第6章:「由季と行列の朝定食」
朝の味変食堂は、いつもとは違う忙しさに包まれていた。通常、昼過ぎにかけて客足が集中する食堂だが、この日は早朝から行列ができていた。もちろん、日常的に混雑する時間帯ではない。だが、今日から新たに始めた「朝定食セット」が、あっという間に話題になり、あちこちから訪れる人々を引き寄せていたのだ。
「おはようございます!」
「おはようございます、今日は早いですね!」
由季はいつものように素早く、効率よく店内を見渡す。スタッフの配置、食材の補充、料理のタイミング──すべてを完璧に管理しながら、余裕の笑顔でお客様を迎えていた。
「今日は朝から大忙しですね、由季さん」
はるかがスープを配りながら言った。
「忙しいけれど、こういうの、嫌いじゃないわ。朝は清々しいし、何よりお客様が喜んでくれると嬉しい」
「でも、今日は本当に行列がすごいわよね。最初はどうなるかと思ったけど、今じゃ大人気!」
菜々美も厨房から顔を出し、朝定食の仕込みを確認しながら、感心したように言う。
「うん、みんな、どうやってここまできたのかしらね?」
「それが、由季の“優先順位をつける力”だよ」
その言葉に、由季は小さく微笑んだ。
「私はただ、仕事を効率よく進めるだけ。それに、ここでの朝定食は、ただの食事じゃなくて、元気をもらえる“エネルギー”だと思うの。きっとみんなも、それを求めて来てくれるんじゃないかしら」
由季は、他のスタッフが仕事をしている間に、全体の進行具合を頭の中で整理していた。彼女は何事にも優先順位をつけ、最も重要なことを最初にやるタイプ。そのため、どんなに忙しくても、周囲の状況を冷静に判断し、すべての流れを制御できる。
その頃、食堂の入り口には次々とお客様がやってきて、行列がますます長くなっていった。
「いらっしゃいませ!今日は、朝の定食セットで元気をチャージしてくださいね!」
龍也が笑顔でお客様を迎える。
その後ろで、健太が少しばかり不安そうに準備をしていた。
「えっと、このお米の量、ちょっと多すぎたかな……」
「大丈夫よ、みんな今日はお腹を空かせてるから、ちょうどいいわ」
菜々美がその心配を払拭する。
「でも、この定食、ほんとに美味しそうだよね。卵の半熟加減、絶妙だし、お味噌汁のダシも抜群だし」
はるかがそう言っては、仕込みを終えて提供用のお皿に食材を並べる。
その時、最初の大きなトラブルが発生した。
「お客さん、すみません!注文した品が少し遅れているようです!」
厨房のスタッフが慌てて声を上げた。
「どうしたの?」
由季はすぐに状況を把握し、落ち着いて指示を出す。
「新しく入った食材が予定より遅れているのね。厨房はそのまま、追加で温かい味噌汁と小鉢を出す準備をして。私はレジの対応をしてくるわ」
彼女は速やかに対応を決め、動き始めた。数分後、レジのカウンターには、待っていたお客様が並んでいた。みんなの期待を裏切らないよう、由季は丁寧に説明をした。
「申し訳ありませんが、少しお待ちいただけますか?すぐにお料理をお届けいたしますので」
その言葉にお客様たちは納得し、温かい笑顔を見せて待つことに決めた。
結局、少しの遅れを取り戻すことができ、すべてのお客様に朝定食を提供することができた。食堂が静まりかける頃、みんながその成果に安堵のため息を漏らす。
「やったね、みんな!お客さんの笑顔も増えてるし、いい感じに回り始めたわよ」
「でも、由季さん、やっぱりあなたがいなかったらこんなにうまくいかないわよ。ありがとう」
菜々美が感謝の言葉をかけると、由季は少し恥ずかしそうに肩をすくめた。
「私一人でやったわけじゃないわ。みんなの力があってこその結果よ」
その後、味変食堂は朝定食セットを定番メニューに加えることに決め、ますます繁盛することになった。由季の細やかな管理能力とチームワークで、この日も無事に乗り切ることができたのだ。
そして──次に待ち受けるのは、もっと大きな挑戦。それは、外部のイベントでの出店準備だった。