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第七十四章 餓鬼の島・内通

 翌日の午後、瀬尾啓吾が密かに涼のもとを訪れた。


 瀬尾の表情は緊張しつつも覚悟を決めた男の顔になっていた。


「神崎、俺はあれからよく考えた。お前の言うとおり、このまま麻優を放置しておけば、俺たちはそのうち全員破滅する。だが、具体的にどう動くつもりだ?」


 涼は静かに、しかし自信に満ちた声で答えた。


「麻優の力は、冥影と桐島雄吾から供給される資金と信頼に支えられています。桐島を動揺させ、麻優への信頼を揺るがせれば、組織内部で必ず亀裂が入ります。その瞬間を狙って、あなたが麻優を追い落として後釜に座る――。そのために、桐島に不信感を抱かせるような情報を流す必要があります」


 瀬尾は鋭い目を細め、疑念を隠さなかった。


「桐島を揺さぶる?あの男は知恵者で、狡猾だ。簡単には騙されんぞ」


「もちろんです。だからこそ、完璧な証拠とともに提示しなければなりません。例えば麻優が桐島を出し抜き、自分一人で別の大口顧客と取引を進めていると示唆する偽造文書や映像資料を用意するのです」


 瀬尾の顔色が徐々に変わり始めた。彼は涼をじっと見つめ、ゆっくり頷いた。


「かなり大胆な策だが……悪くはない。だが、その偽の情報を作成するのは誰がやる?」


「私がやります。そのための技術もルートも確保済みです。私なら麻優に対する不信を悟られずに実行できます。これを見てください」


 涼は瀬尾にタブレットを手渡した。


 それには、涼が仕事の合間に集めた情報、作戦の筋書きがまとめられていた。


 涼は、男のポートレイト写真を画面に映す。


「アスマン・ザルフ、55歳。荒川・川端本郷に本拠をもつクルド人の反社組織、『ネウルダ』のリーダーです。これまで建物の違法解体、車両窃盗、暗殺が中心でしたが、これからは綺麗な麻薬事業に、参入しようと血気盛んです」


「埼玉南部で勢力を急拡大しているクルド人の組織クランか、どう使う?」


「先日、アスマンにコンタクトをとり、少量のヤクをサンプルとして渡しました。さらに、大量に取引がしたければ、桐島興産を排除する必要がある……とそそのかせば、桐島とアスマンの間に闘いが始まります。更に、アスマンをそそのかしたのがAZコネクションの手の者とわかれば、桐島と麻優の関係も悪くなります。その混乱に乗じて瀬尾さん、あなたが麻優に代わってコネクショントップの座を奪うのですよ」


 瀬尾は疑念を抱きつつも、徐々に涼の策略に引き込まれているのを自覚した。


「お前がそこまで腹を括っているなら、乗ろう。ただし、万が一、失敗したら俺だけでなくお前も終わりだぞ」


 涼は静かに微笑んだ。


「分かっています。その時は私もあなたと一緒に地獄に堕ちる覚悟です」


 瀬尾はその言葉に深く頷き、涼に手を差し出した。涼は瀬尾の手をしっかり握り返した。


 一方、警視庁特攻警察作戦室では、倉沢美月が孟谷勲に涼からの最新情報を報告していた。彼女の表情は落ち着いていたが、その眼差しは真剣そのものだった。


「孟谷先輩、神崎さんがさらに危険な策を仕掛け始めました。桐島興産、反社クルド人を巻き込んで、麻優と組織を崩壊させる狙いのようです」


 孟谷は顎に手を当てて思案した。


「相当危険だが、確かに最も効果的な策かもしれない。AZコネクションと桐島、クルド人どもが三つ巴の争いをはじめれば、組織は内部から弱体化して瓦解するだろう。だが、一歩間違えれば神崎自身が危険に晒される」


 美月は拳を握り締め、強い口調で答えた。


「それでも彼はやり遂げようとしています。私たちも全力で支援すべきです」


 孟谷は彼女の瞳の強さを見て小さく頷いた。


「もちろんだ。できる限りのバックアップをしよう。神崎が何とか切り抜けられるよう、周囲の動きも全て監視しておけ」


 孟谷は言いながら、涼がどれだけのリスクを背負っているかを痛いほど理解していた。


 再び市谷のアパートに戻った夜、涼は窓の外を静かに見つめていた。暗い空には星が微かに瞬き、その下に広がる街並みは平穏そのものだった。しかし、その静けさとは裏腹に、彼の内面には嵐が吹き荒れている。


「玲奈……俺はもう後戻りはしない。俺は必ず組織を崩壊させ、お前の仇を討つ」


 涼は心の中で強く誓った。これが最後の賭けだということは自分が一番よく知っている。成功すれば、全てが終わる。失敗すれば、自分自身もろとも深い闇の底へと落ちるだろう。


 それでも涼の心に恐れはなかった。彼の瞳には、もう揺るがぬ覚悟の炎が静かに燃え続けていた。




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