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第七十七章 餓鬼の島・裏の裏



 事態を把握した警視庁特攻警察作戦室では、孟谷と美月が慎重に情報を分析し、状況を監視していた。


「孟谷先輩、桐島が動き始めたようです。組織内での不信が広がれば、状況が動くかもしれません」


 美月の報告に、孟谷は鋭い目を細めた。


「組織内が混乱すれば、必ずどこかでボロが出る。その瞬間を逃さないよう、徹底的に監視を強化しろ」


 美月は力強く頷き、改めて涼へのメッセージを送信した。


『神崎さん、状況は順調に動き始めています。十分注意して引き続き行動してください。私たちも全力であなたを支援します』


 涼はそのメッセージを確認すると、微かな安堵を感じながらも、心を再び引き締めた。


 窓の外では夜が深く、星の光が静かに瞬いていた。


「玲奈……お前が見ているなら、どうか俺を見守ってくれ」


 涼は静かに呟き、再び深く息を吐いた。彼の心は、ついに引き返せない最終局面へと向かっていた。


 翌日、桐島雄吾は冷酷で慎重な男に戻っていた。


 高級なスーツを端正に身にまとい、サングラスの奥の鋭い瞳は、一晩でさらなる氷のような冷たさを帯びていた。桐島は密かに部下を呼びつけ、麻優の動きを徹底的に探るよう厳命した。


「少しでも妙な動きを見せたら、すぐに報告しろ。誰であろうと俺を欺くことは許さない」


 その命令を受けた部下たちは即座に動き出し、麻優の周辺での取引状況や接触者を監視下に置いた。


 一方、瀬尾啓吾もまた、自分の立場の危険さを認識していた。麻優と桐島、アスマン、三つの巨大な渦の中に巻き込まれた今、一歩間違えれば自身も簡単に飲み込まれてしまうだろう。


 瀬尾は内心の動揺を隠しつつ、涼に会い、状況を報告した。


「桐島は完全に動き出したぞ。お前の情報を信じ、麻優に対して厳重な監視をつけ始めた。麻優もじきに気づくだろう」


 涼は沈着に頷いた。


「そこまでは想定内です。彼らが相互に疑い合い、対立を始める瞬間が好機です。焦らず、我々はその瞬間を静かに待ちましょう」


 瀬尾は慎重に涼の顔を見つめ返した。


「神崎、お前はなぜそこまで冷静でいられる?一歩間違えば死が待つ状況だぞ」


 涼は静かに微笑んだが、その瞳には深い悲しみが宿っていた。


「私はもう一度死んだようなものです。妹を失ったあの日から、何も恐れるものはありません。ただ、この命を使って、最後まで戦い抜く覚悟を決めただけです」


 その言葉に瀬尾は押し黙り、小さく息を吐いた。


「……わかった。お前を信じて最後までついて行く」


 一方その頃、麻優もまた、異変を察知し始めていた。


 桐島の倉庫が襲われた。


 その後、部下から桐島が自分に監視をつけているという報告を受け、彼女の微笑は冷たく歪んだ。


「私が裏切って、クルド人に情報を流したとでも思っているのかしら?桐島さんも随分と疑り深い人ね……」


 しかし、麻優は冷笑しつつも、内心では動揺を隠せなかった。


 桐島雄吾という男を敵に回すことは、彼女にとっても非常に危険なことだ。


 すぐに麻優は神崎涼を呼び出した。彼女の視線は鋭く、微笑は薄いままだったが、背後に潜む怒りが明らかに滲み出ている。


「神崎さん、桐島さんが私に監視をつけたのを知っているかしら?」


 涼は慎重に表情を変えず、無知を装った。


「初耳ですね。桐島さんがなぜそんなことを?」


 麻優はじっと涼を見つめ、疑惑を隠そうとはしなかった。


「桐島さんの倉庫がクルド人のグループに襲われて、ヤクを奪われたことは知っているわ。しかし、これまで、解体作業・破壊工作で食ってきたクルド人の連中が急にヤクに商売替えを始めようなんて……、誰かにそそのかされたとしか思えないのよね、私には」


「解体屋から、麻薬業界に進出して、多角経営を進めるように進言した人間がいると、お考えなのですね」


「それが誰なのかをこれから調べてほしいわ。犯人をみつけてくれれば、あなたが私を裏切っていないことを証明することもできるわ」


 涼は静かに頷いた。


「承知しました。その任務、喜んでお引き受けします」


 麻優は満足そうに微笑んだが、その目は冷たいままだった。


 その日の夜、涼は再び市谷のアパートに戻り、スマートフォンを手に取った。震える指先で美月にメッセージを打った。


『状況はさらに複雑になりました。麻優も桐島の敵意に気づき、私に動向を探るよう命じました。非常に危険な状態です。より慎重な支援をお願いします』


 すぐに美月から返信が届いた。


『わかりました。引き続き情報を送ってください。あなたの安全を最優先に動きます』


 涼はスマートフォンをテーブルに置き、天井を見つめながら深く息を吐いた。心の奥で感じる孤独と緊張は、日に日に彼の精神を蝕んでいたが、それを外に出すわけにはいかなかった。


「玲奈……俺はまだ、終わらない」


 彼は呟くように言い、自らを鼓舞した。その胸には揺るぎない決意と、燃え尽きる寸前の静かな炎が灯り続けていた。







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