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第226話 聖下、ごめんなさい♡

 フランスは何度も目をごしごしやって、涙を止めようとした。


 だが、どうやっても止まらない。

 次々とあふれる涙が、フランスの袖とスカートを濡らし続けた。


 こんなところで、泣いていたって、どうしようもない。


 アミアンのところに、戻らなきゃ。

 教会に……、戻らなきゃ。


 そう思うのに、ひりひりと痛む目からは、ずっと涙があふれるし、もうどうしようもない嗚咽を、できるだけ大きくならないように抑えるので精一杯だった。


 あたりがすっかり暗くなっても、フランスはそこから動けないままだった。


 どうしよう。

 立ち上がって移動しなきゃ。


 そう思うのに、シャルトル教皇のことを思い出すと、涙が止まらなかった。



 思い出すのは、素敵な場面ばかりだった。



 孤児院の子供たちと一緒にお菓子を食べた時の、彼の笑顔。ブールジュの就任式典のとき、ベッドに寝転がりながら、なんでもないことを話してくすくす笑う、彼の横顔。邸宅で、パンを持ったまま眠ってしまった、彼のあどけない寝顔。


 それらと、今日見た、冷たい彼の顔がかさなって、ひどく苦しい気持ちになる。


 ひどいことを言われたのに。

 好きなところばっかり思い出してしまう。


 自分だけが、側にいて喜んでいたけれど、それは彼にとって、不愉快なことでしかなかったのだと思うと、ひどく苦しい。



「こんなところにいたんですか」



 フランスは、ハッとして顔をあげた。


 目の前に、ずっと頭の中にあった、美しい顔があった。

 シャルトル教皇は、うんざりしたような顔で、目の前に立っていた。


 彼は、ひややかな声で言う。


「あなたの侍女が、まだあなたが戻らないと、わたしのところにまで来ました。さあ、立って。こんなふうにされては迷惑です」


 フランスは、泣きすぎてひどくつまるのどから、無理に声を出して言った。


「は、はい」


 立ち上がろうとしたが、長いこと外で冷えてしまったからか、足に力が入らず体勢をくずしてしまう。


 高貴な花の香りが強くかおった。


 シャルトル教皇が、倒れそうになったフランスを支えるようにした。


「す、すみ、ませ」


 あきれたようなため息が聞こえて、そっけなく言われる。


「憐れに思ってほしくて、わざとやっているのですか? だとしたら、ひどく不愉快です」


 フランスは、自分の目を両手でおさえて、シャルトル教皇の姿を見ないようにして言った。


 止まらない涙と嗚咽で、ひどく言葉が出しづらい。


「聖下が、ふ、ゆかいに、思われるのでしたら、二度とお姿を見ません。二度と、聖下に、近づこうなどと思いません。ずっと、あなたのお役に、立ちたかった。帝国に行くことで、お役に立てるのは、わたしの、よ、よろこびです。でも……、お側で、すこしでも支えられる者でいたかった。たとえ、力になれないとしても、あなたの腕が、痛むときには、せめて、その腕を支えるくらいは、できる者でありたかった」


 フランスは、あふれる涙でぐちゃぐちゃになりながら、言った。


「聖下、ごめんなさい。お役に立ちたかった、のに。なにも、できず。あなたのお役に立てなくて、ごめんなさい。それどころか、ずっと、ふゆかいな、思いをさせてしまって」


 フランスは、勢いよくシャルトル教皇に横抱きに抱え上げられた。


「せ、聖下」


「黙っていてください」


 フランスは、その強い口調にこわくなって口をつぐんだ。


 彼は、フランスをかかえたまま、足早に執務室の近くまで戻った。執務室の前にアミアンと、教皇付きの助祭がいる。


 助祭がかけよってくる。


 シャルトル教皇が、助祭に声をかけた。


「あの侍女は、邸宅に泊まれるよう手配を。聖女フランスはあとから行くと伝えてくれ」


「かしこまりました」


 助祭は小走りにアミアンのもとにもどり、説明しているようだった。


 シャルトル教皇はすぐにきびすをかえし、しばらく進んだ先にある部屋に入った。


 ここは、聖下の私室……。


 一緒にりんごちゃんに乗った日に入った、あの質素な部屋だった。


 シャルトル教皇は、ベッドにフランスをすわらせると、足元にひざまずいてフランスの靴を脱がせた。


「さあ、身体が冷え切っています。横になって」


 フランスは、促されるまま、冷えてかたまった身体をベッドの中にもぐりこませた。


 シャルトル教皇は、部屋にある水差しから水を器に出して、そこに布をひたして絞った。


 フランスのもとにやってきて、冷えた布をフランスの目元に、あてる。

 さっきまでと、うってかわって優しい手つきだった。


 すぐに、シャルトル教皇がフランスのとなりに入ってきて、フランスの手や足をあたためるようにした。


 ため息が聞こえる。


 あきらめたような、疲れたような、ため息だった。


「あなたが、ひどくわたしのことを罵倒してくださることをのぞんでいたのですが……。あなたは、こんな風につきはなしても、わたしを恨みも、責めもしないのですね」


「聖下?」


 シャルトル教皇が、ぎゅっとフランスを抱きしめるようにした。


「こんなに冷えきるまで、あそこでずっと泣いていたのですか」


 あたたかな腕の中で、苦しげな言葉を聞いた。



「もっと残酷にあなたを突き放すべきだと思います。今も、そう思う。でも、あなたにひどく思われたままでいるのは……、耐えられそうもない」






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