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第五章 赤の芽吹き・時満ちぬ

  1


「お昼、どうする?」


 遥が、小夏に尋ねた。


「うーん、ちょっといーま、体重がピンチなんだよねー」


 小夏は、「青山さくら組」のプロデューサーから、私生活全般、殊にボーイフレンドとの交際と体重については、非常に厳しい管理(チェック)を受けている事を伝えた。


「今度、プールで番組の収録があるんだけど、おなかが出ちゃうと、出禁になっちゃうんだよね、だから、今日はコーンスープだけ教室でいただく、メンゴ!」


「ふむ、スターになるのも楽じゃないのね」


 天気がいい日には気の合った仲間と、屋上で昼餉ランチを広げるのが彼女たちの校内日中行事だった。


 遥は、一人で昼餉ランチの入った紙袋を持って屋上に上がった。屋上には誰も見えなかった。


 神宮の杜の、鮮やかな翠が目に染みる一角に建つ名門校、神宮寺学院。五月の風が、数日前に起きた凄惨な事件など、存在しなかったかのように、ただ穏やかに遥の頬を撫でていた。


 校舎の屋上は、季節特有の若葉の香りと柔らかな陽光に満たされている。


 遥は屋上のフェンスに背を預け、膝の上の紙袋の封を丁寧に開けた。


 中身は、学院近くのパティスリー『あまりん』特製のストロベリーサンドである。


 ふわりと柔らかなパンに、赫い宝石の如き苺の果肉が挟まれている。鼻腔をくすぐる甘い香りに、遥の口元が知らず綻んだ。


 まれに、遥は悪夢に苛まれず、朝を迎えることができる日がある。


 そのおかげで定刻より一本早い電車に乗れた朝は、登校途中に『あまりん』へ立ち寄るのが、遥のひそかな愉しみであった。


 大きめの黒縁眼鏡の奥に、苺を目にした喜悦を隠しきれない彼女を、店を営む女性店主は、母のような慈愛の眼差しで見つめるのだった。


 遥は懐からチューブ入りのバターを取り出し、パンの表面に躊躇なく山のように搾り出す。


 純白のパンと赫い苺が瞬く間に濃厚な油脂に呑まれていく。その魔改造ぶりに、店主が見れば、眉を顰めて白眼を剥くであろうことは容易に想像がつく。


(……許してくださいね、これだけは。)


 心中で呟くように謝罪しつつ、遥は魔改造されたサンドイッチに齧りついた。


 舌に触れるバター特有の生臭く滑らかな脂の感触――だが、次の刹那、その生臭さを圧倒的な甘美さで否定する『あまりん』の瑞々しい苺の芳香と甘味が口腔を満たした。


 五月の風は静かであるが、遥のささやかな食の悦楽を乱すものは何ひとつなかった。


 屋上の昼休みは、それなりに心地よい孤独の時間だった。


 朱鷺宗遥は、口にサンドイッチを咥えたまま、ぼんやりと空を見上げていた。そんな遥に近づく人影があった。


「隣、いいかな」


 突然の声に振り返ると、そこには斎が立っている。遥は、サンドイッチを咥えたままで言葉を発することができず、ただぽかんとした表情で頷くしかなかった。


 そもそも、遥はまだ、斎を知らない。


 斎は静かに遥の隣に座り込むと、手にした缶コーヒーを開け、一口飲んでからふと口を開いた。


「群れから離れててもいいの?」


 遥の瞳が丸くなった。


「群れ……?」


 兎の夢のことね!想いがそこに至るまでにさほど時間はかからなかった。


「なぜ……それを知ってるの?」


 遥は思わず問い返したが、斎はただ黙って微笑むばかりだった。


 遥は信じられない面持ちで斎を見つめた。斎の瞳に浮かぶ深く静かな赫い炎は、遥の心を掴んで離さない。


「まさか……あなたも?」


 同じ夢を見たの……と尋ね終わる前に、斎の言葉が質問を遮った。


「君が夢の中で見た、あの兎の群れ……その群の正体は赫の一族だ。そして俺たち自身もまた、群れの中の、その赫い血を引く者たちなんだ」


 斎の言葉は静かだったが、胸を貫くような強い響きを持っていた。斎は語り続けた。


「太古の昔、赫の一族は邪馬統との果てしない戦に敗れて四散し、この国のあちこちに分断されてしまった。『群れにいれば安全は確保される。だから群れから逸れるな』という言葉、それを教訓にした赫の一族に伝えられた最も重要な戒めなんだ」


