表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/8

第4章:「健太、故郷の味と向き合う」

 日が高く昇り、味変食堂の店内は昼の陽光に包まれている。いつもなら、繁忙の時間帯を迎えるはずだが、この日は少し静かだった。客の姿がまばらで、厨房内では菜々美が盛り付けに集中し、はるかが新しいスパイスの組み合わせを試しながら「うーん」と悩む音が響いていた。

 だが、今日の主役は別にいた。

「菜々美さん、ちょっとこれ、食べてみてください」

 突然、健太が不安げな表情で料理を持ってきた。その皿には、彼の故郷である静かな村の家庭料理が乗っていた。

「これは……?」

 菜々美は少し驚きの表情を浮かべながら、皿を受け取った。それは一見、普通の鶏の照り焼きのように見えたが、その上には不思議なタレがかかっていた。

「故郷の味なんです。……でも、これ、ちょっと違うかもしれません」

 健太は少し恥ずかしそうに首をすくめた。

「え?」

 菜々美が一口、料理を口に運ぶと、すぐに驚きの表情を見せた。

「このタレ……なんだか懐かしい感じがする。でも、何か物足りない?」

 健太は肩を落とし、すこし自分を責めるように言った。

「やっぱり、作り方が違うんです。子供の頃、母が作ってくれた味と、どうしても違うんです。でも、これが唯一、思い出すことができる味なんです」

「健太、どうしてそんなに気にするの?これだって十分美味しいよ」

 菜々美が微笑みながらフォローを入れるが、健太はどうしてもその味に納得できなかった。

「でも、僕が覚えてるのは、もっと温かい味だったんです。……母の味が、これじゃないんです」


 その言葉に、菜々美は静かに頷いた。

「そうね。味って、どうしてもその人の記憶や感情が絡むから、難しいところがある。でも、確かにあなたが言ってること、わかるわ。母の味を再現するって、簡単にできることじゃないのよ」

 健太は料理を少しずつ食べながら、故郷にいた頃を思い出していた。小さな村で、家族と一緒に食事をしていた時間。あの頃の味は、どこかで失われてしまったような気がして、どうしても再現できなかった。

「母が作ってくれた味……ああ、思い出せない。あの頃、俺は何も考えずに、ただ食べていた。なのに、今はその味を再現できない……」

 その言葉に、菜々美が優しく微笑んだ。

「でも、あなたがその料理を作り続けていることで、その味はきっと伝わっている。再現できないって思っているかもしれないけど、その気持ちが大切なのよ」

 健太はしばらく黙っていた。何か、もやもやとした気持ちが心に残っていたが、菜々美の言葉が少しずつその気持ちを解きほぐしてくれた。

「……そうかもしれないですね。今の俺にできるのは、あの時の気持ちを大事にして料理を作ることだけかもしれません」

 菜々美は静かに頷きながら、皿を見つめた。

「健太、その気持ちはちゃんと伝わってる。きっとあなたの料理は、母の味に近づいていると思うわよ」

 その言葉を受けて、健太は少し照れながらも、笑顔を見せた。

「ありがとう、菜々美さん……でも、まだまだですね」

 菜々美はその笑顔を見て、心から嬉しくなった。健太は、確実に成長しているのだ。


 その後、健太はその料理を再度作り直し、次のメニューとして食堂に提供した。今度は、少しずつ自分の気持ちが込められた料理となり、客たちもその“温かさ”を感じ取ることができた。

「……これ、なんか、懐かしい気がする」

「うん。なんだか、ホッとする味だよね」

 常連の客たちが、口々にその料理を褒めた。健太はその言葉を聞いて、心の中で一つの決心を固めた。


「これが、俺の“母の味”じゃなくて、これが“俺の味”なんだ」

 健太は心の中で呟きながら、再び自分の料理に向き直るのだった。

(続く)


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