第210話 小竜公、ひきこもり卒業
フランスは、夜も更けた教会の自分の部屋で、絵師からもらった、下絵をながめてにやついていた。
下絵、全部もらっちゃった!
嬉しい!
最高のコレクションね。
結局、聖下の肖像画は、下絵を描いたどの姿ともちがう形になった。フランスが一生懸命、絵師と相談しながら、構図を決めている最中に、聖下が眠ってしまったからだ。
よっぽど疲れていたのか、椅子の背に深くもたれかかるようにして、あっという間に眠ってしまっていた。
部屋は十分にあたたかくされているし、かけ布はなくても問題なさそうだったので、絵師にお願いして、その姿を肖像画にしてもらうことにした。
大天使の眠りよ。
ちょうど、フランスが望んでいた大きさの絵が、もう十分なところまで書きあがったときに、助祭が部屋に入ってきて、シャルトル教皇に声をかけた。次の予定があるからと。
シャルトル教皇は、眠ってしまったことで申し訳なさそうにしていたが、フランスは十分に満足だった。
姿絵もいただけて、聖下がひととき休めたなら、それだけで十分以上よ。
姿絵は、仕上げをしてから、送られてくるらしい。
フランスは、下絵をしみじみとながめた。
イギリスが教会から去ってしまったから、この後、シャルトル教皇と定期的に会う時間もなくなるかもしれない。
今までが贅沢すぎた。
後ろ盾もない、もと奴隷の聖女が、教皇と頻繁に会うなんて、考えられないことだ。イギリスが教会にいたからこそ、イギリスの行動を把握するために、呼ばれていたにすぎない。
これも、寂しくなりそう。
はあ。
なにもかもが寂しいわね。
もとは、こっちが日常だったのに……。
慌ただしかったし、問題だらけだったけれど、楽しかったのね。
イギリスがいて、聖下にも会える生活。
フランスが、せまりくる寂しさを実感して、おおきなため息をついたとき、窓になにかがあたる音がした。
窓に目をやる。
もうすっかり暗い。
窓の外には何もなかった。
風かしら。
そう思って、ふたたび聖下コレクションに目を落とすと、また、小さくたたくような音が窓からした。
ん?
フランスは立ち上がって窓に近づいた。
何もないけど……。
え?
窓枠の下に何かいた。
ちいさな、薄い色の、コウモリだった。
なんでコウモリ?
フランスが見つめていると、コウモリが何か訴えかけるように、フランスの顔を見上げて、窓をこつこつ叩いた。
まるで人間みたいな仕草に思えた。
えっ、もしかしてイギリス?
フランスは窓をあけた。
コウモリが、まるで弱弱しく、窓の内側にぽとりと落ちるみたいにした。
……え?
これ、ほんとにイギリス?
なんで、こんな行き倒れのコウモリみたいなの?
フランスがおそるおそる、手をのばして、床に落ちているコウモリを指でつつくと、コウモリが嘆くように小さな声でキィキィ言った。キィキィ言いながら、フランスの指先に抱きつくようにする。
すっごい、震えているわね。
フランスは、そのまま手のひらに乗る小さなコウモリをそっと持ち上げて、ベッドに座り、膝の上に乗せた。
すると、コウモリがフランスのスカートをひっぱって自分をくるもうとする。
「ああ、イギリス、やめて。スカートがめくれちゃうでしょ」
フランスはかけ布をコウモリにかけてあげた。
布の中でコウモリがキィキィ言う。
え、なんかすごい怯えてかわいそう。
「イギリス? 何があったの?」
コウモリがなにかキィキィ言う。
「ねえ、その姿じゃ、何言ってるのか分からないわ」
すると、コウモリの姿がほどけるようになり、あっという間に男の姿になった。膝の上にいたから、思いっきり押し倒されるような形になる。
男は、フランスをぎゅっと抱きしめるようにして、フランスの首筋に顔をうずめた。
色素の薄い髪。
「ヴラド⁉」
「……」
フランスは驚いてつかのま固まったが、どうも様子のおかしいヴラドに心配になる。ベッドに押し倒されるようになっているけれど、ヴラドはひどく震えているようだった。
フランスは彼の背をぽんぽんと、優しく叩いて言った。
「ヴラド、どうしたの? こわいの? ここは、なにもこわいものはないと思うわ。大丈夫よ」
「血……、血をくれ」
「気持ちよくならない方法でなら、いいわよ」
ヴラドが、フランスの首筋に顔をうずめたままうなずいた。
「どうすれば、あなたに血をあげられるの?」
ヴラドがゆっくりとフランスから身体をはなす。
おどろくほど顔色が悪かった。
「ヴラド! ひどい顔色よ。よく、そんなで、ここまで来られたわね。何か、あたたかいものを用意しようか?」
「いい……、血をくれ……」
ヴラドがベッドからおりて、フランスの近くにひざまずくようにした。
フランスもベッドに座って、ヴラドを見下ろす。
「どうすればいいの?」
「手首から飲めば、前みたいにはならない」
「そうなのね」
フランスが袖をまくって腕を差し出すと、ヴラドは両手でフランスの腕をそっと持った。その手もひどく震えている。
ヴラドが、フランスの手首に噛みついた。
痛く……ないのね。
ヴラドがゆっくりと血を飲み下す音がする。
フランスは、彼がゆっくりと血を飲む様子を眺めながら思った。
なんだか……。
赤ちゃんにミルクあげてるみたいな感じがするわね。
ちょっと、かわいい。
頭、なでたら怒るかしら。
綺麗な髪。
フランスは、そっと髪をすくようにヴラドの頭をなでた。ヴラドは一瞬、気にしたようだったが、かまわず血を飲み続けている。
うーん。
かわいい。
なんだか一生懸命飲んでいる感じが、とくに、良い。




