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第八十八章 餓鬼の島・闇夜の攻防

 東京湾岸。特に品川以南のコンテナ埠頭群と再開発区域は、表の都市政策とは裏腹に、違法麻薬の流通を巡り、今や二つの闇の勢力が火花を散らす境界線と化していた。


 一方は、桐島興産グループ。


 財閥解体後の空白地帯で財を成し、半世紀にわたり東京の港湾利権・物流ネットワークを牛耳ってきた"港のドン"である。


 ここで、凶悪なリーダー桐島雄吾が辣腕を振るう。


 本体となる桐島興産は表向き不動産再開発や国際物流の先進企業だが、実態は各省庁・警察・ゼネコンに巨額の賄賂、献金を絡めた小国家並みのスケールを有する地下資本複合体だ。


 とりわけ同グループが牛耳る"桐島湾岸ターミナル連盟"は、海外のPMC(民間軍事企業)とも密接な関係を持ち、その戦力の一端として旧ロシアのPMCズルロイ・メドヴェーチを傘下に抱えたことで、もはや"合法暴力の盾"とすらなっている。


 片腕である、黒田、芦名という腕利きのプロフェッショナルを、孟谷勲に倒されたが、まだまだ強大な戦力を有している。


 その牙の前に立ち塞がるのが、AZコネクション。


 本来は戦後の密輸組織を源流とし、アンダーグラウンドの薬物流通、デジタル通貨マネーロンダリング、東南アジアとの特殊農業貿易などを得意とする多国籍犯罪複合体。


 陰で操る、邪馬統神勅の会、八傑衆冥影の愛妾の一人、梓沢麻優。


 その中核が、東京都内に点在するAZ倉庫群であり、最重要拠点の一つが品川ふ頭第4・第5区画に存在する。


 AZは麻薬を用いた生体強化物資の物流を掌握しており、これを欲する、海外政府系組織や異能テロ組織、果ては国外のテロリスト組織まで、あまねくその恩恵を受けてきた。


 だが――その麻薬物流ラインで深くつながっていた、桐島興産との蜜月関係が、東京特攻警察とその手先、神崎涼のために、均衡は崩れ始めた。


 表向きは麻薬流通をめぐる「業界再編計画」。


 しかし裏では、AZの麻薬物流独占体制を破壊し、関連薬物物資の国際ルートを"桐島傘下"へ移行させるという、桐島雄吾の乗っ取りの意図が見え隠れする。


 AZを屈服させるためには、違法の重火器を大量に仕入れる必要がある。

 

 そう考えた桐島は、密輸船を手配した。


 東京湾沖合、二百メートルで待機する、五十フィートクルーザー、アルバトロスV号に載っているのは、ロシアから調達された大量のロケットランチャーと、ミサイル搭載型ドローン。


 遠距離攻撃が可能な重火器により、AZコネクションは常に施設破壊の恐怖におびえなければならない。


 その倉庫群を攻撃するべくズルロイ・メドヴェーチの兵士が待機中であった。


 東京湾沖、その夜は、月も星もない闇の下。


 甲板では、傭兵たちが、暗視装備を確認し、ミサイルドローンの最終点検に余念がない。


 目標はひとつ。品川ふ頭第4・第5区画。


 AZコネクションの倉庫群を一気に焼き尽くす――それが彼らの任務だった。


 だがそのとき、暗黒の虚空に、何かがうなりを上げた。


「何奴!?」


 傭兵の一人が咄嗟に上空を見上げる。視界に映ったのは、夜の黒すら裂く黒であった。


 疾風のごとき衝撃とともに、上空から、邪馬統八傑衆の大幹部、黒翼将・鴉皇こくよくしょう・あおうが舞い降りた。


 その姿は、夜闇に紛れた影そのもの。


 背には異形の翼を模したジャーミングウィング、全身を黒絹の戦衣に包み、瞳には獣のような銀光が宿る。


「夜を征するは、我が影ぞ――」


 その呟きと共に、彼の背後から無数の飛行兵たちが、ロケットブースターの咆哮を上げながら急襲する。


 彼らは“烏天狗隊からすてんぐたい”と呼ばれる、黒翼将・鴉皇こくよくしょう・あおうに仕える空中暗殺部隊。


 滑空しながら投下された閃光弾が、海面をまばゆく照らし出した。


「敵影確認!回避――ぐわッ!」


 傭兵の叫びは、次の瞬間、血飛沫とともに掻き消えた。


 影のように迫った鴉皇の刃が、喉元を正確に貫いていた。


 無音で舞い、無言で殺す。


 それが鴉皇の流儀である。


 飛行兵たちは甲板へ次々と降下し、無音の刃とテーザーガンを使って、狩りのように傭兵を倒していく。


 ミサイル搭載型ドローンが自律防御モードに移行するが、すでに鴉皇はそれすら読んでいた。


羽裂うさき――」


 彼の指先から放たれた漆黒の刃が、ドローンのジャイロを狂わせ、制御不能にする。


 甲板は地獄絵図と化した。だが、叫びはなかった。


 叫ぶ間もなく、影が命を刈り取っていった。


 最後の傭兵が膝をついた時、鴉皇は彼の耳元で囁いた。


「闇の中で吠えるのは、愚かな熊ではない。からすだ」


 その言葉を最後に、刃が振るわれた。


 甲板に残ったのは、嵐のような静寂だけだった。


 アルバトロスV号は奪取された。


 その船首には、黒い羽根が一枚、月のない空を仰いで揺れていた――。



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