第2話 シーアノスで生活したら
「セイジ、朝食が出来たよ」
「あぁ、ありがとうルカ。いつも手際が良くて羨ましいよ。それに……」
そこまで言うと、セイジは彼女が手早く作った目玉焼きとハムとレタスのモーニングプレートを一口食べる。
「……シンプルだけど美味しい。この味がとても落ち着くんだ」
「ありがとう、セイジはいつもそう言ってくれるね」
セイジが少しあわただしく自分の作った料理を食べる様子を、ルカは頬杖をつきながら見守る。自分のモーニングプレートの湯気が落ち着くのも構わず、出会った頃のレストランでの一幕のように、ルカはセイジの様子をじっと見つめていた。
「……ルカ?」
「なあに?」
「最初にあった頃から、ずっと僕の顔を見る癖があるよね。どうして?」
その質問は、いまに始まった事ではない。まだ夫婦である前の頃から、セイジはルカにその質問を投げかけていた。だがそんな質問に、決まって彼女はこう答える。
「だって、見ていたい顔をしているから」
その答えと、少しいたずらな笑みが帰ってきて、セイジはやれやれとばかりに頭を掻きつつ、そんな光景を幸せと捉えて、今日も手紙屋の仕事へ出かける。
シーアノス手紙屋本社。
シーアノスの人間の手紙はここを通じて他の国に運ばれ、他の国の手紙もまたここに集約されて、この町の人間に集配される。
「では、封筒付きの手紙の料金は160ゴールドになります」
今日のセイジの仕事は窓口での手紙受付。通常は女性が立つ事が多いのだが、シーアノスの手紙屋であるセイジは、時折こうして受付に立ち、様々な人の手紙を受け取る仕事をしている。
「よう兄ちゃん! こいつを隣町のダストンの奴に届けてくれよ」
「ダストンさんは……魔物狩り職のダストンさんですね。手紙一枚を贈るとなると失くす恐れがあります。封筒に入れますか?」
「封筒? そいつは高いのか?」
「封筒付きで160ゴールドですね」
「うーん……まぁ、失くされちゃ困るしな。じゃあ160ゴールドで頼むわ」
「ありがとうございました」
こうした穏やかで話しやすい雰囲気と、ちょっとした気配りは、このシーアノスの人間にとっては好印象であったようで、この手紙屋本社の受付では、セイジが担当したときの受付量が増えるというジンクスまである。そして、そんなセイジの仕事を見ていた受付主任が彼に話しかけてくる。
「セイジ君、なかなか頑張ってるね。異世界の人とか聞いて最初は驚いたけど、真面目で実直。こういう人が来てくれたのは異世界がどうとか関係なしに嬉しい事だ」
「ありがとうございます」
主任の上機嫌に対しても、セイジは顔色も変えず頭を下げる。
愚直なその姿勢は、シーアノス手紙屋ではあまり敵を作らず、受付に立てば仕事は誠実に、人と話すときは少しハズしながらもきちんと会話をしてくれるという事で、結果として手紙屋の中で緩衝材のような役割を果たしていた。
「おかげさまで効率的に進められるから助かるよ。山の向こうの【センシア国】なんて飛竜のせいで空の道が使えないんだから」
「飛竜、ですか?」
頻繁に聞くことのない単語にセイジが首を傾げていると、先ほど手紙を送るよう頼んできた大柄な男が耳ざとく近づいてきた。
「飛竜、魔物名はワイバーン。翼の生えた巨大生物で、火炎球で獲物を焼いてから食らうとされている魔物だ。センシアって言う国との境にある雪山の周囲が生息地だ」
前世界でファンタジーだと思っていた要素が次々と自分の身の回りの現実として振りかかってきて、セイジは未だ見ないそれらの存在に身震いをした。そして、その厄介さを埋め合わせるかのように、主任の方からも話が続いた。
「そうそう。セイジ君もうすうす気づいてると思うけど、センシアの郵便って少ないでしょう? あれ、空を使って届ける手紙は、ことごとくワイバーンに焼かれてるからなんだよね。それでボクたちも、センシアへの手紙は13日もかかる陸路で送るしかないの」
「なるほど、どうりで……」
主任とお客さんの話に深く思案していると、そんな彼に更に声がかかった。
「セイジさん。お疲れさまです。あとは私が受付を交代しますから、お昼休みと次の仕分け業務に行ってください」
「あぁ、ありがとう」
受付を担当する女性の一人がセイジと交代して、セイジは昼食を食べに出かけた。行く先は変わらずミケーナであるが、現在のルカはこの店の店員ではない。
「お待たせしました。ポークソテーです」
別の店員によって、いつものポークソテーが運ばれてきて、セイジはそれを食べながら、次の仕事について書いた紙を眺める。
必要な件数、集配の為の場所、送り出すための時間……様々な要素が複合している仕分けを、テクノロジー無しで行う様子は、非常に時間のかかる業務だった。
そのため、セイジはその仕分けの流れを、事前に頭に入れておくことで対処することにしている。それらの行動の為にも、このミケーナでのポークソテーのランチは必要なルーティンだった。