第221話 聖女、ねらわれる
フランスは、午後ののどかな町はずれの景色を、馬車からながめつつ、アミアンに話しかけた。
「そういえば、あのあとバタバタしていて、聞けていなかったけれど、お芝居どうだった?」
「うーん、なんとういうか、報連相が終わってる男女が、連係ミスで死ぬってかんじでした」
「なにそれ、面白いの?」
「いや……、まあ、どうなんでしょう? みんな泣いていましたけどね」
「流行っているって言うから、もっとハッピーなやつかと思っていたわ」
「最近は、悲恋物が流行っているらしいです。教国の東西の対立になぞらえたっぽいやつとか。今回のも、敵対する家同士の男と女の話でした。といっても、今回のお芝居は、帝国から入ってきたものらしいですけど」
「ははあ、なるほどね。最近じゃ、東西の仲の悪さは、見るからにだもんね。でも、帝国でもそういうの流行っているんだ」
そこまで話したとき、馬がはげしくいななくのが聞こえて、唐突に馬車がとまった。
アミアンが、フランスを抱き寄せるようにしてくれたおかげで、席から飛び出さずにすんだが、そうでなければ反対側の座席に放り出されていたかもしれない。
そのぐらい急なとまり方だった。
なにかしら。
外から、乱暴な大声が聞こえてきた。
男の声だった。
「聖女フランス、出てこい! 騎士団の連中を皆殺しにされたくなければな!」
なんだか、ややこしそうね。
暴れるような音は聞こえない。どうやらまだ護衛の騎士たちとの争いにはなっていないようだ。
穏便に済ませられるといいけれど。
フランスはアミアンに視線をやって小さな声で言った。
「アミアンは中で様子をみていて」
フランスは、そっと馬車のとびらをあけて、外に出た。
教皇直属の騎士がふたり、馬からおりて扉のちかくにいた。フランスを守るようにして立ち、手には剣をしっかりと握っている。
それ以外の護衛騎士は、馬上にいて、馬車のまわりを守るようにしていた。
その向こうに、騎士とはことなる集団がいるのが見えた。
騎士という風体ではない。
荒くれものといった男たちが、馬にまたがって何人かいる。
一番こちらに近い場所に、挑発するように馬を寄せている男が、大きな声で言った。
「おやさしい聖女フランスに、話がある」
フランスは大きな声で返した。
「急いでいるのよ。手短にしてちょうだい」
荒くれものの男たちが、馬鹿にするみたいに笑った。
「俺たちは、あんたをある場所まで連れて行くように頼まれたんだ。金をもらっちまったからな、その分は仕事をしないと。あと半分の金は、あんたとひきかえってことになってる」
「……」
フランスは男たちの様子を見た。
どこの者たちかしら。
教国のものか、それとも帝国のものか、それとも、全く別の国か。
見ただけでは、判じがたかった。
ただ、この様子だと、聖女を襲うということが、どういう結果を引き起こすのかまでは分かってはいなさそうだ。
男がつづけて言う。
「それで、ここですぐに暴れちまってもいいけど、今回はそっちがずいぶん少ないだろ? こっちが有利にことを運べそうなのは目に見えている。だから……、あんたがその騎士たちを下げさせて、自分からこっちに来てくれないかと思ってね。どうだい? やさしい提案だろ? 無駄に怪我したくないしよ、俺たちも」
フランスは相手の集団を見て言った。
「そんなに、あなたたちの人数が多いようには見えないわ。こっちは教皇直属の精鋭の騎士よ。負けるとは思えない」
男たちがまた、嫌な感じで笑う。
ひとりの男が大きな音で指笛をならすと、街道の横にある林の中から、馬に乗った男たちが次々と姿をあらわした。
ふうん、ほんとうに、けっこうな人数で来たのね。
男が余裕の表情で言った。
「俺のみたところ、そっちはたった十人ってところだ。ところがこっちは三十はいる」
フランスは、大きな声で言った。
「ちょっとよく見えないから、のぼるわ」
フランスは馬車の御者を追いやって馬車のむこうがわにおろし、自分は御者台に乗りあがって、あたりを見下ろした。
「あら、ほんとにけっこういるのね。ちょっと数えていい?」
男たちが笑う。
「肝の座った聖女サマだな。いいぜ、何回でも数えてくれよ。指が足りなきゃ、かしてやろうか?」
「そうね、助かるわ。とりあえずこっちは、いち、にい」
数えながら、こちらの騎士団をまとめている騎士に目配せする。
すぐに、何人かの騎士たちは、荒くれものの男たちがいるのとは反対側の、馬車のうしろにまわり、アミアンを馬車からしずかにだして、何か耳打ちしている。
アミアンと目が合う。
彼女は、耳をふさぐ仕草をした。
大丈夫そうね。
フランスは、荒くれものの男たちに目を向けて言った。
「こっちはたしかに騎士が十人ね。そっちは、いち、にい、さん」
数えながら、全員が視界の範囲にいるか確認する。
「たしかに三十人いるわね。ところで教国で聖女に害をなすのは、親類にまで罪がおよぶ重罪だけれど、いいの?」
男が、おどけた仕草をして言った。
「ご心配いただき、ありがたき幸せ! だが、気にしないでくれ! 法を気にしてちゃ、こんな稼業はしてねえよ!」
男たちが、盛大に笑った。
フランスは、御者台から男たちをしっかりと見て言った。
「それじゃあ、あなたがたのために祈りを捧げてから行きたいわ。いいかしら?」
男が、変な顔をした。
「祈る? 俺たちのためにか?」
まったく意味が分からない、という顔だった。
「ええ。あなたがたの無事を祈りましょう。大きな罪を犯そうとするあなたがたのために、神にゆるしをこいます。わたし、聖女ですから! というわけで、みなさん、わたしの声が聞こえるかしら?」
男たちは、戸惑った様子で「お、おう」とか「き、聞こえるぜ」とか返してきた。
フランスは、しっかり祈りのポーズで言った。
「では、祈りますね」
馬車の後ろに隠れている騎士たちが、馬をおりて耳をふさいだ。
アミアンも耳をしっかりふさいでいる。
よしよし。
いくわよ。
フランスは大きく息を吸い込んだ。
「ああ! 主よ! どうかこのものたちを罪あるものとしないでください! 彼らは、自分たちが何をしているのか分かってはいないのです!」
フランスは、ぽかーんとしている男たちに向かって、こっちへ寄れと手振りしながら言った。
「ちゃんと聞こえている? ほら、寄って寄って! あなたがたのためよ!」
男たちが、戸惑いながらちょっとフランスのほうに寄った。
よし、全員しっかり聞こえているわね。
フランスは、しっかり口をあけて、腹から声をだして言った。
「あなたがたの、手足は萎える!」
男たちは、なすすべなく、次々と馬から落ちていった。
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おまけ 他意はない豆知識
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【報連相が終わってる男女】
ロミオとジュリエット。
イングランド王国の劇作家、ウィリアム・シェイクスピアによる戯曲。初演は1595年前後。シェイクスピアの妻の名前はアン・ハサウェイ、という余計な知識を置いておきます。