 斎は遥をまっすぐ見据えたまま、熱を帯びた声音で続けた。


「俺に与えられた天命は、分断された赫の一族を再びひとつの無敵の群れに纏めること。そして、その最初に出会った仲間が君だったというわけだ――朱鷺宗、遥」


 斎は遥にゆっくりと手を差し伸べた。その掌は遥にとって、逃れられぬ運命の象徴のように思えた。


「ようやく、あの夢の意味が理解できた。なれば、我らは赫の一族の教えのままに往かん……」


 遥は決然とした瞳で、斎の差し伸べる手を執った。遥は斎の掌に脈打つ赫く熱い血潮を感じ取った――。


 その直後であった。


 先程まで穏やかだった青空の中に、忽然と濁った雲が湧き上がってきた。


 不穏な空気の流れが風になり、風の刃となって、遥と斎の顔をはたいた。


 二人の顔に浅い(きず)がついた。


 そして、天空に激しい稲妻が奔り、凄まじい雷鳴と共に、屋上の避雷針に落ちた。

 二人は突然、襲いかかってきた稲妻の光芒に一瞬、視界を遮られた。再び、視界が開けた時、眼前に二つの人影が拡がっていた。


 強風と雷鳴を纏って現れたのは、邪馬統神勅の民の尖兵、八傑衆の風魔、雷桜。


 今日は、学院の制服ではなく、太古由来の古代邪馬統の兵装に身を包んでいる。

 二人から、激しい、邪気を伴った闘気が立ち昇っていた。


「ここにいたか、赫の一族の死に損ないめ!」


 風魔と雷桜が獰猛な笑みを浮かべ、二人の前に立ち塞がった。


「へへへ、俺たちはついてるぜ。赫の一族を二人もまとめて屠ることができるとはな」


 雷桜は冷たく笑い、残忍な瞳を斎に向ける。


「ぬかせ、最初に対峙した時は、俺の正体すら見抜けなかったくせに。その程度の能力で命のやり取りを挑んでくるとは、何という身の程知らずか」


 斎は不敵に笑い、冷ややかな目で敵を見据えた。


「何を偉そうに言ってやが――」


 風魔が言葉を吐き終えるよりも早く、斎はその両手を鮮やかに動かし、素早く印を結んだ。


『臨』『闘』『陣』――斎の指が目にも止まらぬ速さで動き、赫い闘気が高まっていく。そして、天にもとどかんばかりの言霊を放った。


「アメノマハリイクサバヲ ハレ!」


(天の廻りに戦の帷(イクサバ)を張れ‼︎)


 天を揺るがすような神々しい言霊が放たれた瞬間、斎が胸の前で結んだ『陣』の印より、赫々たる焔が猛然と放射状に吹き上がった。


 赫き火焔は斎と遥、そして風魔、雷桜を瞬時に飲み込み、巨大な焔の竜巻となって天空高く駆け昇った――。


 赫く燃ゆる火焔の竜巻が、天地を貫いて猛り狂う。


 樹の胸の焔から生まれたその火焔竜巻は、四人を今まで彼らが対峙していた、神宮寺学院の存在する世界、即ち『現世』から分離させ、竜巻の中に新たなる並行世界(パラレル・ワールド)を構築し、戦の帷(イクサバ)を創り呑み込んだ。


 いわゆる封印対象物(=風魔・雷桜)の周囲に、戦の帷(イクサバ)なる「渦巻型エネルギーフロー」を形成し、彼らの内包された異能エネルギーを圧縮・偏向させるフトマニ陣(波動結界)を形成したのだった


