第14話 水があなたであったなら。
「セイジ。はやくはやく」
二日後。ルカの身体も良くなり、いくつかの傷が残る程度になった所で、ルカはセイジを鍛冶屋通りに案内した。まだケガは残っているというのに、ルカは飛び跳ねるようにしてセイジを引っ張っていく。
「ちょっと、ルカ!? なんだか急いでるね。そんなに慌ててどこに?」
「ジルコのお店。なぜかは……言わない」
などと濁して、ルカは先を急ぐ。
肩だしの水色のブラウスに、色合わせのミディアムスカートをはためかせながら、またも周囲の奇特な目を集めながら鍛冶屋通りを抜けていくルカ。そしてすぐに、ジルコの魔装具店までやってきて、不気味な金属人形たちに出迎えられながらその扉を開いた。
「こんにちは。ジルコさん、受け取りに来たよ」
「あらいらっしゃい。英雄様の凱旋ね」
「そのくだり、もう聞き飽きた」
相変わらずのからかい癖を発揮するジルコに、ルカもセイジもたじたじになっていた所で、彼女はルカの前に一つの小箱を差し出した。
「それじゃあこれが例の品。あと、英雄価格って事で特別に7万ゴールドにしといてあげる」
「いいの?」
「だって、その品には大層な魔法加工が必要ないんですもの。それなら適正価格で取引する方が、後々普及したときに便利ですし」
そう言って、セイジを置き去りにした交渉は成立して、ジルコの前には少し厚みのある紙幣の束が積まれて、ルカはその小さな箱を受け取った。
「ルカ、それは……」
セイジが少しの興味と共に尋ねると、ルカは少しよそよそしく視線を泳がせて、顔を俯かせる。
「その……セイジ、今日って何の日か知ってる?」
「今日? 今日は……えっと」
なかなか答えが返ってこないセイジに、ルカは耐えきれなくなって頬を染める。やがてそのルカの顔を見て、セイジはふと、この前思い出した事を口にする。
「……そうだ。今日は確か僕たちの」
「そう。だから……」
そこまで言って、ルカは先ほどジルコから受け取った小箱を開いて、セイジに差し出した。
小さな赤色の宝石。この魔装具店の明かりで何十もの輝きを放つラウンドカットの宝石がはめ込まれた銀色の指輪。魔装具としての鮮やかな装飾が施されたその指輪に、セイジはこれまでのルカの全ての行動を理解した。
「……今日は、セイジの言ってた『結婚記念日』魔物狩りの依頼を受けたのも、これのお金を稼ぎたかったから」
「これって……もしかして、結婚指輪かい!?」
顔を染めて、目を細めて結婚指輪を持つルカに、ジルコからの後押しが加わる。
「シーアノスでは、結婚に指輪を送る文化も、ましてや結婚した日を祝う文化もないわ。けれどルカが、どうしてもあなたにあげたいって言ってくれたから、私もそのロマンっていうものに乗ってあげたのよ」
「セイジが、私たちが結婚した日を、凄く大事にしてくれていたから。私、どうしてもこれを渡したかった」
「ルカ……」
バッ!
