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第1話 火と水が結婚をしたら

心と属性は、愛をはぐくむ。

 灰野木はいのぎ 誠二せいじは、現代の社会人だった。


 愚直で誠実。それが両親からの教えだった。


 だがそれは、次から次へと仕事を押し付けられても、文句も言わずにこなしていく社会の歯車の模範のような人間を作っていった。


 そして、自分の限界も測れずに仕事をし続けた結果。


 誠二は深夜の町中で車と衝突する事故によって、この世界から去って行った。




――ジ。




――セイジ。




「セイジ。起きて」


 柔らかな温かさと、儚げな声を聞いて、灰野木誠二だった男は目を覚ます。


 木組みのベッドと少し大きな枕で眠っていた彼は、かけられた声でハッと目を開けて、布団を押しのけて上体を起こす。時間を示すための時計は7時前、彼は慌ててベッドから出ようとしたが。


ギュッ


 ベッドから降りる彼の手を、少し体温の高い誰かの手が掴む。そこで彼は自分の今いる場所を思い出して、急ぐ気持ちとうまく付き合いながら、自分の手首をつかんでいるその主の方に顔を向ける。


 紺色のロングヘア、黒の瞳、そして白い寝間着を着て楽しそうに口元を緩ませる女性。彼が声を聞いたその人物は、まさに彼の妻であった。


「おはよう、()()


――


 交通事故によってこちらでの命が終わった時、セイジは雲の上のような場所で目を覚ました。


 そこで、声だけの存在である神が、自分を曲げることなく生きてきた誠二に、それが報われる新たな人生を授けると告げてくれた。


 誠二は、初めは「一度生かしてくれただけでも十分」と転生を断るが、神はそんな彼の、まっすぐ過ぎる生き方を見て、余計にそれが報われる世界へ送りたくなったと告げて、やや強制的に誠二を神の管理する世界【エウロ】に転生させた。


 転生したエウロでは、同じ年齢、同じ姿でここに送られ、彼の話す言葉はエウロの言葉として周囲の人間に理解されるようになっており、誠二が普通に話せば、この世界の人間もその意味を理解できていた。


 そうして新たな運命を与えられた灰野木誠二こと『セイジ』は、エウロにある都市【シーアノス】で暮らす事になった。


 数十万という、この世界の中では比較的多くの人間が住む場所で、セイジは自分の金を稼ぐ手段を探して、手紙屋という職で働くこととなった。


 町々に届ける手紙を仕分ける、現実の郵便局の役割を持つ仕事についた彼は、窓口での対応や仕分け処理などの仕事で、前の仕事の時のノウハウと持ち前の実直さを発揮して『シーアノスの手紙屋』という通り名で町の有名人となった。


――


 そんなセイジには、日課があった。仕事の合間に通うレストラン【ミケーナ】での昼食である。


「お待たせしました。豚肉のソテーになります」


 セイジの前にやってきたのは、鉄板で焼かれた豚ロース肉のソテー。だがそれよりもセイジの興味を引いたのは、それを持ってきた儚げな声をした彼女だった。


「……あの、何か?」

「いえ。あなたは必ずこれを食べに来るんですね」


 そう言ってささやかに笑う彼女。名前はルカ。この店で数年は働いている店員で、なおかつ魔物狩りの依頼にもちょくちょく参加しているとのことだ。


「危なくないのかい?」

「危ないですよ。でもその分お金もたくさんもらえます。危ない仕事はいい収入源なので。まぁ、依頼がないと、こうしてお店の店員をすることになるんですけど……」


 ルカの説明に、セイジはどことなく寂しさを感じた。元の世界では、命を懸けた仕事とこんな距離で接することはほとんどなく、それらはテレビの向こうの話だったからだ。


 だがこの世界では、ここで自分の食事をじっと眺めている彼女でさえ、命を天秤にかけた仕事をする。そんな意識の差と、自分がしている仕事の安穏さに、セイジは自分の無力感と、彼女に対する責任感みたいなものを感じた。


「ルカ、だったね。僕はこう見えても別の世界の人間なんだ。それでもっとこの世界を知りたいんだけど、こうして時々話してもいいかい?」

「……いい、ですよ」


 そう言って、未だにそこに立っているルカと時折会話をする約束をしたセイジ。


 それから二人はこのミケーナで会話を交わして、お互いが休みの日には、ルカの案内でシーアノスの町を歩き回った。


 そうしていくうちに、二人はお互いを理解していき、ある晴れた日に、セイジから結婚を申し出た。


「ルカ。ここまで僕に世界を教えてくれてありがとう。そして今度は、君と一緒に世界を見渡してみたいと思ったんだ。だから、僕と結婚、してくれないか?」

「……うん。いいよ」


 覚悟を秘めた瞳、そして少し格好つけたものの、伝えるべき言葉を隠さない誠実さ。最初の出会いからここまで、不器用ながらも誠実に自分と向き合ってくれた彼に、ルカは素敵な笑顔で頷いて、二人は晴れて結婚をすることになった。

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