 ここから『現世』に帰るためには、もはや、斎が自らこの結界を解くか、風魔、雷桜が斎を落命させ結界を消滅させるしかない。


 (まさ)に、命を賭した闘いである。


 斎の姿はいつの間にか、学院の制服から、黒豹を彷彿とさせる、漆黒の戦装束を身に纏っていた、右手には、斬魔刀と呼ばれる、刃渡り六尺を越す白金色の肉厚の刃の剣をもち、左肩に巨大な破邪の肩盾を帯びていた。


「気をつけろ、遥!雷撃と風刃が跳んでくるぞ!」


 雷撃は字のごとく、高電圧をおびた白い稲妻、5億ボルト以上の電圧が二人を襲う。


 風刃は、かまいたちとも呼ばれる真空の鎌、近づく風音を聴いて対処するほかない。


 火焔の渦中で、樹と遥は、風魔と雷桜が次々と繰り出す雷撃と風刃を、跳びながら紙一重でかわし続けた。激しい雷鳴と、斬魔刀に弾かれた風刃が音を立てた。


 ―― いまこそ、封じられた赫き血潮に隠された力を目覚めさせる時――。


 遥は眼を閉じ、意識を深く自己の内へと落とし込む。


 そして、封印された赫き血潮を解き放つための、太古より赫の一族に伝わる、自らを縛り付けていた封印解除のためのウタヒを唱え始めた。


 この時のウタヒとは封印、若しくは封印解除において、中心となる音の振動列のことだ。


「ヒフミ ヨイムナヤ コトノモチロ アマノナカナル ウツシヨニ カクサレシ チカラ アラハレヨ フトマニ フウジル カンナガラ アカキ チシホ ヨミガヘレ!だあっ!!」


(ひ・壱「日」、ふ・弐「風」、み・参「水」、よ・肆「世(命)」、い・伍「大地」、む・陸「虫」、な・質「魚」、や・捌「鳥」、こ・玖「獣」、と・「人」、の・「拾」、も・「佰」、ち・「仟」、ろ・「萬」、天の中なる現世に 隠されし力 あらわれよ 太真に封じる 神ながら 赫き血潮 甦れ!)


 遥の唇から紡ぎ出された言霊は、竜巻の咆哮を突き破り、高く天地に響き渡った。


 その刹那――


 遥の躰を、赫き光が覆い、彼女を縛っていた、不可視のその封印は音もなく砕け散った。


 遥は赫の力の覚醒を確かに感じ、再び眼を開いた。


 先ほどまで、自らの存在を必要以上に矮小化して、群れから逸れない様に身を縮ませて、無慈悲な荒野の中で怯えながら、群と共に震えて邪悪な風の音に耳を(そばだて)る兎の如き弱々しい少女の姿ではもはやなく、神々しいばかりの戦装束を身に纏い、破魔矢・破魔弓を肩掛けにし、両手には黄金に輝く両刃の巨大な薙刀を構えた女神(ディーヴァ)の姿となった遥が現れた。


 その背後に女神に従うかのように、朱色の巨大なつがいの朱鷺が翼を広げ、侍っていた。彼女の瞳は、一族の天命を宿して赫々と輝き、その全身は赫の力を帯びて、竜巻の中に微動だにせず立ち尽くしていた――。


 赫き竜巻の中に顕現した遥の姿を目の当たりにし、風魔と雷桜は一瞬だけ動きを止めた。


「くそ、覚醒しやがったのか!ならば、これでも喰らえ、風魔奥義超三扇刃!」


 風魔が悪態をつき、渾身の霊力を以て、三扇連発の鋭い風刃を繰り出した。


 奥義と風魔が驕るだけに、これまでの風刃弾とは比較にならないスピードと鋭さを得た刃が遥の喉元を襲う!


