第208話 誰よりも働くもの♡
フランスは、アミアンに髪をとかしてもらいながら、ため息をついた。
「お嬢様、そのため息は、幸せを感じているほうのため息ですね」
「そうよ。だって、ここは、聖下の邸宅よ! こんな幸せなことある? そこらじゅうに幸せが満ちているわ」
フランスは深く息を吸った。
これが、聖下の邸宅の空気。
吸いつくしておこう。
アミアンが笑いながら言う。
「素敵な邸宅ですね。品が良くて、落ち着いていて、豪華すぎない感じが過ごしやすいです」
「そうよね。聖下のセンス、素敵」
「夕食、ご一緒できなくて残念でしたね」
フランスは肩を落として答えた。
「ほんとよね……。昼間も忙しくされていたようだけれど、夕食の時間にも帰ってこられないなんて、ほんと、忙しそうで……なんだか心配」
ちょっと浮かれ過ぎた自分を恥じる。
アミアンが、髪をとかし終わって、フランスの肩をもみながら言った。
「まだ、お帰りにはならないようですし。お嬢様も、もうお眠りになったほうがよろしいですよ」
眠る前に、聖下のお姿見たかった。
フランスはしばらくアミアンの最高のマッサージを堪能してから言った。
「よし、今日は聖下のお姿を見るのはあきらめるわ。アミアンも用意してもらった部屋で、ゆっくりして」
「はい」
アミアンが部屋を出た後、フランスは、しばらくしてから部屋の外に出た。
あきらめると言ったものの、もうちょっとだけ、待ってみたい。アミアンはそう言ったら、ずっと側についていてくれそうだから、あきらめたふりをした。
こんなことに、夜遅くまでつきあわせるのは、悪いもの。
フランスは、音がしないように、そーっと扉をしめた。
使用人に声をかけて聞くと、まだ、シャルトル教皇は戻っていないようだった。
泊めてもらったお礼だけでも言おうと思っていたのに……、まさか今日は泊まり込みかしら?
フランスは部屋に戻ろうかとも思ったが、ちょっと悩んでから、その場に居座ることにした。
眠れないし、ちょっとだけ待ってみよう。
眠くなるまで。
フランスは、玄関ホールのとなりにある、応接用の柔らかなイスに座った。
しばらく、そこでぼーっとしていると、馬車の音が聞こえた。
あ、帰って来たのかしら。
使用人が大きな扉をあけて出迎える。
しばらくすると、シャルトル教皇が入ってきた。
かなり、疲れた様子に見える。
いつも見る、外向きのシャルトル教皇の様子とは、かなりちがう雰囲気だった。
なんとなく声をかけづらくてだまっていると、シャルトル教皇がフランスの姿に気づいた。
彼はおどろいた顔をして、フランスのもとに来て言う。
「まさか、待っていてくださったんですか?」
「眠れなかったので、泊めていただいたことのお礼だけ言おうと思って——」
シャルトル教皇がフランスの肩にふれて言った。
「すっかり冷えていますね」
彼は自分が着ていた外套をフランスにかけて、フランスの手をにぎり歩き出した。大きな暖炉のある、あたたかな部屋に通される。
使用人たちがあたたかな飲み物と、軽食を持ってきて、すぐに出ていった。
フランスは、すすめられて、立派に大きな長椅子に座った。
となりにシャルトル教皇が座り、フランスにあたたかな飲み物を、手渡してくれる。
「さあ、これを飲んで。身体があたたまります。わたしは、となりで夕食をいただきますね」
「まだ、夕食もお食べになっていなかったんですね」
「どうにも、ここ最近忙しくて、おろそかにしてしまいますね」
心配だわ。
そんなに小さなパンと、つまみみたいなものだけで、生きていける?
シャルトル教皇は、さっき見た疲れた表情とはうってかわって、いつもどおりの優しい笑顔で言った。
「そうそう、枢機卿のころの服を見つけてきましたよ。いくつかあるので、どれか選んでください」
フランスはシャルトル教皇から渡された包みを、わくわくしながら開けた。
うわ~。
聖下が着ていた、枢機卿時代の服!
最高!
欲しい!
持って帰って部屋に飾りたい。
匂い、嗅ぎたい。
いや、だめね。
我慢よ。
そんなことしたら、また聖下を怖がらせてしまう。
フランスは、いくつかある服のなかから、目当ての服を見つけた。
あ、これ‼
大書庫で見たのと同じやつだ~!
やだ、懐かしい~!
最高!
これで肖像画を描いてもらうのよ!
「聖下、この」
わくわくした気持ちで、そう言ってフランスが振り向くと、シャルトル教皇が椅子にもたれかかるようにして、眠ってしまっていた。
えっ。
しかも、彼の手にはパンが握られたまま……。
食べながら、寝落ちちゃったの?
か、かわいい!
いや、ちがうわ。
心配すぎるわね。
フランスは、シャルトル教皇の顔をよく見た。
よく見ると、ちょっとお痩せになったかしら。
お肌には、なんの荒れも見当たらないところが、すごい。
フランスはそーっと動いて、そこら中からクッションを集めて、シャルトル教皇のまわりにつめこんだ。そして使用人に持ってきてもらった、あたたかそうなかけ布をかける。
ほんとはすぐに起こして、部屋に戻ってもらったほうがいいのかもしれないけれど、あまりに気持ちよさそうに寝ているし、ちょっとの間、こうして眠ると回復できるかもしれない。
フランスは、まだ暖かい飲み物をのんで、しばらくシャルトル教皇の寝顔を堪能した。
そろそろ起こした方がいいかしら。
けっこう、熟睡しているわね。
家だもんね。
こんなに疲れているのに、枢機卿時代の服をさがしてきてくれた。帰って来てからも、自分のことよりも、フランスのことを気づかうようにしていた。
素敵すぎて、これ以上、好きになれないくらい好きなのに、どうしたらいいの。
フランスは、そっと、彼の顔に自分の顔をよせて、ささやくように言った。
「あなたは、癒された」
あたたかな光が、心の内をなでる。
どうか、彼に、あたたかな光のような眠りと癒しがありますよう。




