第199話 見覚えのない肖像
フランスのとなりで、イギリスが不安そうな顔をして言った。
「本当に行くのか?」
「行くわ」
フランスは、イギリスの手をにぎってひっぱった。
イギリスは、さっきフランスが広場で急に泣きだしたからか、これ以上記憶に深くかかわる場所に行くことをおそれているようだった。
こうなったら、とことんよ。
もう一番えぐい記憶は見たから、大丈夫。
フランスは、もう今は、完全に、おそれとかどうでもいい気持ちでずんずん歩いていた。
しばらく進むと、城が見えてきた。
でたわね。
お久しぶりね!
城!
フランスは、ずんずん勢いをつけて歩いていった。
城の門のまえに立つ。
うわあ。
すっごい、寂れてる……。
城の門はすっかり朽ちて、あたりは草が競い合うように生えているし、蔦がそこらじゅうを緑のなかに取り込もうとしている。
「いまは、誰も住んでいないのね」
「そうだな。アキテーヌには今、領主がいないからな」
「そうなの?」
「ああ、今は、帝国の直轄領になっている」
そうだったんだ……。
「門もしまっているし、中には入れないかしら」
イギリスが、あたりを見わたしてから、赤い竜の姿になった。
フランスを竜の両手でそっと抱き上げるようにして、とびあがる。あっという間に、門の内側に入った。
降ろされて、あらためて、城の様子を見る。
うーん、記憶にある城とずいぶん様子がちがうから、いまいちピンとこないわね。
幽霊とか出そう。
フランスは、ちょっとこわくなって、人の姿にもどったイギリスにくっつくみたいにして、城に向かって進んだ。
入口の木の扉は、風雨にさらされてか、すっかり朽ちていた。
まるで、色を失ったような城のなかに、そっと足をふみいれる。
中は、からっぽだった。
なにもない。
絨毯も、肖像画も、家具も、飾り物なんかも、なにひとつない。ほんとうに、城の基礎部分だけが残っている。
これじゃあ、思い出しようもないかもね。
「上の階に行ってみたいけれど、大丈夫かしら」
「基礎はしっかりしていそうだが、一応、わたしのうしろを歩いたほうがいい」
「あっちに行きたいわ。むかし、わたしの部屋があったの」
完全に幽霊屋敷みたいな中を、おそるおそる歩く。
しばらく奥に進むと、その部屋があった。
「あ、多分、この部屋だと思う」
イギリスが、先に入ってゆく。
フランスもあとにつづいた。
中には、何もない。ただ、がらんどうの部屋があるだけだった。
フランスは、記憶をたよりに、石がつんである壁を叩きまくった。
「なにしてる」
「たしか……このへんに」
すると、ひとつの石が、がくっとずれた。
あった!
フランスは、下側にあいている隙間に指をつっこんで、壁に積み上げられている石のひとつを取り出した。
奥に空間がある。
うわ、こんな真っ暗の空間だっけ。
こわ。
ちいさい頃の自分、よくこんなあやしげな穴に、腕つっこんだわね。
フランスは若干ぞっとしながら、腕をつっこんだ。
イギリスが、嫌そうな顔をして言う。
「大丈夫なのか、そんなところに手をつっこんで」
「だいじょ……キャーッ!」
フランスが叫ぶと、イギリスがかけよってきたので、フランスはケロっとした声で言った。
「なんちゃってね」
「怒るからな」
あ、あった!
フランスは、四角いものをつかんで取り出した。
綺麗な細工が施された小箱だった。
イギリスが、そばに寄ってきて言う。
「そんなもの、隠していたのか」
「多分、がらくたしか入っていないと思うけど」
たしか……。
フランスは小箱についている足を、順にひねった。
イギリスがとなりで、その様子をのぞきこみながら言う。
「仕掛け箱か」
「ええ。むかし、おねだりして買ってもらったのよ。たしか、これを、こうして、こうで……あ、あいた」
フランスはそっと小箱のふたをあけた。
中には、がらくたっぽいものがいくつか入っていた。
まず、コルクが三つ。
イギリスが首をかしげて言う。
「コルク?」
「これは、たしか、あけてはいけないと言われていた、とんでもなく高級なワインを、いたずらしてあけた時の勝利のコルクよ」
「昔から、とんでもないことばっかり、していたんだな」
「素敵でしょ。このコルク」
イギリスが、ブールジュがやるみたいな嫌そうな顔をした。
あとは、ガラスの小瓶がひとつ。
中身は空だ。
「これは?」
「これは、たしか、この中に水をいれて、変身薬として楽しんでいたのよ。何になるか言ってから、この瓶の中身を飲むの。そうしたら、あとは変身したものになりきるのよ」
「それは、まあ、楽しそうか」
あとは、いくつかの布切れが入っていた。
「これは、多分、お気に入りだったドレスの切れ端ね。やっぱり、大したものは、入ってないわね」
「それで全部か?」
「そうみたい。ほら、からっぽ」
「ちょっと、いいか」
小箱を渡すと、イギリスが空になった小箱をひっくり返したりしながら、調べるようにした。
「なにか、変?」
「底が上げてある。まだ、中に何か入っているんじゃないか?」
「え……、記憶にないわね」
イギリスが、あやしげなところをつついたり、ひっぱったりしていると、かち、と音がした。
「底板が外れたな」
イギリスが箱をひっくり返すようにすると、中から、何かがはらりと落ちた。
何かしら。
フランスは拾い上げて、ひっくり返してみた。
それは、肖像画だった。
真ん中に、小生意気な顔をした、小さな貴族のお嬢様がいる。
その左側には、立派なアキテーヌ公の姿があった。
そして、右側に、もうひとり。
肖像画には、三人が描かれている。
「それは、家族の肖像画か?」
「そう……見えるわね」
フランスの曖昧な答えに、イギリスが怪訝な顔をした。
「この小さな女の子がわたしで、この男性がお父様。そして、そのとなりにいるのが……」
「きみの、母君か?」
「なんだか、そんな感じっぽいわよね。でも……、覚えていないわ」
ふたりで目を見合わせる。
フランスに、すこし雰囲気の似た立派な女性が、そこに描かれていた。




