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第12話 魔王と聖女の、プライベートな関係

 フランスが自室の扉を開けると、目の前にいたのはダラム卿だった。

 

 大きな花束をかかえて、にっこりと微笑んで佇んでいる。


 ダラム卿は、目ざとく、室内のシャルトル教皇の姿に気づき、挨拶した。やわらかな笑顔で「シャルトル教皇」と言って、うやうやしく礼をする。


「ダラム卿、お元気そうですね」

「いつもお心にかけていただき、まことに恐縮です」

「ずいぶんと、すごい量の花ですね」


 シャルトル教皇の言うとおり、すごい量の花だった。


 ダラム卿が持っている花だけではない。廊下にも使用人たちがたくさんの花をかかえて、ひかえているようだった。


 いったい、どういうさわぎなのかしら。


「こちらは、イギリス陛下から、聖女様への品でございます」



 ん?



 フランスは思わず目を細めて、大量の花を見た。


 シャルトル教皇はあきれたような声で言った。


「このように花を贈られるなど、いったい何を考えておられるのか」


 ダラム卿は、やわらかな笑顔のまま答える。


「さあ、わたくしごときには……」


 シャルトル教皇は、一度もダラム卿に微笑みかけることなく、つめたい表情で言った。


「帝国には、ぜひとも、わが国の聖女に対して、敬意をもって接していただきたいものです」

「このたびのことは、まことに、わたくしも驚くばかりでございます」

「停戦協定を結んだのです。教国にも聖女にも、それなりの態度でのぞんでいただきたい」


 ダラム卿は臆する様子もなく、にっこりと言った。


「もちろん、我が国は、この停戦協定を重要なものと考えております。しかし、イギリス陛下と聖女様のことは……、個人的な、ことかと思われますので。わたくしからは、なんとも」


 ダラム卿は、あきらかに『個人的な』の部分を強調して言った。


 個人的なこと……。

 まあ、あの入れかわりは、個人的なことでしょうけれど。


 その言い方と、この花では、まるで……。


 ダラム卿は、うかがうような表情で丁寧に、シャルトル教皇に向かって言った。


「間が悪いようでしたら、わたくしは出直して参ります」

「いいえ、その必要はありませんよ」


 シャルトル教皇が悩ましいためいきをついて、フランスを見た。


「やはり、あなたを置いていきたくはありませんね」


 まったくです。


 シャルトル教皇は、しずかに言った。


「フランス、あなたは教国の聖女です」

「はい」

「聖女として、しっかりつとめて帰って来なさい」

「はい、聖下」

「あなたの身も心も、すべては主に捧げたもの。お忘れなきよう」


 これは、わたしへの戒めね。


 聖下は、ただお優しいだけではない。

 おそろしいところもあるお方なのだから、気をつけないと。


 彼が教皇の座について以来、教国はその支配力を他国に対して強めている。戦争においての判断力は、きわめて冷酷だといううわさも聞く。


 こういうときは……。


 詩篇しへん良い句(119)よ!


 フランスは、祈りの姿勢で、シャルトル教皇の瞳をじっと見つめて言った。


「私は、あなたのさとしを、永遠のゆずりとして受け継ぎました。これこそ、私の心のよろこびです。私は、あなたのおきてを行うことに、心を傾けます。いつまでも、終わりまでも」


 シャルトル教皇は、フランスの諳んじる聖句を聞いて、満足そうに微笑んだ。


「あなたの、そういう賢いところが、好きですよ」


 わたしも、好きです。

 最後に、もう一度、キスしてください。


 シャルトル教皇は、そのまま部屋を出ていった。


 残念。


 ダラム卿が、扉のほうを見ながら言った。


「なかなか、こわい雰囲気もおありですよね、シャルトル聖下は」


 フランスは心の内で頷いた。


 あれだけお美しいのだもの、睨まれたりなんてしたら……。



 やだ、素敵ね、睨まれてもみたいわ。



 ダラム卿が、さきほどより砕けた雰囲気で言った。


「聖女様、おひさしぶりでございます。一度お会いしましたが、覚えていらっしゃいますでしょうか」


 フランスは目を見開いた。


 すごいわね。

 一度会ったと言っても、ほんの一瞬よ。


 ダラム卿とは、過去に一度、晩餐会で会ったことがある。だが、一瞬紹介されたに過ぎない。どこの晩餐会だったかも、だれに紹介されたのかも、記憶にない。


 フランスは、にっこりとよそゆきの笑顔で答えた。


「もちろんでございます、ダラム卿。また、お会いできて光栄です」

「お花をぜひとも、お渡ししたいのですが、すべて中にいれても?」

「はい」


 フランスが承諾すると、色とりどりの花が、次々と部屋に入ってきた。部屋中に鼻がむずむずするくらいの花の香りがひろがる。


 花をかかえている使用人たちにまじって、アミアンが扉からこちらをのぞいた。ダラム卿の姿を見つけて、入って来るか迷っているようだった。


 ダラム卿が、その姿を見つけて、にこやかに言う。


「おや、侍女殿も入ってください。内密の話というわけでもないのですから」


 アミアンは急いで入ってきて、フランスの後ろにひかえた。

 ダラム卿が、その姿を見ながら言った。


「実は、聖女様が目を覚まされたら、教えて欲しいとお願いしていたのです」

「あら、そうだったのですね」


 アミアンが、さっと小声で耳打ちしてくれる。


「お嬢様をお部屋まで運んで下さったのは、ダラム卿です」


 なるほど。


 ダラム卿は、昼餐会のあと、イギリス陛下の予定をおさえていたものね。


 フランスは、礼をつくして言った。


「ダラム卿のお手をわずらわせてしまいました。感謝しても、しきれません」

「まさか、大事にならず、本当に安心いたしました。こちらも、どうぞお受け取り下さい」


 フランスの手に、大きな花束が手渡される。


 すごい。

 よく、こんなに花をかき集められたわね。


 すでに、部屋は使用人が運びいれた花で埋め尽くされるようだった。


 ダラム卿は、うしろに控える使用人から、何かを受けとり、にっこりとして言った。


「花は、陛下からの心ばかりの見舞いの品でございます。それと、これも。ちいさいほうは侍女殿に」


 アミアンのぶんまで?


 ダラム卿が差し出したのは、ふたつの小箱だった。

 いかにも女子好みな、愛らしい箱だ。


「まあ、素敵な飾り箱ですね」

「中身は、ヌガーですよ。甘いものがお好きと聞きましたので」


 フランスがにっこりと言うと、ダラム卿もにっこりと返す。


「とっても、今風で、お洒落ですわ」

「最近はやりの、お嬢さんがたに人気のヌガーなんですよ」



 ……。



 ふうん。



 これは、怪しいわ。





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 おまけ 他意はない豆知識

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【シャルトルの二面性?】

シャルトル大聖堂は、フランスの世界遺産。

ゴシック様式とロマネスク様式の異なるふたつの塔を持つ、めずらしい作りをしています。正面から見ると、ちょっと違和感があるくらい、全然違う姿の塔です。


詩篇しへん119(良い句)

『詩篇』は旧約聖書に収められている、神への賛美の詩の書。119篇は、たんに作者お気に入りの、神に寄り頼んでるな感のある聖句です。

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