第220話 ウリムとトンミム、うんともすんとも
フランスは、手首から血を飲んでいるヴラドの髪をなでながら、イギリスに話しかけた。
「結局、また、ウリムとトンミムのことは、分からなかったわね」
「そうだな。賢者たちも、さがしてくれているが、使い方の記録がまったく残っていないんじゃな」
フランスとイギリスの入れかわりについての調査は、完全に頓挫していた。
ウリムとトンミム以外にも、色々と手掛かりになりそうなものを探し回ったが、どれも空振りに終わっている。
イギリスが、期待していなさそうな声で言う。
「ウリムとトンミムは、相変わらず、何もきみに指し示さないのか? 導きとやらを」
「ええ、常にポケットに入れて持ち歩いているけれど、うんともすんともよ。いまのところ、ただの綺麗な石ね」
ヴラドが血を飲み終わったのか、フランスの腕から顔をはなして、またコウモリの姿になり、フランスの膝の上によじのぼった。
丸まって、今にも寝ようとしている。
「ヴラド、寝ちゃう前に、おてての消毒しようね~」
ヴラドはもうほとんど横になって眠りかけのまま、ちいさな手をフランスのひざの上に出した。
聖女の癒しの力でなんでもかんでも治してしまっては、ひとがもつ治癒力をうばってしまうことになりかねない。
このくらいなら、消毒さえしていればすぐ治るわね。
喧嘩ですぐ傷をつくるんだから、そう何度も癒しの力は与えられないわ。
イギリスが、馬鹿にしたように言う。
「そんなの傷のうちにも入らない」
「イギリス、薬箱とって」
「……」
「イギリス」
イギリスが不満そうな顔で薬箱を取ってきて、フランスのとなりにすわる。
フランスは、ヴラドを片手の上に乗せて持ち上げ、ちいさなコウモリの手に、消毒薬をぽんぽんと塗ってから、ふうふうした。
ヴラドは、消毒がおわると、完全に目をとじてまるまった。
「あ、寝ちゃったわね。おやすみ、ヴラド。良い夢がおとずれますように」
フランスはちいさなコウモリの頭にキスして、フランスのベッドのはしにかけてある、コウモリ用のカゴベッドにヴラドをそっと入れてあげた。
ネコちゃんのベッドに、コウモリのベッドまであるの。
わたしの部屋に、個人の空間は存在しないわ。
まあ、いいけど。
フランスは、一応イギリスにも聞いた。
聞かないとすねるから。
「イギリスは、どこにも怪我していないの?」
「した。同じところに」
「見せて」
イギリスが、ここに傷があったと示すところには、すっかり何もない。すべすべの健康的な肌があるだけで、かすり傷のひとつもなかった。
フランスは首をかしげて言った。
「イギリスの傷はすぐに消えてしまうのに、ヴラドの傷は人よりは治りが早くてもすぐに消えないのは、半妖精だからかしら」
「その可能性はあるかもな。ただ、わたしの身体も呪いの性質を帯びているから、実際の赤い竜の本来の機能で、傷が消えているかは疑わしい」
「不思議ね」
フランスは、カゴベッドの中で、コウモリがぽこぽこに膨らんだ腹を無防備にさらしながら寝ている姿を見て言った。
「ヴラドは、すっかり、あなたの良い喧嘩ともだちになったわね」
「なってない」
「また、そんなふうに言って。ほんとは、楽しいくせに」
「べつに、たのしくない」
それは、楽しいって意味ね。
フランスは、ふと思い出して言った。
「あ、そういえば、ひさしぶりに中央の大聖堂に行くことになったわ」
「シャルトルか?」
「そう、久しぶりに夕食を一緒にどうですかって、手紙が来たの」
「ずいぶん、久しぶりだな」
「そう……。聖下のお姿を見る機会が減って……」
フランスは、拳を握りしめて、強い調子で言った。
「午前中に鳩の姿になって、大聖堂にしのびこんでやろうかと、何度思ったことか!」
イギリスが、嫌そうな顔をする。
フランスは、力説した。
「だって、あんなにお美しいのよ⁉ 大天使様を定期的に見ないと! 心の栄養が不足する。もう、今はカピカピ‼」
イギリスがさらに嫌そうな顔をした。
フランスはかまわず早口で続けた。
「前回も、もうずいぶん前だけど、忙しすぎて夕食の時間にお会いしたのよね。また今回も、忙しそうだわ。気をつかうわね。でも、絶対行くけど。絶対、絶対、行くけど!」
イギリスがむすっとした顔で言う。
「浮気女」
「浮気じゃないわ。わたしは、むかしからずっと聖下に一途よ」
「悪女め」
「最近じゃ、大聖女さまよ、もう悪女は卒業したの。あ、でも、あなたにだけは悪女かもね」
フランスが、笑顔でそう言っていじめると、イギリスが完全にすねた顔になった。
フランスは笑って言った。
「そういう顔が見たくて、ついついいじわる言っちゃう」
「もっとやさしくしないと後悔するからな」
フランスは笑って、イギリスにもたれかかるみたいにしてくっついた。
「そうね、後悔しないように、あなたにやさしくしなくちゃね。あなたは特別だから」
「……」
フランスはイギリスの手に、自分の手をからめてぎゅっとした。
イギリスが、まだちょっと不満そうに言う。
「シャルトルは大天使で、ヴラドはどうなんだ。このやっかいなのは」
「かわいい子コウモリちゃんよ」
イギリスが、嫌そうにため息をついた。
こういうとき、恋人みたいに男女のキスで、気持ちを伝えられたらいいのにな。
あなたは、誰よりも特別だって。
フランスは、今考えた恥ずかしいことをごまかすために、イギリスの手をにぎにぎした。




