第11話 シャルトル聖下のキス♡
フランスが目を覚ますと、ベッドの中だった。
見慣れない部屋。
何度か、まばたきして思い出す。
そうだ、ここは、大公国で自分に割り当てられた部屋だ。
豪華なつくりの、魔王の部屋でないことに、一安心した。
入れかわったのは、あの一度きりで終わりかしら。何かよく分からないけれど、大変な目にあったものだわ。
起き上がると、昼餐会でのドレスから、ゆったりとした服に変わっていた。アミアンが世話をしてくれたのだろう。
窓の外を見ると、もう夕暮れ時だった。
けっこう、寝てしまったのね。
自分で思っていたよりも、朝からのことで疲れていたのかしら。
ぼーっとしていると、アミアンが入ってきた。水差しを持っている。
あ、ちょうど水を飲みたかったのよね。
起きているフランスに気づくと、アミアンは心配そうな顔で走り寄ってきた。
「お嬢様、心配しました。どうですか、今は気分が悪かったり、痛むところはありますか?」
「だいじょうぶ。どこも痛くも、しんどくもないわ。アミアン、喉かわいた」
甘えて言うと、アミアンが安心したように一息ついて、笑顔になる。
「お待ちください」
アミアンがグラスに入れた水を渡してくれる。水を飲むと、ほっと一息つける気分だった。
なんだか、やれやれよ。
とんだ一日だったわ。
何が、どうなったか分からないけれど、倒れてしまったから、誰かが部屋まで運んでくれたのだろう。まさかイギリス陛下が運んでくれた……とは考えにくいけれど。
アミアンに聞こうと、フランスが口をひらいたとき、アミアンが先に言った。
「あ、お嬢様が起きたら知らせるようにと、シャルトル聖下に言われているんでした。おそばを離れても大丈夫そうですか?」
「大丈夫よ」
聖下が気にかけてくださっているなら、早く知らせないとだわ。
あ。
部屋を出ようとするアミアンに、焦って声をかける。
「あ! ねえアミアン!」
アミアンがびっくりしたように振り向く。
「はい!」
「ドレス! 汚したり破れたりなんてしてなかった?」
倒れた時に、汚したり、ひっかけて破いていたら面倒だ。
「はい! 大丈夫です! わたしが丁寧にひっぺがして、きっちりしまってあります。アクセサリーもです」
よし!
フランスが頷くと、アミアンも頷く。
アミアンが出ていくと、フランスはまた気が抜けて、ベッドに転がった。起きていなくちゃ、と思うのに、うとうと、まどろんでしまう。
なんだか、いいにおいがする。
フランスは良い匂いにつられて、目が覚めた。
素敵な花の香りね。
フランスは目をあけたあと、ベッド脇に座っている人物を目にして、おどろいて飛び起きた。
シャルトル教皇が、ベッド脇の椅子に座って、目を閉じ、祈るようにしていた。
フランスの突然の動きに気づいて、彼は祈るように組んでいた手をひらいて、フランスを見た。シャルトルブルーの美しい瞳が、微笑む。
「すみません、驚かせてしまいましたね」
「おいでくださったのに、気づかず……」
「いえ、いいのです。あなたの侍女が起こそうとしてくれたのですが、わたしが断ったのですよ。しばらくして起きなければ、そのまま戻るつもりでした」
シャルトル教皇が、心配そうな顔で言う。
「体調はいかがですか?」
「はい、聖下。もう、すっかり良いです」
聖下が来て下さったので、気分も良いです。
シャルトル教皇が手を差し出す。フランスがその手に、自らの手をのせると、彼はもう片方の手をその上に重ねて、フランスの手をやさしく包んだ。
「フランス、あなたが望むなら、このまま教国まで連れ帰ります」
「いいえ、そんなことをすれば、もめごとの火種となります」
シャルトル教皇ならば、うまく立ち回るのかもしれないが、そこまで煩わせたくはなかった。
シャルトル教皇が、なやましげなため息をついて言う。
「一体どうして、イギリス陛下が、あなたに固執するのか……。なにか心当たりはありますか?」
あります。
とは言えない。
「いいえ」
「そうですか」
フランスは、シャルトル教皇の美しい青の瞳をうっとり眺めた。
ああ、綺麗だなあ。
この瞳を間近で眺められるなら、ちょっと倒れるくらい、なんてことないわね。
シャルトル教皇の瞳に夕陽がさして、不思議な色に輝く。彼はきづかうように言った。
「本当に、大丈夫ですか? 何人か司教たちも残させましょうか」
「いいえ、大丈夫です。司教たちにも、それぞれの任がございますから。残るのは、わたくしだけに」
余計なのに、残られて、さらにややこしくなるのは困る。
「わかりました。あなたの教会には、帰りが二日遅れると、こちらから伝えておきましょう」
「ありがとうございます」
「教国にもどり次第、わたしのところへ。ちゃんと、元気な顔を見せに来るのですよ」
「はい、聖下」
やったわ。また聖下に会えるチャンスね。
彼の手が、フランスの手を離れる。
あ、これは、もう会話も終わるし、キスをいただくチャンスよ。
フランスは、急いで胸の前で手を組み、祈るようにして、ほんのすこし顔を下に向けた。
シャルトル教皇が、フランスの額にキスをする。
花の香りが、一瞬つよく香った。
この時間がずっと続けばいいのに。
その時、扉をたたく音があった。
誰かしら。
シャルトル教皇が、立ち上がって扉の方へ行こうとしたのを、フランスはあわてて止める。ベッドから飛び降りて、扉へ走りよる。
びっくりした。
聖下に扉をあけさせるなんて、とんでもないわ。
扉をあけると、目の前いっぱいに、色とりどりの花があった。
シャルトル教皇の気高いような花の香りではなく、甘くて愛らしい香りが目の前にある。
なにこれ?
フランスが花の上の方に、視線をうつすと、笑顔があった。
やわらかな微笑みを浮かべる、やさしげな顔の男性が立っている。
え?
ダラム卿⁉




