第227話 聖下との約束♡
あたたかい。
フランスは、ベッドのなかで、となりにいる人のぬくもりに、少しずつ落ち着きを取り戻した。
フランスの涙がおさまり、身体が温まってきたころに、シャルトル教皇が言った。
「フランス、これから話すことを、よく聞いて、そして、必ず正しい行動をしてください」
フランスは、シャルトル教皇の表情を見ようと、彼から身体をはなそうとした。
だが、すぐに強い力で、抱きしめられる。
「あなたが手紙で送ってくださったように、いま、わたしを弾劾裁判にかけるべく力をおしまない者たちがいます。彼らは、もう、知っているのでしょう。わたしの出生についての秘密を」
フランスは、おそろしい気持ちで、じっと聞いた。
「いつか、こうなることは覚悟していました。これは、わたしの罪です。教国のすべての民をあざむいて、教皇となったわたしが、向き合うべき罪だ。嘘は、いずれ明かされるものです。それに、十分に裁かれるほどの、罪を重ねました。残酷な教皇として」
シャルトル教皇の声は、ひどく落ち着いて、そして疲れているようだった。
「最後は、わたしも、母のように炎のなかに投げ込まれるのだと、そういう覚悟はしていました。弾劾裁判がはじまれば、わたしの罪はすぐに明らかになるでしょう」
フランスは、あふれてくる涙に、身体が震えるのを止められなかった。
シャルトル教皇が、フランスの背を、なぐさめるようにぽんぽんと優しく叩きながら言う。
「わたしは、自分がなすべきと思ったことをしました。道半ばにも思えますが、あなたが言ってくれたでしょう? 女たちも、男たちも、考え方がまるで変わったと。わたしは、変わってほしかった。いろんな意見を言うことのできる国に。色んな生き方に、目を向けられる国に。何も言えず、ただおそれ隠れて、何を言う権利もあたえられず、燃やされてしまったわたしの母のような者が、声をあげられる国に」
フランスは、声をおさえられなくて、彼の服にすがりつくみたいにして泣いた。
「わたしはただ、きっかけを作りたかった。せめて、すこしは、そのきっかけを作れたでしょうか。そうだと良いのですが」
そう言って、シャルトル教皇が、腕をゆるめて、フランスの涙を袖でそっとぬぐい、フランスの瞳を見つめながら言った。
「あなたは、教会に戻ったら、すべて、わたしと関わりのあるものだと疑われるものは焼いてください。あの、教皇直属であることを示すストラも。そして、わたしが罪に問われたときには、けしてわたしを助けようなどと考えてはいけません。関係ないという顔をつらぬくのです。必ず、わたしのことを見捨てると、約束してください」
「できません、聖下!」
「いいえ、するのです。あなたまで、わたしに与するものだとされれば、あなたの教会にいるものにまで、その罪がおよぶでしょう。あなたは、あなたの大切な者たちを守らなければならない」
「そんな……」
「すでに、帝国と教国の間で、聖女フランスに関する契約は、決着がついています。この契約がある限り、帝国を敵にまわしてでもあなたを公的に害する動きにはならないでしょう。わたしに与する者として動きさえしなければ、問題なく過ごせるはずです。わたしがこの座から退いたあとは、しばらく次の教皇を選出するまでに時間がかかる。あなたは、契約を動かすことのできる次の教皇が決まる前に帝国へ。それまでの間は……、イギリス陛下が、あなたを守るでしょう。彼は、今回の件についてすべての事情を承知しています」
「わたしは、聖下を、お守りしたいんです」
シャルトル教皇は、困ったように微笑んで言った。
「あなたは、きっと無茶をするかもしれない。そう思ったから、突き放しましたが、それもききませんでした。どうか、わたしの最後の願いだと思って、引き受けてくれませんか。あなたが、多くを失わないよう。あなたの守るべきものを、守れるように」
「……」
「さあ、言って、フランス。かならず、わたしを見捨てると」
フランスは、歯をくいしばって、耐えたあと、涙と一緒に言おうとした。
「かならず、あなたを……」
そんなこと言えない。
言いたくない。
シャルトル教皇が、次々に流れるフランスの涙を、まるで愛しいものにでも触れるかのように、やさしく触れて、笑顔ではげますようにした。
「大丈夫、あなたなら、できます」
フランスは、大きく息をすって、言った。
「あなたを、見捨てます」
「いい子ですね」
フランスの額に、祝福のキスがおくられる。
シャルトル教皇は、安心したように力を抜いて、笑顔で言った。
「ほんとうは、もっと、あなたと一緒にお茶をしたり、乗馬をしたり、なんでもないことを話して笑ったり、そういう時間を過ごしたかったです。とても、楽しかったから」
「わたしにとっては、楽しい以上に、尊い時間でした」
シャルトル教皇が嬉しそうに微笑む。
「こうして、だれかがとなりにいて、横になるのって、暖かいんですね。お互いのぬくもりを分け合うようで、なんだか安心します」
フランスは、シャルトル教皇の服をぎゅっとつかんで言った。
「わたしのぬくもりは、すべて聖下にあげます。だから……、どこにも行ってしまわないで」
「シャルルと呼んでください、フランス」
「シャルル、行ってしまわないで」
「あなたは、十分に、わたしにぬくもりを下さいました。あなたは、なんだか特別だった。特別、親しみを抱いていました。前にも言いましたね」
「わたしは、特別、シャルルのことが、大好きです。ずっと。あの大書庫で、一目見たときから」
目が合う。
美しい、シャルトルブルーの優しい瞳。
「最後に、愚痴を聞いてくれますか? 言ったことなくて、言ってみたかった」
「言ってください。どんなことでも」
「教皇の祭服が重くて、嫌いです。あんなの、なくなればいいのに」
フランスは泣きながら笑って言った。
「もっと、聞かせてください」
「ほんとは、ちょっと、恋愛に興味があります」
教皇が一番言わなさそうなことに、フランスはさらに泣きながら笑った。
「いいですね、他にも教えてください」
シャルルは、ひとつ息をついて、おだやかな調子で言った。
「……つかれました。とても」
「……」
「いまだけ、教皇ではなく、ただ、あわれな疲れ果てた者に、祝福のキスを与えてくださいませんか?」
フランスは、心をこめて、シャルルの額に祝福のキスをおくった。
シャルルが、甘えた声で言う。
「ほんのすこしだけ、あなたのそばで眠らせてください」