「舐めるな――赫の血を!」


 遥はそれを黄金に輝く薙刀の一閃で粉砕した。


「何!俺の奥義が」


 遥の鋭い眼差しが風魔の下腹に狙いを据えた。


 彼女は眼にも止まらぬ早業で、破魔矢を素早く取り出して破魔弓に番える。


 番えたが早いか、ひゅんと弓弦が鳴り、聖なる矢が放たれた、赫き閃光が破魔矢の周囲に螺旋を描く。


 奥義超三扇刃を放った影響で、風魔の体の動きは一瞬鈍くなるところを遥は見逃さなかった。


 ばすっと肉に突き刺さる音が聞こえた。


 破魔矢が、風魔の胴を深く貫き、破魔矢を包んだ赫い閃光が破魔矢の突き刺さった創口を中心に激しく焼いた。


 風魔の腹は破裂し、夥しい血しぶきが波状に吹き上がる。悲鳴をあげて悶絶する風魔。


「ちいっ!」


 雷桜が唸り、叫ぶ。


「喰らえ、雷桜必殺奥義『光弾大迅雷』!!」


 雷桜が究極まで高めた雷の異能を用いて放つ、抜きんでた破壊力を雷撃弾として叩きつけて敵を屠る秘奥義である。


 雷桜は自らの体内に蓄積された莫大な電気エネルギーを掌に集中させ、そのまま戦の帷(イクサバ)の底を強く叩く。


 すると瞬時にして、地を這うように無数の雷光が広がり、敵の足元から猛烈な雷撃弾が垂直方向に噴き上がる。


 この技の真骨頂は攻撃が戦の帷(イクサバ)の底を通じて対象の足元から上方に噴き上がる点にあり、逃れることが極めて難しい。


 20億ボルトを越す、雷桜のエネルギーは敵の肉体を焼き尽くすだけではなく、神経回路を瞬時に麻痺させ、一瞬にして相手の戦闘力を奪い去る。


 また、放出された膨大な電力が周囲の大気をプラズマ化させ、超高温の衝撃波を伴う雷光が巨大なエネルギーフィールドを形成、衝撃波の形を以て敵を焼き尽くす。


 この技を繰り出した雷桜の周囲には、常に焼け焦げた敵の骸と大地と雷光の残響が静かに漂い、彼の破壊的な力の証となる――。


 強烈な雷撃を遥に叩きつける。しかし、遥の背後から、控えた巨大な二羽の朱鷺が翼を大きく広げた、雌の朱鷺が遥をかばい、雄の朱鷺が斎を抱き、竜巻の虚空に飛びたち、その雷撃を紙一重で躱してしまった。


「何だと……!?」


 雷桜の表情が歪む。


 朱鷺は遥の守護獣、赫の一族に太古より仕える聖なる神鳥であった。


(ちなみに斎の守護獣は黒い豹である、しかし戦況が優位に推移している現在、斎は未だ黒豹を召喚することなく自らの裡に温存している。)


