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第213話 会いたい

 フランスは夜もふけてから、ひとり、教会の自分の部屋で、家族の肖像画を見ていた。


 アミアンに教えてもらった、自分の母親のことについて考えてみる。話を聞いても、何も思い出せず、どんな出来事もなつかしいとは思えなかった。


 でも、自分を溺愛してくれていたらしい母親。


 なぜ、あなたのことを思い出せないのかしら。


 お母様……。

 会いたいわ。


 わずかに、自分をやさしく抱きしめて、ありったけの愛の言葉を誰かが言ってくれたような、ぼんやりとした記憶がある。


『いい子ね。わたしの愛しい子、何よりも大切な子、わたしの天使、わたしの光。この世に生まれた時から、すべての愛を受けるべき祝福の子』


 そう聞いたような気がする。

 あれは、お母様だったのかしら。


 フランスは、ひとつため息をついて、肖像画をしまった。


 何も、思い出せないんじゃ、どうしようもないわね……。


 フランスは、部屋を出て、散歩することにした。


 教会の裏の天幕の向こうにまで行きたいところだけれど、最近じゃ夜も騎士たちが見張っている。外に出ることで、彼らの仕事を増やしたくはなかった。


 こう警備がきびしいと、散歩もろくにできないのよね。

 不自由だわ。


 シャルトル教皇も、いつもまわりが護衛だらけだから、こんなふうに窮屈に思ったりするのかしら。


 フランスは、滅多に使われない細い階段をのぼった。

 らせん状の階段をのぼって、扉をあけて外にでる。


 教会の屋上だった。


 最近の散歩コースは屋上よ。


 さすがに、こんなところまでは騎士たちもいない。


 夜中に教会の屋根の上を歩き回っている聖女がいるなんて、思いもしないでしょうね。


 フランスは、教会の裏にある林がよく見える場所で、座った。

 星がよく見える。


 イギリス、なにしているのかしら。

 また、あの、感情の見えない業務報告書みたいな手紙書いているかしら。


 ……会いたいな。


 会いたいって、手紙に書きたかったけれど、なんだかこわくて書けなかった。目の前にいれば、簡単に言えそうなのに。離れてしまうと、難しい。


 手紙には表情が見えないもの。

 あの業務報告じゃ余計に。


 会いたいって、言ったら、迷惑かもしれない。


 とっても忙しくしているかも。

 そう思うと、書けなかった。


 ぼーっと夜空をながめていると、星が消えたように見えた。


 ん?


 すると、闇の中から、大きなフクロウが何の音もなく舞い降りて、フランスの近くに着地した。


 大きなフクロウ……。

 もしかして。


 フランスがおどろいてフクロウを見つめていると、その姿がほどけるようにして、ひとりの男の姿になった。


「イギリス!」


 フランスが、うれしくて立ち上がり笑顔を向けると、イギリスが怒った顔でフランスに近づき、とげとげしい声で言った。


「ヴラドに血を飲ませたのか?」


 フランスは、思わず笑顔をひっこめて、ちょっと戸惑ってしまった。


 久しぶりに会ったのに、最初から怒っているのね。


 イギリスが、フランスに近づき、腕をつかんで責めるように言う。


「どうなんだ、飲ませたのか?」


「はなして、こわいわ」


「答えろ、フランス」


 会えて嬉しいという感情は、イギリスの表情のどこにも見当たらなかった。


 何度か想像していた。

 久しぶりに会ったら、どんなに嬉しいかなって。


 それなのに、こんな気持ちになるなんて、思いもしなかった。


 フランスは、急に悲しい気持ちが押し寄せて、つらくなって言った。


「ひさしぶりに会えたのに、こわくしないで。わたしは、会えて嬉しかったのに、あなたは、会いたかったんじゃなくて、責めるためだけに急いできたのね。ヴラドがここに来なければ、あなたがわたしに会いに来ることもないんだわ」


「わたしも、会いたかった。きみのことが心配で……」


 イギリスがひとつ息をついて、自分を落ち着かせるようにして言った。


「本当に、会いたかった。何度も、会いに行こうと思ったんだ。本当だ。ただ、忙しくて……。泣くな、フランス。悪かった」


 困ったような、後悔するようなイギリスの表情。


 イギリスがフランスの頬に手をのばしてきたので、フランスはそれを押しのけるようにした。


 イギリスがショックを受けたような顔をする。


 フランスは、頬をふくらませて言った。


「今のは、お返しよ。こわかったから。キスして」


 フランスは、イギリスにむかって頬を突き出した。

 イギリスが、そっとフランスの頬にキスする。


 顔をはなすと、イギリスがすっかりしょんぼりした顔をしていた。


「あなたは、キスしてほしい?」


 そう聞くとイギリスが不安そうな顔のままうなずく。


 フランスはイギリスの頬にキスして、そのままイギリスの首に手をまわしてぎゅっと抱きつくみたいにして言った。


「ごめんね。手紙に心配することはなかったって書いたけれど、言葉足らずだったかも。ヴラドには、ちゃんと気持ちよくならない方法で血をあげたわ」


 イギリスが、フランスの腰にうでをまわしてぎゅっとしながら言った。


「わたしも、悪かった。久しぶりに会えたのに、責めるようなことばかり言った」


「うん。いいの。心配してくれたのは分かるから」


「会いたかった」


「わたしも、すごく会いたかった」


 久しぶりのつやつやねこちゃんの香り。


 こうしてくっついていると、今まで手紙だけでやりとりしていた時の不安が、一気に消えてしまうようだった。


 イギリスが、優しい声で言った。


「これからは、できるだけ毎日、夜になったら君のところに飛んで帰る」


 フランスは、驚いてすこし身体をはなし、イギリスの顔をまっすぐ見つめて言った。


「毎日?」


「ああ、昼になって姿が入れかわったら帝国に飛んで帰る」


「毎日、ここから帝国に通うの?」


「うん」


 フランスは笑った。


「それじゃ、領地なしの通いの貧乏騎士みたいね」


「きみさえいてくれたら、領地なんていらない」


 ふたりでくすくすやりながら、ぎゅっとする。

 フランスは、笑いながら気軽に言った。


「ねえ、あなたの手紙、ちょっとイケてないところがあると思う」



 イギリスが、ショックを受けた顔をした。





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