「わっぷ」
「ルカ……ありがとう、僕の事をこんなに思ってくれてたなんて、この前の僕は馬鹿だ……こんなに信じてくれた人に、あんなに悲しい顔をさせてしまった。ごめんよ……そして、心から嬉しい……ありがとう……」
「うん。うん……私も、セイジの言ってた『愛する』こと……少しわかった気がする。大事にするって、すごく暖かいね」
魔装具屋の明かりの揺らめきの中、ジルコも二人を見てわずかに瞳を潤ませて、ルカのプレゼントは、一つの失敗もなく成功した。
「身に着けてもいいかい?」
「もちろん。なくさないでね」
ルカの手から指輪を受け取り、セイジは厳かに身に着ける。左手の薬指、手紙屋の仕事でも不自由にならない重さのそれは、セイジの指によくフィットしていた。
「すごいね。今まで指のサイズなんて測ったことあったっけ?」
「いつも見てる指、いつだって測るチャンスはあったよ」
そういうルカの表情の奥に、自慢げな目が含まれている事にセイジは気づく。そしてぴったりとハマった指輪を見て、セイジはそこに刻印されている文字を見る。
「これ、ルカって書いてある?」
「そう。私の事忘れないように。あと、この間みたいに私がいなくてもちゃんと生きてられるように」
そういうルカの表情の奥に、優しい眼差しが含まれている事にセイジは気が付く。だが今度は、その指輪が入っていた小箱に、わずかな違和感を覚える。
「……ルカ? ちょっといい?」
「なに?」
それは、小箱の指輪を置いていた台座の下。何か小さな紐のようなものが下がっており、セイジは恐る恐るその下を開けてみる。
「これは、同じ指輪?」
「うっ」
同じように銀細工で出来た指輪が、台座の下に横たわっており、その指輪には青い宝石がはめ込まれている。セイジは最初、ペアリングのようなものを予想していたが、そうであるなら、なぜこんな隠すような場所に置いているのだろう首を傾げた。
「ルカ? このもう一つの指輪、どうして隠してたんだい?」
「そ、それは……」
セイジの手から小箱を奪い取って、ルカはジルコのいるカウンターまで引き下がる。そして目を合わせずにいたところで、作った本人であるジルコがくすくすと笑い始めた。
「あらあら、ルカってばもうバレちゃったわね。セイジさん。そのリングって二つで一組になっているのよ。赤い宝石の方は記録、青い宝石の方が再生。この二つのリングって、監視魔法って言う特別な魔法が施されたリングなのよ。特にこの一対の宝石を探すのが大変でねぇ……」
「あっ、あっ! ジルコ、言っちゃダメ」
ジルコからの更なるサプライズによって、ルカなりの『愛情』を感じ取ったセイジは、穏やかな笑顔を浮かべて……
自分の身に着けていたリングをそっと指から外した。
「ゆっくり外さないで」
「いやぁ、まぁもちろん嬉しいんだけど、これを身につけるのはデートの時かな」
「だったら今はデート。私もこの青のリングをつける」
そう言って、小箱の方の指輪を自分の《《左手の中指》》につけるルカ。彼女の細くしっかりした指に青い宝石が輝き、今のデートの服装とマッチしている。
「はぁ……そうだね、今日はデートだ。それなら僕もこれをつけておこう。それと……」
そう言って、外しかけた自分のリングをはめ直すセイジ、そしてルカのすぐそばに近寄り、身体をかがめて片膝で立って、彼女の青の宝石のリングを一旦外す。すぐにそのリングはルカの左手薬指にはめられて、セイジはルカの顔を見上げた。
「……このリングは、こうしてつけると夫婦の愛を確認できるんだ。その話は、僕も他人の受け売りなんだけどね」
「これが……結婚指輪」
戦うための装身具ではない、結婚を証明する指輪。ルカはその意味と銀色の輝きをゆっくりと持ち上げて、膝立ちのセイジには見えない所で、素敵な笑顔を浮かべていた。
鍛冶屋通りを抜けたデートの帰り道。二人の左手にはきちんと指輪がはめられており、ルカの指輪の手と、セイジの右手は指を絡めて優しく握られている。
「せっかくの記念日だし、ミケーナに寄るかい? お互いに料理をしない日を作るのもいいと思うんだけど」
「セイジがいいなら。私もいいよ」
ルカが頷くと、セイジはゆっくりと彼女の前を歩いて、自分なりにルカを引っ張っていく。自分の前を歩きながら、後ろについている自分を気に掛ける。こうした小さな所に零れるセイジの愛情に、ルカも信頼以上の感情を理解して、口元を綻ばせた。
シーアノスの一角に、異世界からやって来た男がいた。名前はセイジ。そして彼は異世界の人と結婚した。その名前はルカ。文化も考え方も違う二人は、それでもお互いを理解し合いながらこの場所で生きていく。そしてセイジは、優しい笑顔を浮かべて、一緒にレストランまで向かうルカと、小さな会話を交わした。
「この世界で結婚して、水が君でよかったって思っているよ。これからも大切な人として、よろしくね、ルカ」
「うん。これからも大切にするね、セイジ」




