第12話 水が戦いを終わらせるなら
「っ!? 『ネレイダスウォール』!!!」
ルカの水の壁がこちら側に展開される。だが遅い、場所をあらかじめ決めていた都合でこちらへの変更が間に合わない。
正面に張られた柔らかい水の壁。火炎球をつかみ取る事は出来た。
しかし止まらない。
ドゴォォォォン!!
「きゃぁぁっっ!!」
急場の判断で壁を作った事でその角度が歪み、それが幸いにもメンバー全員への直撃を避けた。しかし、ルカの張った水の壁は抉れて、ルカの右側で逃げる姿勢を取っていたメンバーが、その火炎球に巻き込まれてその場所から消えた。
そして、僅か数メートルの所を、熊の首程の巨大な塊が通り過ぎたことで、ルカもその風圧で左側に吹き飛ばされて、背中から木に叩きつけられた。
「か……はっ……!!」
九死に一生を得たが、強かに背中を打った事で呼吸がしづらくなる。
浅い息、次の一手、ワイバーンの視線、あの男は生きているか、魔法の用意、対抗、撤退、全滅、シーアノスを守る、セイジは……
まとまらないルカの思考。たった一撃でメンバーの戦況が一気に不利になり、散り散りになった『7人』がワイバーンの動きの一挙一動に身体を震わせる。
「てめぇっっ!! 俺を無視すんじゃねえっっ!! お前の相手は俺だぁぁぁっっ!!」
激高した陽動役の男が、その身一つでワイバーンに特攻をかける。ルカたちの集団に目を遣ってたワイバーンだったが、男の突撃にもその警戒は割り振っており、拳で立ち向かうその男に、首を大きく振りかぶって、その頭を打ち付けた。
「がっ……!!」
ハンマーが右わき腹に振りぬかれるような衝撃、その力で、男は森林の中に吹き飛ばされていく。がさがさがさという草木の音と「ズゥゥン……」という鈍い音で、男がどうなったかが耳から伝わってくる。そうして残った6人の、諦めの声。
もう、だめだ……
逃げられない……
さすがに、相手が悪すぎるよな……
その一方で、浅い息にルカが口を拭う。どこから吐き出されたのか定かではない血が、拭ったコートの青い袖口を赤の混じる紫に染めた。ルカも、他のメンバーと同じく、勝機を見失っていた。この身体で逃げる事は出来ない。仮に逃げ切れたとして、野放しになったワイバーンは、空を飛び町を焼く。そうなれば、自分もセイジも終わりを待つ事しか出来ない。
ここで、結婚は終わり?
二人は、このままワイバーンの犠牲になって死ぬ?
けど、その時は一人じゃない。
それなら、それは一つの結ま……
「違う……そうじゃない」
心の中で浮かべそうになった言葉を必死に振り払い、ルカは痛みに耐えながら立ち上がる。そして、まだ無事だった指揮棒を構えて、こちらのメンバーを睨むワイバーンと対峙する。やがてワイバーンはこちらに顔を向けて、完全にこちらを殲滅する意思を見せて、三度、龍哮を轟かせてこちらに駆けだして来た。
グァァァァァァァァァッッッッ!!
ドドドド……という音が地響きを纏って迫ってくる。速い、体長がどうこうなんて言っている暇もなく近づいてくる。
よくて一回。ただそれだけのチャンスで、解決しなければならない。残っている仲間を守って、シーアノスも守って、守らなきゃ、守らなきゃ、守らなきゃ……
そうだ、セイジとの約束を、守らなきゃ。
「ふぅっ…………!」
息を吐いて、周囲に水を生み出す。
水では勝てない、もっと強い水。
温度が下がる、冷たい水。
更に温度が下がる。そうだ、これだ。
ワイバーンの肉薄まで残り数メートル、顔に風圧を感じる程の距離になるまで、ルカは水にありったけの魔力を込める。
その魔力が水の温度を極限まで下げて、ついには凍らせることが出来る力に達した。水の球体が、極度の魔力によって冷却され、それは巨大な氷の球となる。そして、ワイバーンがルカの目の前まで迫った時、ルカは目を見開いた。
「『氷よ、落ちろっ!!!』」
ズン!
グェェェァァッッッッ!!
名前のない魔法。一心に願って放った、直径10メートル近くの氷の玉。それが地面に吸い込まれるように落下して、ワイバーンの胴体に直撃する。
すぐにワイバーンの悲鳴が響き、身体は氷の球体に押しつぶされる。その場にとどめられて動けなくなり、どうにか窮地を脱したルカだったが、ワイバーンは最後のあがきに、その爪をルカに突き立てて、腕を振り降ろした。
「くぅっ……!!」
ギリギリ直撃は免れたが、その風圧がルカの顔と右腕を切り裂き、たった一回のひっかきで、右頬と腕にいくつもの切り傷を作った。だが、それでもルカは怯まずにワイバーンを見つめ、もがき苦しむそれを見据えた。そしてワイバーンの動きは緩み、それは次第に抵抗する力を抑え始める。




