第209話 枢機卿の姿絵♡
フランスはまどろみの中で、あたたかな腕に抱き上げられたのを感じた。
優しくそうっと運ばれて、やわらかな寝床におろされる。
そっとかけ布がかけられて、額にキスされる。
甘えたくなるような、やさしい手つきで、髪をなでられる。
高貴な花の香りがしたような気がした。
*
フランスは、目の前があやしく溶ける感覚がして、目をぱちぱちっとやった。
目の前にアミアンがいる。
「アミアン」
「お嬢様、おかえりなさい」
「ただいま」
「帝国のお城はいかがでしたか?」
「相変わらずよ。誰もいなくて静かで、読書がはかどったわ」
「今日は何をお読みに?」
「教国では言えないようなやつ」
アミアンが笑う。
フランスは、まわりを見た。
聖下の邸宅で、フランスのために用意されていた部屋だった。
フランスは、首をかしげてアミアンに聞いた。
「ねえ、わたしちゃんと朝には部屋に戻っていた?」
「どういうことですか?」
「昨日、結局、聖下のこと待っていて、会えたのは良かったけれど、その後うっかり寝ちゃったみたいで」
「朝にはちゃんとお部屋におられましたよ」
「そうなんだ」
使用人が運んでくれたのかしら?
でも……。
うっすらと、高貴な花の香りがしたような。
まさか、聖下が運んで下さったのかしら。
いや、まさかね。
フランスは、ちょっと心配になって聞いた。
「イギリスは大丈夫そうだった?」
「ええ、聖下は早くに邸宅を出られたようで、お会いすることはありませんでした」
「まあ、そうなのね。遅くまでお仕事されて、朝早くから出られるなんて……、心配だわ」
アミアンが、それより、と苦笑しながら言った。
「陛下が、むくれていました」
「え、なんで?」
「今日は手紙がないって、残念がっていました」
え、意外ね。
「楽しみにしてくれていたんだ、手紙」
「みたいですね」
フランスは、ちょっと愚痴るみたいにして言った。
「でも、彼の手紙って業務報告みたいなのよ。わたしも、あんまり書いちゃ悪いかと思って『会いたい』の一言も書けてないわ」
「そういう不満も書いてみたらいいんじゃないですか?」
「不満も? 毎日そえてある花が死体みたいになっていることも、言ったほうがいいのかしら。毎回、しなしなになっているのよね……」
「言ってあげましょう。言ってあげれば、陛下は成長できます」
フランスは笑った。
アミアン、陛下のお母さんみたい。
フランスはちょっと気になって聞いた。
「ダラム卿の手紙は、もちろん業務報告書みたいじゃないわよね」
「ええ。会いたい。あなたに会えなくて寂しい。あなたのことばかり想っています。の言い方って、そんなにレパートリーあるんだ~って感心しちゃう感じです」
「……いいなあ、素敵ね。でも、イギリスのへたっぴのも、それはそれで可愛いわよね。あんまり気持ちが綴られていなさすぎて、ちょっと不安になるけど」
「言ってあげましょう」
「そうね。でも、文章ってたしかに難しいわ。会ったら、ふざけながら伝えられるのに、文章にするとなると、ニュアンスが難しい」
「それは、お嬢様の、成長にもなりそうですね」
「そっか。じゃあ、頑張ってみないとね」
アミアンは、手紙について悩んだりしないのかしら?
「アミアンは、毎日手紙返してるの?」
「いいえ、二日か三日に一度くらいです」
「エッ⁉」
フランスが驚いていると、アミアンが、へへ、とちょっと困ったように笑って言った。
「書くことを悩み過ぎて時間がかかるので、三日に一度くらいでいいですかって書いたら、問題ないと言って下さったので」
は~。
なるほど。
意思疎通って大事ね。
わたしも、イギリスまかせにしないで、ちゃんと自分から思いを伝えられるようになろう。
とりあえず、花は、花瓶に入れてもらおう。
*
フランスは昨日と同じ時間に、シャルトル教皇の執務室を訪れた。
すでに絵師が到着し、絵の下書きを始めているようだった。
シャルトル教皇が、笑顔で言う。
「フランス、よく休めましたか?」
「はい、素敵なお部屋でゆっくりさせていただきました」
「昨日言っていた、枢機卿時代の服ですが、どれを着ましょうか?」
そうか、寝てしまって、どれにするか伝えていなかったわね。
フランスは目当ての一着を選んだ。
「こちらでお願いします」
「なるほど。では、わたしは一度着替えてきますね」
「はい、聖下」
「その間に、いくつか下絵を書いてもらったので、どれを採用するか決めておいてください」
フランスは、絵師が机の上に広げてくれた下絵を見た。
「まあ、聖下おひとりのものと、これは……となりに誰かが並ぶ予定のものでしょうか?」
絵師が、人の良さそうな顔で答える。
「はい。聖女様と一緒に描かれるものも、いくつか構図を考えてみました」
「まあ」
いや、でも、聖下ひとりの肖像画がいいわ。
あんなにお美しい聖下の肖像画よ?
聖女フランスなどという雑味をとなりに置きたくない。
フランスは、シャルトル教皇がひとりで描かれている下絵をいくつかならべてみた。
うーん。
お疲れだろうし、立った状態でずっといてもらうのは悪いわね。
座っているのにしましょう。
フランスは、椅子にゆったりと座り、こちらを見ているものをひとつ選んだ。
「これにします」
「承知しました」
絵の大きさなんかや、雰囲気について絵師と調整していると、シャルトル教皇が戻って来た。枢機卿の姿で。
彼は、ちょっと落ち着かなさげに言う。
「これは、なんだか恥ずかしいです。廊下を歩いている時に、誰かに見られたらと、ちょっとびくついてしまいました」
フランスは、興奮を隠せず、早口で勢いよく言った。
「お似合いです。最高です。恥ずかしがる理由なんて、どこにも見当たりません!」
シャルトル教皇が、自分の服をなでつけながら、そわそわとした様子で言う。
「でも、もう枢機卿ではないのに、こんな……。なんだか、やっぱり恥ずかしい気がします」
恥じる姿!
尊い!
フランスは両目をカッと見開いて、その姿を脳に焼き付けた。




