第193話 半妖精の生きる場所
フランスの腕の中で、イギリスはぐったりしながら、浅く息をしていた。
「気持ち良くなるだけって言ったのに! 苦しそうじゃない!」
フランスが、ヴラドをにらみつけながら言うと、彼は嬉しそうな顔をして言った。
「そうか、フランス、君が本来は、こっちの処女の女だったな。ふうん、きみは、知らないんだ。それは、ちゃんと気持ちよくなっている」
ヴラドが近づいてきて、イギリスの首筋を指先で、ほんのすこし触れるようになでた。
イギリスの口から、また悩まし気な声が出たあと、イギリスはフランスにぎゅっとくっついてヴラドをにらみつけて叫んだ。
「わたしに、触れるな!」
ヴラドが、からかうように言う。
「おお、こわい。身体だけが、快楽に持っていかれるのが、怖かったのか? 楽しめばいいのに」
その瞬間。
フランスの頭に、ひらめきがあった。
稲妻のように、突如として。
理解した。
完全に。
男女の営みって、カードゲームみたいに楽しいんじゃないんだ……。
気持ちいいんだ……。
しかも、かなり、あぶない感じの快楽で。
イギリスの、悩まし気な反応を思い出す。
また、股のあたりがきつくなった。
あの反応に、この反応。
なるほど。
たしかに、イギリスのあの感じって、ちょっと人には大っぴらに言いにくい感じがあったわ。
そうだったんだ……。
あんな感じになるんだ……。
え~……。
衝撃的……。
フランスは、イギリスをヴラドから隠すようにして言った。
「触らないであげて」
ヴラドが、やれやれという仕草をして言った。
「わかった、わかった。かなり物足りない量だったが。このぐらいにしといてやる」
「じゃあ、探してもいいわね」
「ああ。だが、何を探しているんだ?」
「ウリムとトンミムをさがしているの」
ヴラドは、知らない興味ない、みたいな仕草をしてから、イギリスを見て言った。
「それは、しばらく休ませたほうがいいかもな。こっちに、いくつか家具を持ち込んでいるから、ついてこい」
フランスは、イギリスを横抱きにしてついていった。右はしの横穴を進んだ先は、立派な貴族の部屋みたいになっている。
フランスは、長椅子にイギリスをおろした。
隣に自分もすわる。
ピュイ山脈を思い出そう。
落ち着くのよ。
美しい景色を思い出して、さっきのあれを忘れるのよ。
……。
だめだっ!
となりに、あのとんでもない破壊力の声を出したイギリスがいると思うと、ピュイ山脈に集中できない!
ここは、もっと他の方法で気をまぎらわせましょ!
フランスは、目の前に、ゆったりと座るヴラドに話しかけることにした。イギリスの衝撃の声のせいで、完全に丁寧な言葉を失ってしまったので、もういっそそのままでいくことにする。
「小竜公は、人間なの?」
ヴラドが、面白がっていそうな顔で答える。
「ほう、ずいぶん、直球で聞くんだな。そういうタイプは嫌いじゃない」
「それは、どうも」
「わたしは……、何なんだろうな。わたしにも、よく分からない」
分からない?
「どういうこと?」
「母親が人間で、父親は竜だ」
え!
フランスは、おどろきで、股のきつさが半分くらいになった。
「人間と妖精の間に生まれたんだ。人間でも、妖精でもない、はんぱものだ」
「そんな言い方……、人間でも、妖精でもあるとも言えるでしょ」
ヴラドが、皮肉っぽい笑顔をして言った。
「へえ、ずいぶん優しいんだな。だが、実際のところは、こんなだ。人の血を飲みたがる。そんな人間がいるか? まるで、ばけものだ」
たしかに、聞いたときに、おそろしいと思った。
でも、目の前にいる男は、その血がほしいと言葉で言ったし、無理に飲もうとはしなかった。それに、イギリスが嫌がったら、物足りなくても、それ以上に、血を飲もうとはしなかった。
「あなたは、知的な人に見えるわ」
「親も、まわりの人間も、そう望んだかもな。だが、実際のところは」
ヴラドは、ご覧あれ、と役者がするような仕草をした。
こういうところに一人で住んでいることは、彼にとって望ましいことではないのかしら?