 今、体内のエナジーを『光弾大迅雷』を放つことについやしてしまった雷桜は、立っているのがやっとであった。


 はらりと、戦の帷(イクサバ)に降り立った遥は薙刀を地に突き立て、ゆっくりと斎を見やった。


「斎、ここは私が!」


 斎は頷き、漆黒の戦装束を纏ったまま遥の背を見守った。


 遥は息を深く吸い、意識を集中させる。すると、その身から赫き神気がさらに湧き上がり、彼女の髪が赫色の焔と化して舞い上がった。


 遥は再び薙刀を握り、風魔と雷桜へと静かに歩み寄る。その足元から赫色の焔が立ち上り、遥の一歩ごとに赫き火柱が高く噴き上がった。


「赫の力を侮ったことを後悔しつつ、黄泉の世界に発つがいい、死ね!」


 遥の言霊が鋭く響くと同時に、二人の朱鷺が彼女の背後から飛翔し、風魔と雷桜へとどめをささんと襲いかかる。


 巨大な翼が烈風を巻き起こし、鋭い嘴が敵の衣服を裂いた。


 その隙に遥が疾駆し、黄金の薙刀を高速で振り抜く。赫き刃は一閃のもとに雷桜の胸元を深く裂き、そのまま翻して雷桜の腕を斬りつけた。


「ぐはああっ!」


 雷桜は激痛に膝をついた。そのままもんどりうって倒れる。


 瀕死の風魔は傷口を抑えながら、苦悶の表情で遥を睨みつけている。


 その時である――。


「何を手間取っておる、風魔、雷桜」


 冷たく鋭い女性の声が赫き火焔の竜巻の中心を貫いた。


 その声と共に現れたのは、冥界の華を思わせる美しい神兵装束を纏い、桃色の面頬(ほほかむり)で素顔を隠した陣幕弥生――『冥華蒼刃姫(めいかそうじんき)』であった。


 瀕死の二人が白眼を剥いた。


「冥華様、ふ、不甲斐ない姿を晒してしまい、も、申し訳ございません」

 冥華は雷桜の言葉を聞き流し、遥と斎に改めて対峙した。


「赫の力、侮り難し、というところか、風魔、雷桜。あとは私に任せよ。しかし、赫の一族よ、お前たちの強運も、もうここまでだ。邪馬統の天下に仇名す者達の命、私が刈り取ってやろう――」


 冥華蒼刃姫は腰に帯びた蒼き長刀をゆっくりと抜き放つと、冷徹な殺意を秘めた眼差しを遥と斎へ向けた。


 彼女の体から発つ闘気の強さは風魔、雷桜たちとは比べ物にならない。


 ふん、それにしても、俺の張った、戦の帷(イクサバ)の結界を破る能力をもつものが邪馬統にいたとは……? と、斎の顔が驚愕に歪む。


 ここにきて真打ちが登場してきたことは、二人を倒せば事よろしと、タカをくくっていた斎にとっては大誤算であった。


 赫き火焔竜巻の中、始まったばかりの邪馬統と赫、不倶戴天の両者の血を巡る宿命の闘いは今、新たな局面を迎えようとしていた――。


 瀕死の風魔が呻きながら、蒼刃姫の足元に這い寄った。


「冥華様、お気をつけ下さい……。赫の小娘の異能力、予想を遥かに凌いでいます……」


 雷桜も喘ぎながら頷く。


「ああ……、あの斎とかいう赫の男に至っては、まだ三分の力も出しておりませぬ……。何卒、なにとぞ、ご油断なさらぬよう……」


 冥華蒼刃姫は軽く顎を引き、二人の忠告を聞き流した。


「心得た。下がって傷を癒せ、これよりは私の闘いだ」


 蒼き長刀を地に垂直に突き立てると、冥華蒼刃姫は赫の二人を真っ直ぐ見据え、凛とした声で口上を述べる。


「赫の末裔よ、汝らの赫き血潮、確かに侮れぬ強さを見せてもらった。

 だが、邪馬統弍千年の覇道を阻むことは叶わずといえり。我が冥華蒼刃姫、邪馬統神勅の刃を以て、この場で汝らの命を断つ!」


 遥と斎は目配せをし合い、それぞれの獲物を構えた。遥の黄金の薙刀が赫く煌めき、斎の斬魔刀もキラキラと、光の粒を弾きながら、不気味に震える。


 斎は内心で舌打ちをする。


(こいつ、予想以上のプレッシャーをかけて来てる、そもそも、戦の帷(イクサバ)を突破されたことなんてこれまでなかったし!)


