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第10話 空に龍が鳴いたなら

ザバァァァァァァッッッ!!!


 ルカの指揮棒が振られて、空間が切り裂かれるように歪み、そこから土砂降りの洪水のような大水が一気に吹き出す。


 横幅30メートルはあるその水は、一直線に熊とゴブリンの集団に向かい、ゴブリンたちは真っ先にその水に飲まれて森の奥へ押し流される。


 そしてインフェルベアもその水に足を取られてもがき始める。自分の持つ火の攻撃が、濁水により完全に無力化され、熊は自身の膂力だけでこの大水から逃げようとする。


「させるかぁぁぁっっ!!」


 だが、インフェルベアの抵抗を感じたルカは重い両手剣を扱うかのように自分の指揮棒を両手で振り上げて、その水の流動を操作。水はインフェルベアの身体を飲み込むように蠢き、熊の全身を水の中に取り込む。


 もがくインフェルベアの口から、ゴボゴボとこぼれる息、体躯の大きさと動揺がインフェルベアの呼吸を奪い、その攻防は二分と経たないうちに終焉を迎えた。


「ルカっ! 熊の動きが止まった! 解除していいぞ!」

「……っ!」


 後ろの男が、インフェルベアの停止を確認してるかの魔法を解除させる。ルカのコントロールを離れた濁水は、水の動きの法則に従って四方に溢れ出し、周囲の木々をなぎ倒さんと水を行き渡らせる。


 ルカの側にいた男たちは、魔法の解除からすぐ、ルカを抱えて風の魔法で跳躍。近くの木の上に捕まって、その無軌道な濁流から逃れた。


「はぁ……はぁ……」


 水が収まり、当たりが水浸しになった中、木々がなぎ倒されたその場所にぐったりと横たわるインフェルベア。ほぼゼロになった体力で、痙攣のようなかすかな震えを起こしてそこに寝転んでいるそれに魔物狩り達が集う。


「よしっ! これで完了だな」

「よかったぁ……いや、犠牲は出てるから、よくはないけれど」


 ルカの周囲で、被害のことより討伐の達成を喜ぶ声が浮かんでくる。それを聞いたルカは、嬉しいような悲しいような複雑な表情で、みんなの顔を見ていた。


「ルカも、お疲れ様。今日は大活躍だね! 帰ってから彼にめちゃくちゃ抱いてもらいなさいよ」

「めちゃくちゃに抱かれたいのはそうだけど……うーん」


 自分の欲望よりも、犠牲になった仲間の事を深く考えるルカ。


 だが、そんな押し黙っていたルカの耳に、不意に二つの音が聞こえてきた。




バサッ……バサッ……!!




ボッ…………!!




「っ!! 逃げてぇぇっ!!!」




ドゴォォォォォォン………………!!!


 ルカの決死の叫び。だが遅い。


 瞬間、インフェルベアの身体が爆弾でも落とされたかのように爆発。


 インフェルベアに最も近かった3人が、飛び散った。


 そして、ルカは青ざめた顔で、いち早く空を仰ぐ。


 天光を遮る、夜の帷のような翼。


 目の前の熊すら両断できるほどの鉤爪。


 それは、まさしく…………




「ワイ……バーン……っ!!」


 陽光で生々しくも艷やかに光る龍鱗と、まるで知性を持つかのような厳かな表情。それは、間違いなく、センシア連峰に済むワイバーンの一頭だった。そして、インフェルベアを喰らおうとしたワイバーンの、気高く威圧感のある方向が、魔物狩り達を一気に恐怖に染めた。




グァァァァァァァァァッッッッ!!




――




「今のは……?」


 空が揺れたような音が、手紙屋の社屋に届く。セイジの耳には、航空機が通る時のような音に聞こえたそれに、主任が青ざめた表情で叫んだ。


龍哮りゅうこうだ! 全員避難するよ!!」


 主任の言葉で慌ただしくなる手紙屋。その言葉で、やって来ていたわずかな客も狼狽え始めて、せいじはひとり、その混乱に乗り遅れていた。


「何してんのセイジ君! 君も避難するんだよ!」

「避難って……何が」

「今のゴゴゴって音は龍哮りゅうこうって言って、シーアノス周辺に龍が近付いてきた証拠だよ。これがあった時は、鍛冶屋通りの最奥の城に逃げることになっているんだ」


 セイジはそれを聞いてハッとした。


――飛竜、魔物名はワイバーン。翼の生えた巨大生物で、火炎球で獲物を焼いてから食らうとされている魔物だ。


――ルカの配置は……センシア国との国境地帯の森林。そこには森に適応した炎魔法を使う熊が数体出没している。


「まさか……」

「ほら、セイジ君も早く逃げるよ! これじゃ手紙どころじゃないからねっ!!」


 嫌な想像を巡らせるセイジを、主任が押し込むように避難させる。やむなくセイジも手紙屋を出て、鍛冶屋通りの避難所に向かうが、道中何度もセンシアがある方を振り返り、胸を押さえて何度も「大丈夫……」と呟いた。

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