第四十九章 餓鬼の島・密談
仙台坂の地下聖堂、紅硝子の玉座の背後に広がる「密談の間」は、厚い石壁に囲まれ、音も光も遮断された呪的な結界空間であった。
室内には蝋燭の火がいくつも揺れている。香は金龍香。空間に満ちるその霊煙は、会話すら封じようとするように濃い。
黒檀の卓を挟み、向かい合って座すは――
中央の玉座に座すは、神勅の会 総帥――陣幕源治。
その前に、膝を折って控える法衣姿の男、禍眼導師・冥影。
どちらも、一言も発せずにいた。
陣幕源治と、禍眼導師・冥影。
しばらくの沈黙ののち、先に口を開いたのは冥影だった。
彼は顔を上げぬまま、しずかに口を開いた。
「……導き手として、申し上げねばございません」
その声音は、燻る煙のごとく、低く重かった。
「八傑衆の動員以降……赫との戦闘は、四たび」
冥影は指を四本、ゆるやかに立てた。
「そのうち、赫を完全に殲滅できた例は――ひとつもございませんでした」
源治の顔がわずかに動いた。
冥影は続けた。
「最初の戦ーー蒼刃姫・冥華、風魔・颶嵐、雷桜・紫電……いずれも、赫の覚醒者を止めるには至らず。むしろ、その交戦によって赫の力は更に輪郭を強め、いまや“赫が赫たる証”を……この帝都で顕現しつつございます」
卓上に静かに置かれたのは、精密な血液分光スライドの写真。
そこに映るは、――陸珀肆拾量体血色素。
源治の目が細められる。
「まさか……あの、猛き血が……この時代に、現れるとは」
冥影は頷いた。
「赫の覚醒は、既に一個体の域を超えております。
とりわけ朱鷺宗遥と称される少女、および日向斎と見られる赫血の少年――
この両名、加えて霧羽綾乃ーー。彼らが“赫の新芽”の核として、波及的に異能の力共鳴を呼び起こしております。
我々の記録が正しければ、古代赫の始祖のみに宿っていた、存在しえぬ因子……。蒼刃姫の刀に残された赫の血液より、検出された。赫の焔はもはや、“点”ではない。“連鎖”し、“面”として帝都を覆いつつございます」
源治は唇を噛み、拳を卓に置いた。
赫が赫たる証――陸珀肆拾量体血色素、確かに検出されました。
もはや、赫の焔は『封じるべき火種』ではなく、我らが“理”そのものを試す“審判の炎”にございましょう」
源治の声が、低く問う。
「来る、グランドマザー号での闘いで……このままでは、赫を封じることは、もうできんのか」
冥影は一拍置き、答えた。
「……忌憚なきところ申し上げます。八傑衆の力量をもってしても、赫を完全に屠ることは、今のままでは――極めて困難かと存じます」
「なぜだ?」
源治の声に、怒気はなかった。ただ、静かに威圧の色が含まれていた。
冥影は畏れを込めて答える。
「赫の者たちは、もはや“個”で戦っておりませぬ。彼らは互いの能力を補い合い、“群れ”として戦場に在ります。
そして、その“群れ”の核にあるものは……“愛”にございます」
「愛、だと?」
「はい。斎と遥の間に顕現したのは、従来の赫にはなかった、同調と共鳴の波――それはただの情動ではございませぬ。術式をも凌駕する、本能的な信頼と執念。その“愛”が赫の力を引き上げております」
源治はしばし沈黙し、そしてゆっくりと立ち上がる。
「……それでも我らが征すべきは赫の血よ」
冥影はその姿に、崇拝にも似た眼差しを向けた。
「御意――。いかなる形となりましょうとも、冥影、命を以てその征伐にあたります。 我ら神勅の理の礎が、赫に崩されることなど、あってはなりませぬ」
源治は短く頷いた。
「……用意せよ。“赫の焔”を喰らうに足る、次の牙をな」
冥影は深々と頭を垂れた。
「拝命、痛み入ります」
「わしに、次なる牙の、心当たりがある……」
「!」
万策尽きたかと思われた矢先、法主源治の言葉に、冥影はたじろいだ。




