第21話 えげつない金額、聖女の癒しの力
アミアンの視線の先で、イギリスがじっと、横たわるアリアンスの顔を見つめて、そして、言った。
「あなたは、癒された」
あたたかな光が見えた。
それは、目に見える光ではなく、まるで、一瞬心のうちをなでるような光だ。
ああ、いつも、とっても不思議だな。
この、聖なる力は。
祝福するような光が、心の内を通り過ぎたとき、ほとんど息もしていないように見えたアリアンスが、ゆっくりと大きく息をした。
彼女の目が、ひらく。
アミアンは、彼女の瞳をのぞきこんで言った。
「アリアンス、アリアンス。わたしが、わかりますか?」
彼女は、何度かかすれたような息をしてから、小さな声で言った。
「アミアン様……」
よかった。
聖女の聖なる力も、万能ではない。
救えないことも、多い。
主よ、感謝いたします。
アリアンスは、次第に意識がはっきりとしてきたようだった。
「聖女様も……、なぜ、ここに」
アリアンスが身体を起こそうとするのを、アミアンはささえた。触れた身体からは、すっかり熱っぽさは、なくなっている。
「カリエールが呼んでくれたのですよ」
「カリエールが」
アミアンの言葉に、アリアンスは心配そうに、おさない息子の姿をさがした。アミアンは、急いで扉をあけ、外に向かって叫んだ。
「カリエール! おいで! アリアンスが目を覚ましたよ!」
カリエールが飛び込んでくる。そのまま、ベッドにいるアリアンスのもとに飛び込んだ。泣きだすかと思ったが、彼はすぐに母親からはなれて、今度はイギリスに抱きついた。
イギリスは、つかのま、おどろいたようだったが、カリエールの頭をやさしくなでた。
陛下は、ほんとうに、おやさしい。
アリアンスが、ベッドから出て、イギリスの前に跪いた。カリエールも同じように、となりに並んで跪く。ふたりとも、手を胸の前で組み、イギリスを見上げた。
アリアンスが、さっきよりもしっかりとした声で言う。
「聖女様、ありがとうございます。重ね重ねの、ご恩に……どう報いるべきか、おろかなわたしには、分からないほどです」
カリエールがまねをして、しかし大真面目な顔で言う。
「わからないほどです」
かわいくて、ちょっと、笑ってしまう。
イギリスが視線をよこしたのを見て、アミアンはあわてて、イギリスのとなりに移動した。
「ちょっと、聖女様は、今日は……、そう! 喉の調子が悪いんですよ。そうそう、なので、わたしが代わりに、話します。ね、へい、じゃない、お嬢様」
アミアンの言葉に、イギリスがうなずく。
アミアンは、フランスが言いそうなことを、考えながら、言った。
「聖女様は……、あー、こう仰りたいそうです。聖なる力での癒しに、もし、感謝の気持ちを感じるなら……、今度、野菜を売りに来て、よく売れた日に、あなたがたが苦しまないほどの寄付をしてください。そうすれば、主もよろこばれます。そうですよね?」
また、イギリスがうなずく。
アリアンスが、涙ぐんで、目をとじ、祈るようにした。カリエールも、アリアンスの様子を見て、同じようにする。
あ。
アミアンは、イギリスに向かって、自分の額を指さし、唇をつきだして『おでこにキスです』を伝えた。
イギリスはすぐに気づいて、アリアンスとカリエールの額に口づけをおくった。
さすが、陛下です。
アミアンは、いくらか多めの銅貨を、アリアンスの手に押し付けた。
「アリアンス、あなた三日も寝込んでいたのなら、しばらく野菜は売れなかったんでしょう?」
「はい、ですが——」
アリアンスが遠慮するようにしたのを、さえぎるようにして、続けて言う。
「しばらく大変でしょうから、また商売をして生活をたてなおすまで、教会の食堂で食べてください。シトー助祭に言っておきますから。もちろん献金の必要はないですよ。ですよね、お嬢様?」
イギリスがうなずく。
アリアンスが、まだ遠慮する素振りをするので、アミアンは、カリエールに向かって言った。
「アリアンスが回復したから、お祝いに、なにか甘いものを買って、一緒にお食べ」
「いいの?」
「もちろん。カリエールは頑張ったんだから、ご褒美をもらわなくちゃ」
「やったあ」
「でも、もうひとりで、あんなことをしちゃだめだよ」
