできる力があればいいのに」


「その力を、守るべきものに向けるために、聖下は見捨てろと、言ったんですね」


「そう。助けて欲しいと、言ってほしかったのに。聖下は、どこまでも……」


 シャルトル教皇は、はるかに、フランスがその足元にもおよばないほど、強い信念を持っている。



 聖女フランスが、持つべき信念は……。




     *




 しばらくすると、イギリスがもはや隠そうともせず、赤い竜の姿で教会の裏に降り立った。


 アミアンが、ふたりで話せるようにとお茶だけ用意して、部屋を出てゆき、入れかわりにイギリスが執務室に入ってきた。


「フランス」


「イギリス、なんだか久しぶり」


「ああ、すまない。勝手をした」


 イギリスが、怒られた子供みたいな様子で言うので、フランスは笑顔で言った。


「聖下から、全部聞いたわ。わたしの安全を考えて、そうしてくれたんでしょう」


「シャルトルはきみに、全部言ったのか?」


「うん。最初は突き放されたんだけど。最終的には、全部聞いたわ。このさき、何事か起きたら、聖下を見捨てるよう、約束させられた」


「そうか。彼は、君の恨みをかってでも、自分を見捨てるように仕向けると言っていたが……。きみは、どんなふうにされても、彼を見捨てないだろうと思った」


 見捨てられるはずがない。

 どんなにひどく言われても、これっぽっちも嫌いになれなかったのだし。


 フランスは、イギリスの瞳を見つめて聞いた。


「あなたと聖下の間で、どういう話になったのか教えて」


「シャルトルは、自分の失脚はもはやまぬがれないだろうと言っていた。だから、急いでとある国を帝国の配下においてほしいと言ってきたんだ」


 やっぱり、聖下から計画して動かしていたのね。


「教国がとんでもない借金をしている国ね」


 イギリスが、うなずいて答える。


「とんでもない金額だ。よくあれだけ貸し借りできたものだ、というくらいの。シャルトルは、何でもない金額のように、かわりに支払えと言って来たよ。聖女とひきかえに。まったく、相変わらずな男だ」


 聖女を他国に貸し出すなんて、前例がない。

 それを納得させるほどの、金額だなんて、聞くのもおそろしいわね。


 イギリスが、つづけて言う。


「彼の、出生の秘密も聞いた。それが、教国では致命的な問題になるだろうということも」


 そこも、聞いたのね……。


 本当に、聖下にとっては、終わりの仕事だということだろうか。


 イギリスが、なぐさめるようにフランスの肩にふれながら言った。


「失脚まで追い詰められていても、結局、きみの安全と、教国の大きな利益を勝ち取っていった。敵にはまわしたくない男だ」


「あなたは、怪我なんてしなかった?」


「ああ、今回のは、戦争というほどの動きじゃなかった。どちらかというと、交渉に骨をおっただけだ。おおきな争いごとがあったわけじゃないから、心配するな」


 フランスは、ぎゅっとイギリスに抱きついた。


 フランスはイギリスの腕に守られるように、抱きしめられながら思った。



 この腕の中は、安全であたたかい。



 でも、聖下をひとりで、冷えた場所に捨て置いたまま、これが、わたしの望む道だろうか。


 シャルトル教皇は、東西に後ろ盾をもたない聖女フランスの、安全を考えて行動してくれた。もし、そのまま捨て置かれていれば、教皇派の者としてひどい立場に追い込まれていたに違いない。


 聖女として生かされはしても、罪あるものとされれば、長い時間を幽閉されて過ごすことも、ありえるだろう。



 まだ、考えることまで、あきらめはしない。



 わたしの道は、わたしが決めるのよ。






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