第三十一章 餓鬼の島・詩的暗号
台場のアジトに、お花茶屋博士が用意させた、ロムルス・デスコバルの私室。孟谷と斎は、彼の外出中を見計らって、中に忍び込む。
室内はいたって質素だった。
唯一、勉強家らしく机の上にはうず高く書類の山が積まれている。
斎と孟谷は、無言でロムルスのPCを見つめている。
画面に冷たく浮かぶパスワード入力欄は、まるで嘲笑っているかのように二人を見返していた。
「これは……パスワードロックがかかってるわな」
孟谷は眉間に深いシワを刻み、軽く舌打ちをした。
斎は腕組みをしてうなずく。
「見当もつかない…」
孟谷は苛立ちを隠せずに、ぶつぶつと呟きながらデスク周りを見回した。
「ヒント、ヒント、どこかにメモとか書いてないのか?」
斎は軽く肩をすくめる。
「そんなありがちなミスをロムルスさんがするとも思えませんけど」
孟谷がイライラした様子で机の表面をトントンと指で叩き、突然、その苛立ちがピークに達した。
「ええい、糞!」
勢い余って机を拳で叩くと、その瞬間、PCの画面が急に明るくなり、表示が変わった。
「……起動、しましたね」
「え……まじか」
斎の目が大きく見開かれ、孟谷もあっけに取られたように呆然と画面を見つめる。
「えっと、今のはつまり……『獅子の怒りの鉄拳で目覚めたPC』という認識でいいのですかね?」
斎が呆れたような口調で問いかけると、孟谷は貌を紅くして咳払いした。
「まあ、拳で話がついたのは偶然だろうな。とにかく見てみようぜ」
斎がマウスを操作し文書を開いてみるが、画面いっぱいに広がったのは馴染みのない、スペイン語で書かれた文書だった。
「スペイン語は……読めねえ」
「BEEPLに翻訳させましょうか?」
翻訳サービスにアクセスしたが……
あっさり翻訳を拒否してくるAI。「申し訳ございません。BEEPLはこの文章は翻訳できません」
拒否の言葉があちこちに登場する。
「なぜだ? なぜ翻訳しない」
「公序良俗に反するようなエロい文章は確か、BEEPLは翻訳してくれませんよね」
「ロムルスは……、ロムルスの頭ン中は、エロばっかりなんか?」
「それはわかりませんが、たぶんエロ・ワードを暗号がわりに仕込んで、第三者に知られないようにしてるのかも」
「あいつは、言語に、めっさ強いらしいからな、でもダメじゃん、それ」
「あ?でも日本語の文章もありますよ!見てみましょう」
それは、一篇の詩文であった。
「怒りを胸に秘めた、勇猛果敢なる、孤高の戦士よ。
忘れ去られた聖母の眠る戦場に進め。
『緑の地獄』を潜り抜け、血に染まる河を渡れ。
魂の帰還を待つ者が、明日なき『サイゴン』の灯火の下で震えている。
その者は、汝らの求める『聖母』。
眼を開けよ――そこは懐かしき香草と魚醤の香り漂う戦場。
緑の葉の上に広がる米紙の地図を辿り、『ブンチャーの宴』が密かに催される場所を目指せ。
今宵、失われし魂の声は、南海に燃える謀略により、隠され哭いている。
隠されし聖母の叫びを聞き分けよ。
赫の力を解き放ち、フォーの蒸気立つ場に切り込め。
全ての真実は、聖母の記憶が封じられた南海の海底に眠っている。
孤高の戦士よ、
『怒りの脱出』を果たすのだ」
「……何じゃ、こりゃ?」
「怒りの脱出って書いてますから、ランボーなんじゃないでしょうか?パート2」
「そういえば、あいつ、俺のことをランボーだとか、言ってたがそれと何か関係あるのかな」
「おそらく、孤高の戦士ってくだりは、孟谷さんとしか考えられませんね」
「……もういい、やめよう。住んでる世界が違う。文学青年のすることは、脳筋の俺等にはまったくもって、理解できん」
「了解、じゃあ、ロムルスさんに、勝手にいじったのがばれないようにPCの電源切っときますよ」
「頼むわ」
二人は肩を落としながら、PCの前でしばらく固まっていた。
孟谷のスマホに着信がはいった。
「孟谷だ」
電話の相手はみちるだった。
「たけちゃん、禿鷹の情報、ゲットしたわ。彼、クレジットカードで、世界一周クルーズのチケットを買ってる!5日後に東京に寄港予定のクイーンマザー号!」
「何だって……世界一周旅行?」
孟谷が急に声を上げ、斎も彼を見つめた。
「ヴァルチャーが? クイーンマザー号?」
孟谷は通話を終えると、急に机の上の書類を乱暴に漁り始めた。
「ちょ、ちょっと、いきなりどうしたんですか?」
「船の搭乗案内なら、さっき、ちらっとみたぞ」
孟谷は勢いよく書類の束を掴んで掲げる。
「あった、ここにも、クイーンマザー号のチケットと搭乗案内が!」
斎も書類を手に取り目を通した。
「寄港日は……ちょうど5日後ですね」
孟谷は目を細め、推理を巡らせるように唇を引き結んだ。
「すべてを解くカギは、どうやら、5日後のクイーンマザー号にあるようだな」
斎は思案深げにうなずく。
二人は無言で互いを見つめ合った後、ふっと笑みを交わした。




