第205話 お菓子のアミアン
フランスは、手元の資料を見ながら、教会の中を歩いていた。
教会では、帝国の騎士団が警備につく上に、シャルトル教皇からは教皇直属の騎士団も送られてきた。手元にあるのは、名簿と、警備の配置についての資料だ。
とんでもなく警備ガチガチの教会になったものね。
廊下のあちこちで、騎士たちが目を光らせている。
そんな、何もないと思うけれど……。
まあ、治安が良くなるのはいいことね。
これなら、喧嘩も起きなさそう。
足早に執務室に戻っていると、うしろから声をかけられる。
「聖女様」
振り向くと、ひさしぶりの顔があった。
貸衣装屋だ。
「あら、もう来てくれたのね。助かるわ」
「お呼びいただけて光栄です。今日はどのようなご用件でしょうか」
「いくつか売りたいドレスがあるのよ。あなたのところで、扱えるかしらと思って。それと、いつものやつも……、言ってなかったけれど、あるかしら?」
貸衣装屋が、羊皮紙の束を手に持って、まかせてくださいよ、みたいな笑顔をして言った。
「集めておきました。最新の情報です」
「助かるわ」
執務室にもどり、貸衣装屋に衣装を見せると、衣装の様子を確認しながら貸衣装屋が言った。
「聖女様は、お酒は飲まれますか?」
「ええ、飲むわ」
すると、貸衣装屋が、ちょっと声を落として、いかにも大切な情報のように言う。
「うわさのアレ、ご用意できますが、いかがですか?」
「うさわのアレ?」
「シャルトリューズのエリクサーです」
「え! 用意できるの?」
「はい、十本ほどならご用意できます」
フランスは、貸衣装屋をななめに疑うように見て言った。
「……でも高いのよね?」
「いえいえ、そんな」
値段を聞くと、普通の酒よりは高い価格だが、手が付けられないほどの値段ではなかった。
「あら、思ったほど、高くないのね」
貸衣装屋が、衣装の状態を確認しつつ、帳面になにかしら書きこみながら言う。
「最近出回っている価格の高騰しているものは、転売モノですよ。わたしは、シャルトリューズ商会から直接仕入れておりますので、そのままの価格なんです」
「へえ、あなたなら価格上乗せして売りそうなのに、意外ね」
貸衣装屋が、まったくですとため息をつきながら言う。
「ほんとは上乗せしたいですよ。でも、シャルトリューズ商会との契約で無理なんです。あちらの指定価格でのみ販売で、もし上乗せして売るなら今後の取引はしてくれなくなります。まあ、元値で十分に利益はいただけますがね。即売れですし」
「へえ、シャルトリューズ商会って、どんな商会なの?」
「教国中に支部がある大きな商会です。最近はエリクサーが人気商品ですが、それ以外にも多くの商品を取り扱っていますよ。商船も多く保有していて、教国の内外で、相当稼いでいるとうわさです。表に出ている支部の連中は見えても、シャルトリュ―ズ商会の全体像が見えない、なんだか掴みどころのない商会です」
貸衣装屋が声を小さくして言う。
「バックには大物がついているんじゃないかって、もっぱらの噂です」
「そうなのね」
「秘密主義的なところのある商会なので、あまり情報が出回っていませんが、エリクサーといい、その流通のさせ方といい、できすぎています。相当なきれものが商会のトップにいることは間違いなさそうです」
「ふうん」
きっとバックには貴族がついているんでしょうけれど、一体どなたかしら。
相当な切れ者で、お金持ち間違いなし。
気になる~。
結局、フランスは貸衣装屋からエリクサーを十本買うことにした。
貸衣装屋との話を終えて、アミアンをさがす。
どこかしら。
今日もお菓子配り歩いているかな。
イギリスとダラム卿が、教会を去ってから、もうあっという間に一週間が過ぎた。
アミアンのもとには、毎日かかさず、ダラム卿から手紙と花束と菓子が届いている。ひとりでは食べきれない量のお菓子なので、アミアンが毎日教会中でお菓子を配り歩いていた。
最近じゃ、お菓子のアミアンと呼ばれるほどだ。
ヨハネの首のアミアンより、ずいぶん可愛くなった。
ダラム卿の手紙、すごそうよね。
きっと、素敵に女たらしな恋文にちがいないわ。
途中で、気になってカーヴの様子を見に行くと、ちょうど部屋にオランジュが来ているところだった。
扉がすこしあいていて、ふたりの様子が見えた。
カーヴが笑顔で、なにかオランジュに話しかけている。
あら、なんだかもしかして、良い雰囲気?
邪魔しないでおこう。
フランスは、そのままきびすを返した。
食堂の近くに、カリエールとアリアンスとメゾンがいた。
カリエールが、何か一生懸命楽しそうに話しているのを、メゾンが笑顔で聞いている。アリアンスはその様子を、ふんわりとした笑顔で見ていた。
こちらも、素敵な雰囲気。
フランスはこちらも邪魔しないように、そっと別の方向に向かった。
男女の情って、素敵に見える。
素敵な笑顔がそこにある。
主よ、聖女がひとりの男にこころをさくことは、罪でしょうか。
フランスは、なんとなくアミアンの部屋に向かった。
アミアンの部屋に近づくと、何やら良いにおいがする。
華やかな……、花の香り?
フランスが扉の近くまで行くと、ちょうどアミアンが出てきた。開いた扉の内側をみて、フランスは思わず言った。
「うわ、すごいわね。花園かなにかに見えるわ」
アミアンも、自分の部屋の中を見て、やれやれと言った。
「ダラム様が毎日おくってくださるので、とんでもないことになってきました」
「アミアンって切り花の扱い上手だものね。まだ最初にもらった花も咲いているんじゃない?」
「ええ、しっかり咲いています」
「でも、こんなに?」
アミアンの部屋の中は、もうこれ以上、花の置き場所も、水を入れる器も限界じゃないのか、くらい花で埋もれていた。
アミアンが、困ったような表情で、それでも嬉しそうに言う。
「一度に届く量が多い上に、朝と夕に届くんです。さすがに多すぎて、頻度を落としてくださいって手紙に書きました」
すごい。
さすが、女たらしね。
素敵。
それに比べてイギリスは……。
フランスは、イギリスの手紙を思い出して、ちょっと肩を落とした。




