第11話 生きて帰ることができるなら
鍛冶屋通りの奥、重厚な金属で覆われた城塞の様な場所。歩き進めると、その中は巨大な空間となっており、既に千人弱のシーアノス民が避難してきていた。今日が非番の手紙屋の職員を目にしたところで、セイジは先日出会った魔装具店のジルコの姿を見つけて駆け寄る。
「ジルコさん!」
「あぁ、ルカの旦那さんね。久しぶり……と呑気な話をする余裕はなさそうね」
非常時だというのに、彼女の雰囲気はデートで出会った時と変わらず。その姿も店で見たそのままだった。だがジルコは、挨拶もほどほどに、セイジの顔の変化を見抜いた。
「ルカが水魔法の指輪を買った理由は知っていたのか……そんなことを聞きたいような表情ね。もちろん、知っていたわ。ルカは私のお得意様ですし」
「……そう、ですか」
さっぱりとした返答、そしてその表情を見たセイジは「何を突っかかっているんだろう」と自分を責めた。ジルコに当たっても、この状況は変わりはしないのに。
「ルカは、おそらくセンシア方面に向かいました。今朝、そう聞いたので」
「そう……」
セイジの言葉に、ジルコは押し黙る。
ルカがセンシア方面に行った。その言葉だけで、あの龍哮の発生源にルカがいるという事が予測できたジルコは。その事実がセイジに、量りようのない不安を与える事に気付いた。ましてや――――
「……それで、ルカは出かける時に、何か言ってくれた?」
「ええ、必ず帰ってくるって」
「そう、それなら今は信じて待ちましょう。私も、無事に戻って来るルカに会いたいわ」
当たり障りのない事だけを話して、ジルコはセイジと共にこの龍哮が止むことを願った。
――
『11人』
その11人を前に、ワイバーンは熊を貪る。火炎球一発でインフェルベアの身体を丸焼きにし、爪がその身体を切り刻む。そして熊以上の顎で、焼けた肉を皮ごと食らう。圧倒的な食物連鎖を前に、残った11人は逃げるという方法しかとる事は出来なかった。
「お、おい……アイツが熊食ってる間に、に……逃げようぜ?」
全員分かっている。だが、慌てて逃げればその気配を察知する。これほどまでに熊に貪りついているのなら、次に人間を喰うぐらいは平気でするだろう。そんな怖気が全員の動きを鈍らせる。
「なにか……逃げる方法は……」
恐怖で思考が回らない他の魔物狩り達に対して、ルカは足を止めたまま必死で可能性を模索していた。だが、まとまらない。いくつかのアイデアはある。余計な事さえ考えなければ、手段に困る事はない。しかし……
――必ず、生きて帰ってきてほしい。
セイジとの約束が、可能性を潰していく。命を天秤にかける行為を、頭の中からどんどん消していく。そうして残るのは、無情な選択肢か、この場に留まる事しかなくなっていた。だが、そんな沈黙に耐えかねた一人の魔物狩りが、ザッと前に出た。
「おい、ルカ。お前の水魔法の防御で、さっきの火炎球は防げるか?」
筋骨隆々の男。そのガタイに見合った両手剣を持っていた男は、剣を地面に突き刺して、ゆっくりと足を延ばしてルカに尋ねる。
「さすがに……守り切れない。さっきの水のバリアなら、速度を落とすぐらいは……でも、それまで」
「ならよぉ、一回だけでいいんだ。俺があいつを引き付けるから、一回だけ守ってくれねえか?」
全身を伸ばして、さもこれから駆け出さんとする男がルカに要求する。それは、魔物狩りの中での「自分が死ぬからお前たちは生きろ」という意味だった。一回守る程度なら可能だろう。しかし、その後に追われれば移動性の差は歴然である。
だが、それでも。魔物狩りはそれを選んだ。
「じゃ、頼んだぜっ!!」
駆け出す。
高い脚力で、そしてしなやかに静かに、その男はワイバーンの左手側に走っていく。まだ気づかれていない。
そして、森の中に入って木々の合間を縫いながら、確実に陽動が出来る場所まで駆け抜ける。まだ、気付かれていない。
ついに男は、ワイバーンの陽動が可能な場所までやってきて、脂汗をにじませながらニヤリと笑った。まだ、気付かれていない。そして、
「クソ龍が! 呑気に飯なんて食ってねえで!! 人間様と戦えよぉっっ!!!」
ボンッ!!
陽動の男が火の玉を放つ。スイカほどの大きさの火炎球が、かなりの速度でワイバーンの頭部に命中する。
首周辺に衝突したそれにより、ワイバーンの食事の動きが止まり、それはゆっくりと火の玉が飛んで来た方向を睨む。
「さっさと来いよ、でけえ図体がよ!! 食って太るだけがお前の誇りってやつか!?」
声の限りで叫び、ワイバーンの気を引く男。そしてワイバーンは首が持ち上げ、黒い縦筋の入った爬虫類じみた目で男を一瞥した。だがその時、逃げる姿勢になっていた他の10人の中で、ルカだけはそのワイバーンの一瞥に違和感を覚えていた。
「……こっちを」
そして、ワイバーンは男に首を向けて、再び地上で龍哮を響かせた。
グァァァァァァァァァッッッッ!!
その龍哮と共に、ワイバーンの口に火の粉が舞い、全員があの火炎球の再来に気付いた。ルカは再度、濁水の時と同じ出力の魔法を準備する。今度の火力は並大抵ではない。ここで全力を出さなければ、全滅もありうる。そうなれば次はシーアノス領地、そして……
「……させない、それだけはっ!!」
静かに、しかし確かにルカに魔力が集まる。今度は濁水のような攻撃ではない。あの悪夢のような火炎球を、どうにかするための一手。そうしてルカの準備が整ったと共に、ワイバーンが叫び、その火炎球が、
ルカたちの集団をめがけて飛来してきた。




