第6話 戦うことが必要なら
久しぶりだった二人のデートから、早いもので一週間が経過した。セイジとルカは相変わらずお互いのすべきことをこなして、セイジの手紙屋での仕事も、順調に進んでいる。
だが、二人の結婚生活の穏やかさとは裏腹に、シーアノス自体は、決して平穏とは言えない情勢だった。
「セイジ君。今日は早めに帰ってちょうだいね」
「えっ、どうしてですか?」
普段通りの手紙屋の仕事。だが、主任がそう言ってセイジ達の帰宅を促したのは、昼を過ぎてすぐのことだった。
「うーん……どうやら近隣の森で、身体の大きい魔獣が出たらしくてね。魔物狩りが動員されるようになったらしいんだよ」
「魔物狩り……」
魔物狩りは職業である。
こうした有事において、危険を排除する専門家として立ち、シーアノスを始めとした町や都市を、魔獣の襲撃から守るための仕事。たとえその相手が、束になってもかなわない相手であっても、動員された者たちは戦いに赴く義務がある。
「そう。それで、陸路も危険だから手紙屋としては手が出ない。こういう時は業務を中断するしかないね。だからみんなも、今日は帰っていいからね。魔獣に出くわさないようにね」
のんびりとした口調ながらも、ためらいのない主任の命令。それにより、セイジを始めとした主任の部下は、手紙屋から出て、いそいそと自分の家に帰ることとなった。
思ったより早く帰ることができたセイジ、この現象も一度や二度ではないが、突然予定が変わったセイジはルカへの説明を考えつつ家まで帰ってきた。すると、家の前には重武装の大柄な男が立っており、玄関先でルカと話している。
「ルカ?」
おずおずと近付いて、その様子を探るセイジ。そしてある程度近くまでやってきたところで、二人の会話の一端を耳にすることができた。
――熊の
――魔獣で
――動員
幾つかの断片的な会話を掴み、もっとよく事情を聞こうと近づく。だが次の瞬間、男との会話中に何かを察知したルカが、タタタタッとセイジのところまで駆け寄って、気まずそうな表情を浮かべていたセイジに、少し誇るような口元で「おかえりなさい」と告げた。
「た、ただいま……ルカ」
「お、ルカの旦那か。ちょうどよかった、あんたにも一応伝えておきたかったんだ」
重武装の大男はセイジを見つけると、緊張の解けたような顔で話しかけた。ただ逆に、ルカの方は男の言葉に、少しだけ口元を歪めた。二人の表情の対比に首を傾げつつ、セイジもこの会話の輪の中に入ることとなった。
「セイジさん、だったか。ルカが魔物狩りの臨時担当なのは聞いているよな?」
「え、えぇ」
「実は今回、複数箇所での魔獣の報告にあたって、ルカにも討伐要請が出たんだよ」
男の言葉に、ルカは気まずそうに視線をそらした。
「俺たちとしても所帯のある人に要請をしたくはないが、ルカを始めとした水魔法の使い手は重宝されてな。それにルカは実戦経験も豊富だから、要請と言うよりほぼ命令の形で討伐に参加しろと言われてるんだ」
「そう、ですか……」
抗いようのない討伐要請。セイジはそんな説明を聞いて、不安を募らせる。だが、そんなセイジの表情に気が付いたルカは、大男に悩み顔で懇願する。
「ねぇ、レクスマン。明日まで待ってもらう事は、できる? どうしても、明日までには……」
「わかった。組合にはそう伝えておこう。だが要請を無視すれば、誰も擁護はできんからな」
そこまで言って、大男は地面を揺さぶるような歩みで二人の家をあとにした。そして、突然の出来事に気持ちでうろたえるセイジに対して、ルカが優しく手を握って、まずは家に帰り着いた事を認めるように挨拶をした。
「あらためて、おかえりなさい、セイジ」
それから、ルカによる夕飯を食べて、交互に風呂に入ってから、二人はダイニングで今回のことを話し始めた。
「こんな事になるとはね」
「うん……」
落ち着いた表情、だがどこかセイジと視線の合わないルカ。ルカの反応は、ここまでずっと連れ添ってきたセイジには分かりやすいものだった。
目線の合わない彼女は、何かを隠している。そう思い、セイジは彼女の顔を両手で抱えて、自分に視線が定まるように寄せてみた。
「ルカ、何か言ってないことがあるのかい?」
「んー、こういう時だけ鋭い。すてき」
「それは確実にお世辞だね。それで?」
「…………」
どうにか煙に巻けないかと苦心して放った言葉も交わされて、ルカは自分が話そうとしなかったことを告げるために、重く口を開いた。
「……実は、先週からこの要請は予告があった。魔物狩り組合には、生態を調査する所がある。そこから既に、今週の討伐の話は始まってた」
「それは……どうして言わなかったんだい?」