「うん、わかった」
「夜には、教会にごはんを食べにおいで」
「うん! ありがとう、アミアンさま! 聖女さま!」
そのあとは、アリアンスが泣きだしてしまって、どうにかなだめて、アミアンとイギリスは馬車にもどった。
馬車の中で、アミアンは、ほっとひといきついて言った。
「わ~、陛下ありがとうございました!」
「わたしは何もしていない」
「またまた、カリエールにも優しくしてくださいましたし、アリアンスを癒したのも、陛下ではありませんか」
しばらく馬車にゆられていると、イギリスが口をひらいた。
「聖なる力で、金をとらないのだな」
アミアンが首をかしげると、イギリスが言った。
「聖女フランスは、聖なる力は大金を払われねば使わない、と聞いた」
ああ、お嬢様の悪いうわさですね。
アミアンは、笑って言った。
「いえ、めちゃくちゃ大金むしりとりますよ」
イギリスが怪訝な顔をする。
「ただし、お金持ちからです。特にうわさの良くない貴族からは、容赦なくまきあげております。えげつない金額を提示するので、高飛車な金額を取るって噂になっているんです」
イギリスは、考えるようにして、また、聞いた。
「アリアンスは以前にも、聖女に救われたのか?」
「ああ、重ね重ねのご恩、と言っていたやつですね」
アミアンは、アリアンスの少し前の姿を思い出しながら続けた。
「アリアンスは何年か前は、そこらで売春してその日暮らししていたんです。それをお嬢様が声をかけて、教会で下働きするようになって……。で、なんと、たまに教会に来る修道士の男と恋仲になっちゃったんです。それが、スタニスラスっていう、なかなか良い男で」
いやあ、あの時も、大変だったなあ。
お嬢様が、ばちばちに修道院とやりあって……。
「その時も、お嬢様が、一緒になれるように、修道院からスタニスラスを無理矢理ひきとったんです。修道士は、婚姻が許されていませんから」
昼下がりの教会で、ふたりがつつましく結ばれたときの、光景がよみがえった。
なつかしいな。
あ、そういえば。
「そのときに確か『聖女フランスは見目のよい男とみたら、教会にひっぱりこむ、はしたない聖女』なんていううわさが出回って、お嬢様が笑っていましたね」
アミアンは、くすくす笑った。
あんなとんでもないうわさまで、笑い飛ばしちゃうお嬢様は、世界でいちばんかっこいい。
「それで、スタニスラスは、しばらく教会で助祭見習いをしていたんですが……、戦争で、あっけなく死んでしまいました」
「それで、今は親子ふたりで野菜を売って暮らしているのか」
「はい」
アミアンは、馬車についている小さな小窓から外を見た。
行き交う人々が、生活している。
みんな、きょうも一生懸命に生きている。
アリアンスは、前の夫も戦争でなくしている。カリエールは前の夫との子供だ。彼女は、暮らし向きが苦しくなっても、売春してでも稼いでカリエールを育てた。
子供を、捨てる親も多い。
でも、アリアンスはそうしなかった。
主よ、愛は、いつも彼女とともにあります。
それでも、戦争が、彼女から夫をふたりも奪った。人生には、そういうことも、ある。
だから、毎日を一生懸命に生きなくちゃ。
もう、ずいぶん、教会に近いところまで来た。
「陛下、もうすぐ教会につきますが、お嬢様の教会は、なんというか……、ちょっと騒がしいので、ご容赦ください」
「さわがしい?」
アミアンは、教会の様子を思い出して、笑った。
***********************************
おまけ 他意はない豆知識
***********************************
【スタニスラスと、カリエールと、アリアンス】
スタニスラス広場、カリエール広場、アリアンス広場は、フランスの世界遺産。
良い人っぽいのに苦労人の、ロレーヌ公スタニスラス。
流れ流れて、ポーランドからロレーヌへとたどり着き、慈善活動に余生を捧げた人です。三つの広場をつくった都市計画もそのうちのひとつ。
【シトー?】
フォントネーのシトー会修道院は、フランスの世界遺産。
祈りと自給自足を目指した修道会において、特に厳格といわれるシトー会の、最古の修道院です。




