第198話 アキテーヌ公の最後
フランスは、自分自身の姿にもどった状態で、店を出た。
すっかり、お店でお茶してゆっくりしちゃったわね。
お互いが入れかわってから、正午になったことに気づいたくらい、ふたりでお喋りに夢中になってくつろいでしまった。
お菓子とお茶があって、おしゃべりができたら、時間ってあっという間だわ。
楽しければ、なおさらね。
フランスとイギリスは、焼き菓子の店を出たあと、アキテーヌの城があるはずの方向に歩いていた。
イギリスがとなりで言う。
「カヌレも他の焼き菓子も、かなり美味しかった。帰りに、多めに買って帰ってもいいな」
「そんなに買っても、食べられないわよ」
「明日までもつと言っていた。明日も、食べられる」
「すっかり気に入ったのね」
「うん」
フランスは嬉しくなった。
すごした時間は少なくても、アキテーヌはフランスにとって故郷だ。そこにあるものを、好きだと言われるだけで、なんだかとっても嬉しかった。
しばらく同じような町並みが続いた。
フランスにとっては、見慣れない町の景色が。
だが、ようやっと、見知った場所に出る。
大きな広場だ。
たしか、この広場は町の中心にある。
フランスは、足元に視線を落として、頭のなかで記憶にある広場の様子を思い出した。
中央には噴水があり、広場の奥には、大きな石の土台の上に、木で組み上げた背の高い物見台のようなものがあるはずだ。舞台としても使えそうな、大人が十人以上も並べる大きな物見台で、処刑台としても使われていた。
上に立つと、町の向こうにある森まで見渡せる物見台だ。
昔は、たしかに、あった。
フランスは、そっと視線をあげていった。
広場の中央にある噴水が目に入る。
変わらない。
記憶にあるままの噴水。
そして、その奥に、大きな物見台があった。
昔と、かわらないままの姿だった。
まだ、あるのね……。
フランスは、ちょっと近づいて、物見台がよく見える位置に立った。
目の前に、今の景色があるはずなのに、フランスの頭の中に、強烈な記憶の中の景色がよみがえる。
町のざわめきが遠ざかった。
あの日——。
あの日、物見台の上にいた。
アミアンと、ふたりで。
ふるえながら、お互いの手をにぎりしめていた。立っているのが不思議なほどに震える足の感覚が奇妙だった。
ぬけるような青い空が美しい。
風も、まるで穏やかで。
平和な景色のように見えた。
そして、とん、と音がして目の前に転がってくる。
丸いものが。
それは、とん、とすこしはねて、転がる。
毛玉だ。
その丸いものには、毛がはえている。
ごろり。
ひとつ回転して、こちらにあらわになった。
顔だ。
お父様の顔。
驚いたような表情。
その目は、確かにまだ生きているように見えた。
そのとき、たしかに、お父様と目が合った。
水分を含んだ、生々しい、あの目。
その瞬間が永遠のように感じられたのに、お父様の頭は、そのまま勢いよくころがって、物見台のはしから下に落ちていった。
執行人の、舌打ちだけが、妙にはっきりと聞こえた。
「フランス!」
肩を強くつかまれて、フランスははっとした。
イギリスが、ひどく心配そうな顔で、こちらをのぞきこんでいる。
イギリスが、フランスの頬をなでるようにした。
そうされてはじめて、フランスは自分が泣いていることに気づいた。
でも、ひどく心は冷静だった。
ただ、涙だけが、止まりそうにない。
イギリスが、フランスを抱え上げて、走るように移動した。
すこし行くと、別の小さな広場があった。緑の多い、こぢんまりとした広場だ。人が、そこらで座っておしゃべりしたりしている。
フランスは、石段の上におろしてもらって、座った。
イギリスがとなりに座ってハンカチを差し出す。
カヌレとネコのハンカチだった。
「これ、また使ってくれているのね」
「気に入ってる」
涙は止まらないけれど、フランスは笑顔を返した。
イギリスが、余計に心配そうな顔をして言った。
「つらいことを思い出させるなら、連れてこなければよかった。軽率だった」
「ちがうわ。わたし、わかっていて来たの。あなたの、その気持ちが、嬉しかったし。それに、アキテーヌをあらためて見てみたかった」
フランスは、涙が落ち着いてから、さっき見えたふるい記憶について、イギリスにすっかり話した。
お父様が処刑された、あの日のことを。
あらためて、人に話すと、すっかり終わったことなんだという感じがして、ちょっとずつフランスの気持ちも落ち着いていった。
「わたし、この記憶とも、ちゃんと向き合ってみたかった。ずっと、悪夢か、何か幻のような気がしていたの。だって、もう目の前にアキテーヌはなかったし。ぜんぶ、悪い夢だったんじゃないかって……。でも、あの物見台はたしかにあった」
フランスは、イギリスの心配そうな瞳を見つめて言った。
「つらい記憶だけど、ちゃんと向き合いたい。どれも、すべて、わたしにとって大切な記憶だから」
フランスがイギリスによりかかるようにすると、イギリスがフランスの肩を抱き寄せるようにした。
ふたりで、横に並んでくっつく。
「こうやって、ひとりじゃないから、つらい記憶も乗り越えられる。きっと、ひとりだったら、つらいままだった。でも、今ここではあなたがよりそってくれるから、あたたかい思い出に書き換えて行けそうでしょ?」
「ああ、そうだな」
しばらく、ふたりで、今は平和そうなあたりの景色に目をやって、じっとする。
ふと、イギリスが言った。
「きみを、尊敬するよ。フランス」
フランスが、イギリスに顔を向けると、彼は優しい顔で言った。
「きみは、強くてまっすぐだ」
フランスもイギリスの背に腕をまわした。
ふたりでぎゅっとくっつく。
イギリスが、余計なことを言う。
「最初はそうは見えなかったけど」
フランスは、イギリスの胸のあたりを小突いてやった。
ふたりで笑う。
それだけで、おそろしい気持ちは、どこかへいってしまうようだった。




