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第八十六章 餓鬼の島・赫と赫の死闘


 刃と刃がぶつかる音が、廃工場の空間に鋭く響いた。――刃が交錯するたびに火花が走る。


 手負いの黒田は明らかに反応速度が落ちていた。


 孟谷のナイフが、黒田のナイフを弾く。


 芦名の足刀が、孟谷の肩を掠めて風を裂いた。


 血が滲む。


 孟谷の刃をかわす、黒田と、芦名の動きに、孟谷の脳裏にある種の疑心が沸いた。


 俺の動きは読まれている……。


 彼らがもしも赫の一族なら、俺の今の闘いの動きを読むことは、可能だ。


「……てめえら……なぜ、赫の術式を使える?」


 孟谷が呻くように言った。


 それは問いではなく、"確信"の確認だった。


 黒田の口元が、初めて歪んだ。


「ようやく気づいたかね……俺たちが、何者かを」


 芦名が、静かに口を開いた。


「私たちは……あんたと同じ赫の血を継ぐ者。だが、ただ一つ違うのは、光に"選ばれなかった"側だということだよ」


 床を蹴る音すらない。


 赫の因子によって機能を拡張された神経が、肉体を加速させる。


 孟谷が反射的に身を沈め、彼女の蹴りを背後に逸らした。


 だが、その動きは読まれていた。


 逆脚の足刀がまたしても、低い軌道で回り込み、孟谷の太腿を掠めて血を弾く。


 同時に、黒田が懐へと踏み込んだ。


 ナイフが閃く。孟谷の頬を削り、空気ごと切り裂いていく。


「赫の血が、選ばれなかったものに、何をもたらしているか……お前は知らねぇ」


 黒田が吐き捨てる。


 孟谷が咆哮とともに、脚をのばして跳ね返す。


「 光に選ばれなかった赫は、赫じゃねぇのか。俺たちは……ずっと、赫の正統からは見放され、邪馬統から追われ闇の中で蠢いてきた。孟谷、お前らは……光の中で赫の血脈を護ってたつもりかもしれねぇが、その光は……俺たちには届かなかった」


 芦名が一歩、後ずさる。その眼には、微かに宿命の痛みが滲んでいた。


 彼女の掌が赫く染まる。掌打の型を構える。赫の第二式、双掌の陣。


 孟谷は構え直す。


 この空間で、もはや言葉は不要だった。


 赫の血が互いを認め、拒み、そして闘えと命じていた。


 次の瞬間――三者が同時に動いた。


 孟谷の拳が唸り、黒田のナイフが跳ね、芦名の掌が赫光を放った。


 廃工場の空間がうねる。


 破壊音の中で、廃工場の鉄骨が軋んでいた。


 孟谷の脚が、空中で逆回転しながら黒田の腕を捕らえた。


 黒田のナイフが、地面に落ちた。 


 そして、そのまま膝をつく。


「……これが……選ばれた赫の実力か……」


 唇から血が零れる。


 肺が裂け、肋骨は折れ、神経も焼き切れ始めていた。


 芦名がその隙を縫って突き込んだ。だが、孟谷は彼女の肘を掴み、壁に叩きつけた。


 芦名も、もはや、立つことは叶わなかった。


 壁に凭れかかりながら、呼吸を荒げ、掌を握りしめることすらできていない。


 孟谷もほぼ全身の力を失っていたが、意識は鋭く、"まだやれるぞ"と叫んでいた。


 孟谷が黒田に、近づいても、もはや、彼は動こうとはしなかった。


 黒田が伏せた目をうっすら開き、問う。


「……とどめは、刺さねえのか」


「……俺は、赫の血を……護る側に立つって決めた。選ばれなかったお前らも……俺には、"同胞"だ」


 芦名がかすかに嗤う。


「あんた……甘いね。でも……そういう赫が……いてもいいかもね」


 返答はなかった。


 孟谷は背を向け、暗がりに転がるもう一つの身体――瀬尾を抱き起こした。


 血に濡れ、意識はかろうじてある。


「助かった……のか……?」


「しゃべんな。本当に死ぬぞ」


 孟谷は瀬尾の身体を担ぎ上げると、廃工場の非常口を蹴破り、覆面パトカーへ向かった。


 夜が明けかけていた。


 血と火薬、赫い残滓を撒き散らしたその地から離れるように、黒いクラウンが疾走する。


 助手席には、意識を失った瀬尾。


 その呼吸は浅く、唇は青い。


「……持たせろ、十五分で着く。死ぬな……瀬尾」


 都心への高速を飛ばし、クラウンは練馬区にある警察病院練馬分院・特殊隔離棟に滑り込む。


 車が停まると、待機していた白衣の女性医師が、冷静な表情で駆け寄った。


 ――直方 由希子。


「状態は?」


「意識混濁、外傷性ショック、出血多量。内臓破裂……」


「ストレッチャーで手術室へ、すぐに用意して」


 瀬尾の身体が担架に載せられ、白い回廊を滑るように運ばれていく。


 孟谷は、その背を見つめながら、ゆっくりと深く息を吐いた。


 由希子が振り返り、孟谷に言う。


「まだ助かる。あなたが赫い力を使ったから、彼は、ここまで生き延びた」


「あとは、任せた」


 由希子は頷いてストレッチャーと共に手術室へ向かった。



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