第九十七章 餓鬼の島・『The Last Flame』幕間──黒と金の獣、血と汗にて語る
『The Last Flame』幕間──黒と金の獣、血と汗にて語る
リングサイドの最前列。
煙草と酒と叫びの渦。その中にあって、黒翼将・鴉皇はじっと動かなかった。
顔を伏せ、ただワジキを見ていた。
赫の骸。
赫の力。
それは本来、神勅の民にとって"殲滅の対象"であるはずだった。
だが、奴は違った。
──赫の感情が、ない。
隣で牙王が口を開いた。
「……あの赫骸、殺し甲斐があるな」
鴉皇は答えなかった。
代わりに立ち上がる。
牙王も立った。
「火が入ったようだ。行くか?」
「ああ。汗でも流さねえと、こっちが焼けちまう」
二人はリングから離れ、地下層の訓練区域へ向かっていく。
"FLOOR-G13"。そこには誰もいないはずだった。
だが──
自動ドアが開くと同時に、銃口が二十本、二人に向けられた。
「動くな。ゲームマスターの命令だ。非許可訓練は禁止だ」
邪馬統の新兵らしい。無骨な若造が、冷たい目で銃を構えている。
牙王は軽く鼻で笑った。
「お前ら、それで俺たちを止められると……思ってるのか?」
その一言が、合図だった。
火線が走る。
小銃が火を噴き、弾雨が二人を襲う。
が──撃ち抜かれたのは空間だった。
牙王は、銃弾の雨を横滑りで抜けた。
金色の獣化爪が閃く。三人の兵の喉が同時に裂かれた。
鴉皇は影と化していた。
一瞬の暗転の中、銃を構えた兵が一人ずつ沈黙していく。
首筋。背中。膝裏。
どれも"殺さず、動けなくする"急所だった。
戦闘は──一分にも満たなかった。
最後に残った一人が、震えながら銃を捨てた。
牙王が顎で指す。
「逃げろ。二度目はない」
鴉皇は無言のまま、手の甲についた血を拭った。
金属の匂いが、皮膚に染みつく。
二人は黙ってトレーニングマットに上がる。
拳を交えたわけではない。ただ、互いに体をほぐすように、無言で殴り、蹴り、投げた。
汗が床に叩きつけられる音が、雨音のように響く。
やがて、呼吸が整う。
牙王が片手で冷蔵ロッカーを開け、二本の瓶ビールを放り出す。
「お互い速くなったな」
「……遅くなってたら死んでた」
ボンと栓を歯で開け、流し込む。
苦味の中に、鉄と煙の残り香が溶けた。
「赫の娘が来たら?」
牙王が笑う。
その声は、金属の咆哮のようだった。
「今度は、血の海に沈めてやるさ」
「骨ごと喰ってな」
二人は、口に出さなかった。
"赫"が恐ろしいなどと、互いに言えるわけがなかった。
だが、確かに──
獣たちも、焔の気配に、心をざわめかせていた。