「遥、油断するな、こいつは手強いぞ」


「わかったわ、だが、気遣いは無用!」


 冥華蒼刃姫が蒼き長刀を引き抜き、静かな一歩を踏み出した刹那――その場の空気が張り詰める。


 次の瞬間、蒼刃姫の姿が視界から消え、僅かな時を移した後、遥と斎の目前に青い影が現れた。


 鋭い蒼刃が風を裂き、遥の薙刀が寸前で受け止める。


 火花が弾けとんだ。脇から斎が、間髪入れず、斬魔刀で蒼刃姫の胴を狙うも、蒼き長刀は正確にそれを払いのけた。


 蒼刃姫は無言で半身を翻し、二人の隙を窺う。


 遥は目を細め、鋭く踏み込みながら薙刀を旋回させた。


 鋭い赫き刃が蒼刃姫の頬をかすめるも、彼女は表情一つ変えず、巧みな体捌きで反撃の一閃を放つ。


 斎は斬魔刀を迅速に繰り出し、蒼き刃をかろうじて受け止める。衝撃波が響き渡り、互いに半歩後退する。


 三者は再び間合いを取った。これまで、まさに小手調べ以外の何業でもなかった。だがこのわずかな攻防で、斎も遥も冥華蒼刃姫の並外れた力量を改めて思い知らされたのだった。


「なるほど、これは確かに手強い――、これまで屠ってきた赫の手のものの中でも、トップクラスの手練のようだな、が、しかし、敵は強い方が楽しい。予は満足しておるぞ、アハハハハハ」


 蒼刃姫は静かに、長蒼刀を構え直し、面頬の下で不敵に笑った。


「さて、そろそろ遊びは終いだ。本気でいかせてもらおう――冥華奥義、蒼刃裂殲剣(そうじんれっせんけん)!」


 冥華蒼刃姫が宣言と共に刀を高々と掲げる。


 その瞬間、刀身から蒼く禍々しい光が迸り、周囲の空気を凍てつかせる。


 蒼刃裂殲剣は、太古より蒼刃姫代々に伝わる、彼女以外には、絶対禁忌の奥義である。膨大なる霊力を刀身に集約させ、蒼い斬撃を無数に繰り出すことで敵を粉砕、殲滅する必殺技である。


 彼女が刀を振り下ろした瞬間、幾筋もの蒼き斬撃が空間を引き裂き、まるで氷河が奔流となって襲い掛かるように、遥と斎の逃げ場を奪いながら迫っていった。


 二人の周囲が蒼く凍てつき、遥と斎を中心に幾筋もの鋭い斬撃が音もなく迫った。


 逃げ場を完全に奪われ、二人は眼前に迫る絶望に目を見開く。


 駄目だ、逃げ切れない!

 

 無数の蒼刃が二人に迫る。


「遥!」


「斎!」


 互いを呼ぶ悲鳴が、鋭利な蒼い光の奔流の中に掻き消された。


 遥は黄金の薙刀を咄嗟に掲げ防御態勢を取るが、その強大な霊力の前にはまるで紙屑同然だった。


 最初の一撃が薙刀を弾き飛ばし、次の瞬間には衝撃が彼女の身体を容赦なく襲う。全身が引き裂かれるような激痛に意識が遠のき、視界は暗転した。


 一方、斎は斬魔刀を渾身の力で振りかざしたものの、蒼い斬撃の鋭さは彼の想像を遥かに凌駕していた。


 刀身が砕け散るような感覚と共に斎の体を強烈な衝撃が貫き、意識が朦朧とする中、歯を食いしばりながら崩れ落ちた。


 二人の絶叫が戦の帷(イクサバ)に響き渡り、赫き炎の渦が蒼き霊力によって呑み込まれる寸前、突如としてその戦の帷(イクサバ)を呑んだ並行世界(パラレルワールド)全体が激しく揺れ動いた。


 斎が張り巡らせた戦の帷(イクサバ)が突如として異様な唸りを発し、凄まじい勢いで崩壊を始めたのだ。目を灼くような青白い閃光が轟音と共に帷の天地を貫き、狂乱乱舞するエネルギーの波動が、狂乱の舞踏を始めた。その衝撃波が、勝利を確信していた冥華蒼刃姫を真正面から襲った。


「な、何が起きた!?」


 予期せぬ激しい大崩壊に巻き込まれ、蒼刃姫は手にしていた蒼い長刀を思わず落とした。渦巻くエネルギーの奔流は彼女を飲み込み、同じく瀕死の雷桜と風魔をも巻き込んで、三人を乱暴に地面へと叩きつける。鋭い苦痛が体を貫き、蒼刃姫は息が詰まり、意識が朦朧としていくのを感じた。






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