「小竜公というからには、過去に公王だったということよね? なぜ、ここに住んでいるの?」
「いやになったからだ」
「いやに?」
「人が、わたしを見る目だ。残虐で血を好む、おそろしい王として見られているときは、別に良かった。何も、気にしていなかった。だが、年月がたつにつれて、様子がおかしくなった。いつまでたっても、わたしが老いないことを、皆、いぶかしんで、おそれるようになった。そして、まるで自分たちとは違うものを見るような目で見る」
フランスは、ヴラドの紅い瞳を見つめた。
あまりに色素の薄い彼の様子は、それだけでも、おそれられたりするだろうか。ましてや、それが、人の理と異なるものだと分かれば、なおさら……。
ヴラドは、どうでもいいことを話すように、軽い調子で言った。
「それが、いやになった。それ以来、ここに住んでいる。捧げものを持って来るものがいるから、食べ物には困らないしな」
まわりに何もないのに、どうしているのかと思ったら。
捧げものを食べていたのね。
「ヴラドだ」
「え?」
「ヴラドと呼べ。おまえのことを、気に入った」
「ヴラド、わたしは、おまえと呼ばれるのは、きらい」
「気が強いな。さらに、気に入った。フランス」
「どうも」
それにしても、まさか、ここにきて竜の子供と会えるなんて……。
何か、聞けるかもしれない。
「ヴラドは、もしかしなくても、竜にくわしい?」
フランスの期待の眼差しに、ヴラドはひらひらっと手をふりながら答えた。
「いいや。ほとんど知らない」
「そうなの?」
「もともと、親に直接育ててもらったような記憶もない。貴族の家なんてそんなもんだろ。家族のつながりなんて希薄だ。父も母も弟も、どうなったのか知らない」
「そんなもの?」
「そんなものだ」
そんなものだったかしら。
思い出そうとするが、なんだかぼんやりとして思い出せない。
まあ、それはいいとして。
「血は、飲まないといけないものなの?」
フランスの質問に、ヴラドが笑った。
「そんなこと聞くやつ、はじめてだな。そうだ。血を飲まないと、力も身体も枯れていく。なんだって、そんな感じなのかは知らないけれど」
「そっか……、じゃあ、大変ね。町に行って、血を飲んだりするの?」
「いや、もう最近は、人の血なんて面倒で飲みに行ってない。ここらじゃ、家畜の血を固めたものを売っているからな。必要になったら、それを食ってる。でも、やっぱり人間の血が一番いいな」
なんだか、大変そうね。
「ヴラドは長く生きているのよね? あなたも……、強い竜たちと同じように不死なの?」
「わたしが知りたい。わたしはいつまで生きる? 永遠にか?」
「……」
「人間の世界には馴染めず、かといって妖精の世界に行く道も知らないのに、このややこしい身体だけは、しっかりできている。まだまだ死にそうにもない」
なんだか、寂しい様子に見えた。
***********************************
おまけ 他意はない豆知識
***********************************
【残虐で血を好む、おそろしい王?】
ヴラド三世は残酷な粛清を行い、串刺し刑を多く行ったことで『串刺し公』とも呼ばれていますが、その残酷なイメージは、ハンガリーがばらまいたプロパガンダのせいだと言われています。
聖書由来でドラゴンはヘビと同一視され、サタンとしてのイメージが強いため、ドラゴンの子という意味のドラキュラが『悪魔の子』と不名誉な解釈にいたり、それが飛び火して父親のドラクル(竜公)まで『悪魔公』とされて、なんか全体的におそろしいイメージにされてしまった、不憫なヴラド三世。




