第9話 戦いが無情なものなら
ズォォォォゥゥン………!!!
『16人』での戦いは苛烈を極めていた。インフェルベアの方は、体中に傷を持ち、そこそこのダメージは受けているが、まだそのどう猛さは健在である。
どうにか四つ足での戦いに持ち込み、立ち上がった時の圧倒的な威圧感は和らいだものの、それで戦いが有利になるという事はない。
「だめだ……まともな攻撃は身体に通らねえっ!」
「顔を狙いましょう! 目さえ落とせば危険は……」
前線組のそんな会話と共に、熊への猛攻を続ける魔物狩り達。だが、熊への攻撃の時間が長引いている時、森の奥から「うおぉぉぉぉ」という人間の声《《のような》》雄たけびが聞こえてきた。
「まずい……みんなっ! ゴブリン!」
最前線の一つ手前で魔法のサポートと遠距離攻撃を行っていたルカが、近くにいた仲間に警戒を呼び掛ける。そして熊を追いかけるかのように、森の中から小人のようなゴブリンたちが現れた。
人間のような顔、長く垂れ下がった鼻、そして人間と同じような武器を持ち、それらは熊に向かっていく。数は40前後、それらは連携を取る事もなくその小さな体で無防備に突進していく。
「うがぁぁ!」
「ぐあああ!」
魔物狩り達が熊の敵意を引き受けている間に、ゴブリンたちが熊の尻を目掛けて突進していく。
「どうする? 奴らも叩くか?」
「いや、熊に集中してるんなら放っておこう……このままむやみに攻撃を……」
そう言って、ゴブリンたちへの対応はしないように命令していた矢先。突如としてそのゴブリンたちの方から「ドゴォォン!!」という激しい爆破音が響いた。
そして爆発音は一つ、二つと数を増していき、その音を皮切りにインフェルベアの動きが荒々しくなっていった。
「あいつらっ! 気をつけろ! ゴブリンの奴ら、爆発する炎魔法で仲間ごと突進して行ってる!」
ズォォォォゥゥン………!!!
下半身へのダメージが顕著になって来たインフェルベアは、目の前の魔物狩り達に目を向けたまま後ろの痛みに悶える。
そのため「目の前の人間が自分の足を痛めつけている」という誤認を起こして、後ろ足のゴブリンへの猛攻など意にも介さず、そのまま目の前の人間にその前足と牙を振り回した。
「まずい……攻撃が複雑化してるっ!」
そして、暴れる前足と、そこから繰り出される火の玉が魔物狩り達を襲い、いつ自分たちの所にそれが直撃するか分からないという状況に迫られた。その中で、後方支援に回っていたルカは、自分の目の前にぶよぶよとした水のバリアを張って、遠距離の火の玉を抑えつつ、他の遠距離支援のメンバーをそこの集めようとする。
「みんな……水のバリアを張ったからこっちへ!」
そう言って、弓と魔法のメンバーを誘導していく。だが
「よし、みんなはやくっ! ルカのバリ……」
ぐしゃぁ
射手のメンバーに避難を促していた男が、一瞬目を離した隙に一発の火炎球にすりつぶされた。他の射手たちは、彼のいた場所を見て、首を振ってからルカの元へ急いだ。
『14人』の魔物狩り達と、ゴブリンの猛攻。戦況は当初の予想通りの乱戦となり、ルカもその状況に顔を歪める。このままじゃ死人も増える、そう感じたルカが声を荒げる。
「……ねぇっ! 私、使ってもいいっ!?」
状況が逼迫し始めた頃。ルカは自分のバリアの後ろに隠れるメンバーに尋ねた。
「使うって……アレをか!?」
ルカの言いたいことを察したメンバーが驚きの声を上げる。そして、ルカの必死な表情を見て、その提案が本気だと察したその男は、ルカのバリアの前にいた魔物狩りたちに叫ぶ。
「おぉぉいっっ!! ルカの『濁水』が来るから、全員バリアのラインまで下がれぇぇっっ!!」
男の叫び声に気が付いた五人の魔物狩りが、インフェルベアの攻撃をかわしながらルカのバリアが張られた、15メートル後ろまで戦線を下げる。その時、幸運にもインフェルベアがゴブリン達の自爆特攻に気付き、狙いをそちらに向けたことで、魔物狩りたちに逃げる余裕が生まれた。
そして、ルカは五人のメンバーが退避できると判断したところで、バリアを解除して、水魔法強化の指輪を両方の中指にはめる。
「全部押し流すから……みんなは巻き込まれないように頑張って」
「おいおい適当言うなって、だが了解したぜ。お前の退避は任せておけ!」
「うん……わかった!」
そして、ルカは自分の指揮棒を空高くかざして、すべての意識をそこに集中させる。
瞬間、ルカの指揮棒は一筋の強い光を集めて、彼女の足元がグラグラと揺れ始める。他の魔物狩りも、その揺れを足元に感じてルカの周囲から更に後ろに下がり、後ろの森林の木々に登り始める。
いつしかルカの周りには二人の男の魔物狩りだけが残り、その揺れは「ドドドド……」と言う洪水のような音を周りに響かせる。
そして、すべての準備が整ったルカが、空間を切るかのように指揮棒を横に振った。
――必ず、生きて帰ってきてほしい。
『濁水っ!!』