第七十六章 餓鬼の島・略奪者の急襲
東京・北区西赤羽。
桐島興産の外郭子会社「株式会社キリシマ・バイオリンク」は、表向きは漢方や医薬品の保管配送を請け負う中堅物流業者だが――
その実態は、AZコネクションから供給された高純度合成ドラッグの都内向けの流通中継拠点だった。
倉庫の一角。金属シャッターの内側には、医薬ラベルを偽装した"ホワイトパウダー"の入った無地ケースが、無数に積まれている。
その静寂を、突如破る――爆発音。
「カンッ――!」
閃光弾とともに側面シャッターが内側から歪んだ。
外に停められていた配送トラックから、黒装束の5名が矢のように飛び出す。
「――破砕完了、3分以内で中枢へ突入せよ」
ヤナルが大型カッターを片手に、倉庫内の警備ロックボックスを電動で切断。
ナジムは遠方からライフルで警報盤の"予備電源回線"を破壊。
中にいた警備員3名は、瞬く間に銃床と電気棒で沈められた。
「搬出口クリア。ウイングトレーラー、接近までTマイナス90秒」
「回収対象:青タグ"アルファ・ミスティ"10ケース、確認。運び出せ!」
──略奪者たちは、無言で台車にケースを積み、搬出口へ走る。
一人がケースを開けて、ラテックス手袋越しに粉末を指に乗せる。
「……これが"桐島の香り"ってわけか」
指先を舌に触れさせると、微かに舌が痺れる。即効性だ。
「クソが。これで世界を取れると思ったのかよ。俺らのやり方を見せてやる」
"置き土産"として、倉庫内に二段階式のC4小型時限爆弾を配置する。
タイマーを"3分"にセットし、手際よくバッテリーを封印。
「撤退用ドローン・ポイント、現在時刻で正面通過中。煙幕を展開」
一人が噴霧式の化学煙幕を焚く。
搬出口に待機していた黒塗りのロシア製の改造型ZILトレーラーに乗り込み、
部隊は赤羽台地を東へ滑り出す。
その車内、アスマンに暗号通話を繋げる。
「ボス。お望み通り、桐島の"神経"を抜いてやった」
電話口のアスマンは笑う。
「よくやった。あとは、"綺麗に売る"だけだ。香りは俺が整える。――桐島に伝えてやれ、"荒川の風が、帝都の毒を洗い流す"と」
直後――倉庫の背後、凄まじい火柱が夜空に伸びた。
爆炎と煙の中、赤羽の街にサイレンが鳴り響き始めた。
だがもう、襲撃者ネウルダの影はそこにはいなかった。
その20分後、爆発現場に駆けつけた公安捜査官|榛名 隆征
《はるな たかゆき》は、残された警備員の呻き声と、
焼け焦げた紙の断片から"ある文字列"を拾う。
「NEW・R・D……?」
榛名は眉をしかめ、低く呟いた。
彼の背後で、倉庫の天井がついに崩れ落ちる。
夜の赤羽に、濃い灰が舞った――。
桐島雄吾のオフィス、瀬尾は桐島雄吾のオフィスを訪れ、涼が用意した偽の情報を慎重に提示した。
完璧に作られた映像や書類が並べられた瞬間、桐島の表情が微かに揺らいだ。
「これは……どういうことだ?」
桐島は普段の余裕のある態度を崩し、強い口調で問い詰めた。瀬尾は淡々と返した。
「申し訳ありません、桐島さん。しかし麻優が最近、あなたを外して別の大口顧客との取引を密かに進めていることを突き止めました。我々としても、あなたに力をお貸ししたいと考えていますので、こうしてご報告に参りました」
桐島は冷静を装おうと努めたが、握り締めた拳が震えていた。
「麻優が、俺を……裏切ると?」
瀬尾は頷き、慎重に追い打ちをかけた。
「桐島興産に匹敵する大口の組織が名乗りを挙げてきたのです。クルド人の裏社会ネットワークの大物・アスマン・ザルフ、犯罪組織『ネウルダ』のリーダーです。『血で稼ぐ時代は終わった。これからは、香りで売る時代だ』と周囲にうそぶいているそうです」
「彼女は冥影から直接指示を受け、あなたとアスマンを天秤にかけています、敗れた方を切り捨てるつもりのようです。私は、新しい上客がみつかったから、昔の客を切り捨てるなどという彼女のやり方には到底ついていけません。あなたと共に、この事態をどうにかしたいと思っています」
桐島は怒りを滲ませながらも、必死に感情を抑え込んだ。彼の顔からは冷静さが次第に失われつつあった。
「俺を甘く見た報いを麻優には受けさせなければならんな……」
桐島は低く唸るように呟いた後、鋭い視線で瀬尾を睨んだ。
「お前がここに持ってきた情報、本当に信用できるんだな?」
瀬尾は迷いなく深く頷いた。
「命をかけて保証します。もし嘘だったら、私を処分していただいて構いません」
その時、桐島のデスク上の電話が鳴り響いた。
受話器を執った桐島は部下の報告を聞いて、貌が真っ青になった。
「赤羽の倉庫が襲われた、だと? 中東系の連中に?」
桐島は瀬尾をにらみつけた。
「おい、これは、アスマンの……クルド人の仕業なのか?」
「瀬尾さんは桐島をそそのかしてください、アスマンの方は俺に任せてください」
先の涼の言葉が頭をよぎる。
瀬尾は、涼とネウルダのあまりにも早い仕事ぶりに内心驚愕しながら、軽く微笑みを見せた。
「信じていただけましたかね?」
桐島はしばらく沈黙した後、徐々に顔色を整え、冷静さを取り戻していった。
「いいだろう。お前の言葉を信じる。その代わり、この裏切りの証拠をさらに確実に掴むため、徹底的に調査するぞ」
瀬尾は力強く頷いた。
「そのためなら、どんな協力も惜しみません。アスマンに対する報復をお考えなら、瀬尾グループの命知らずをお貸ししますよ」
桐島は厳しい表情のまま、ゆっくりと立ち上がった。窓際に立ち、眼下の街を見下ろす彼の背中からは、静かな怒りと復讐心が滲み出ていた。
「麻優……俺を敵に回したことを、必ず後悔させてやる、クルド人共も、皆殺しだ……」




