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第七十一章 餓鬼の島・最上級顧客

 冥影の書斎を出た麻優の前に、黒いAMG G63が停まった。


 運転手が、降りて素早く後部のドアを開けて、麻優を座らせる。


 彼は児玉という、麻優の秘書役も務める、忠実な男。


「地下室ラボの天井に仕掛けたピンホールカメラが、神崎のラインの送信相手の名前を捕らえました、警視庁捜査一課、反社会特別重要犯罪組織撲滅攻略班、刑事。倉沢美月」


「……なるほど、警察のスパイなのね」


「どうします?始末しますか」


「まだ消すには……惜しいわね。手綱を引いてるその刑事も一緒に取り込めないかしら」


「なるほど、豚は太らしてから料理をするというわけですね」


「くれぐれも彼らの動きから目を離さないで」


 G63は、赤坂東京ヘッドタウンの高級ホテルのバレーに入る。


 麻優は、G63を降り、その最上階に向かった。


 最上級のロイヤルスイートルームの一室に桐島雄吾の姿があった。


 桐島 雄吾、42歳。


 彼は、麻優のビジネスパートナーの中では最も大口の顧客であった。


 彼が動く取引の規模は常に莫大な金が移動する。


 高級ブランドのスーツを完璧に着こなし、一見、誰の目にも細部まで洗練された印象を与える紳士。


 髪は短く整えられ清潔感にあふれ、薄い色のサングラスが鋭い目元を隠している。


 引き締まった体躯に余裕のある振る舞いを崩すことなく、周囲を威圧する存在感を放っている。


 もともとは大手商社、交洋商事のエリート営業マンとして名を馳せていたが、不正取引のスキャンダルに巻き込まれ失脚した過去を抱えてからは、徐々に裏社会に人脈を広げ、いつしか麻薬密売という闇の道へと足を踏み入れた。


 現在は表向き、不動産投資会社を経営し、高級住宅街に居を構えている。


 近隣住民からは親切で穏やかな紳士と評され、その裏の顔を知る者はほとんどいない。


 表面上は礼儀正しく物腰も柔らかだが、その裏に隠された本性は極めて冷酷で容赦のない男。


 利益のためにはあらゆる手段を用い、組織の利益を脅かす存在に対しては暴力や殺人をもためらわない非情さを見せる。


 緻密な情報管理を徹底し、部下や取引相手を常に監視下に置き、わずかな裏切りやミスも許さず厳罰を下す。


 麻優とは定期的な密会を重ね、最新鋭の薬物、特に『ジャパン・ワルキューレ』の独占的供給を受けていた。


 密売ルートは都心の高級クラブや会員制のバー、富裕層が住む高級住宅街を中心に展開されており、顧客リストには有名芸能人やプロスポーツ選手といった著名人も名を連ねている。


 表向きは合法的な投資会社や高級レストラン、クラブなどを経営し、その信用を隠れ蓑として麻薬取引を巧妙にカモフラージュ、品物の受け渡しは厳重に行われ、時には高級時計やブランドバッグなどの贈答品を装って薬物を忍ばせ、取引現場でも巧みに身元が特定されないよう偽装をわすれない。


 顧客リストや取引記録は、常に最先端の暗号化技術を使い、外部からのアクセスや特定を事実上不可能な状態に維持している。


 警察による潜入捜査や監視に対して、異常なまでの警戒心を持ち、常に身辺警護を完璧に徹底している。


 過去には何度か警察の捜査対象となったが、そのたびに巧妙な証拠隠滅や証言者への脅迫、時には暴力を使って捜査の手を逃れてきた。


 全面ガラス張りの窓からは、眩く煌めく夜景が広がり、まるで二人だけのために存在する特別な世界のようだった。琥珀色のウイスキーがグラスの中で艶やかに揺れ、室内は洗練されたジャズが穏やかに流れていた。


「君とこうして二人だけで過ごす時間は、何にも代えがたい贅沢だな」


 桐島の声は低く、情感を込めて麻優に語りかける。彼はグラスを手に取り、ゆっくりと琥珀色の液体を口に含んだ。


 麻優はソファに優雅に腰掛け、桐島の言葉を微笑みながら聞いていた。彼女の瞳は、部屋の淡い灯りを映して妖しく輝き、その冷ややかな美貌には男を虜にする妖艶さが漂っていた。


「私も、あなたとの時間をいつも心待ちにしていますわ、雄吾さん」


 彼女の声は甘美でありながら、底知れぬ深淵を感じさせるものだった。彼女の言葉には桐島を惹きつける強烈な魅力が宿っている。


 桐島は静かに立ち上がり、麻優の隣へ歩み寄った。彼女の肩にそっと手を触れ、指先で優しく肌を撫でる。その指先には、支配欲と甘い渇望が混ざり合ったような感情が滲み出ていた。


「麻優、君と出会って以来、俺はまるで狂おしいまでに君を求めてしまっている。これほどの感情は、これまで経験したことがない」


 麻優はゆっくりと桐島の目を見上げ、微かに唇を開いた。


「それは光栄ですわ。あなたのような力強いお方に愛されるなんて……。私も同じ気持ちですよ」


 その言葉に、桐島の瞳は一層深い熱を帯びた。


「君はまるで毒のようだ。美しく、甘く、触れるほどに俺を侵食する」


「その毒に侵されるのを楽しんでいるのでしょう?」


 麻優は妖艶な笑みを浮かべ、静かにグラスを桐島の方に掲げた。桐島はその誘いに抗えず、再び彼女の隣に座り、その唇にそっと触れた。


「この蜜月が永遠に続けばいい……」


 桐島が囁くと、麻優は小さく微笑んだ。


「もちろんですわ。あなたが私を裏切らない限り、私はずっとあなたのそばにいます」


「俺が君を裏切ることなどありえない。だが、君はどうだ?麻優……君はいつもどこか危うい。俺のものになりきっているのか、それとも俺を弄んでいるのか……」


 麻優は桐島の疑念を感じ取り、魅惑的に笑いながら、静かに言葉を紡いだ。


「雄吾さん、私があなたを手放すわけがありませんわ。私が欲しいのは、あなたと共に世界を手にすること。そのためにはあなたの力が不可欠です」


 桐島は麻優の言葉を聞いて安堵し、満足そうに微笑んだ。


「君の野望が俺を高ぶらせる。共に頂点に立つその日まで、俺は君を信じ続けよう」


 麻優は桐島の手を取り、そっと自分の頬に触れさせた。その微笑の奥には、冷酷な計算と、狂おしいほどの野心が渦巻いていることを桐島はまだ知らなかった。


 窓の外には無数の光が煌めき、二人の姿を密かに見つめているかのようだった。都会の夜は深まり、二人の蜜月はさらに濃密な闇の中へと深く溶け込んでいった。




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