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第二十六章 餓鬼の島・東京特攻警察

 パトカーのサイレンが徐々にその音量を増し、迫り来る警光が闇夜を鮮烈に彩った。


 赤と青の光が交互に回転し、鋭く瞬く光がアスファルトの路面を激しく照らし出す。


 孟谷はゆっくりと振り返り、その眩しいほどの光に目を細めた。


 夜闇を切り裂くようにパトカーが数台連なって停車すると、車体が揺れ動くほど勢いよくドアが開き、制服姿の警察官たちが緊迫した表情で降り立った。


 彼らは素早く孟谷を取り囲み、警戒の態勢を敷いた。


 騒然とした中で、一人の六十歳がらみの男が悠然とした足取りで車両の群れの中から姿を現した。


 その姿を視界に捉えた瞬間、孟谷は心臓が高鳴った。


 懐かしさと驚きが胸に広がり、かつての日々が鮮明に蘇った。


「孟谷か、五年ぶりか、生きとるかぁ?」


 力強く温かいその声は、孟谷の心に静かに響き渡った。


 警視庁捜査一課、反社会特別重要犯罪組織撲滅攻略班、通称『特攻警察トッコウ』を率いる長谷川栄蔵警視――彼こそが孟谷の警察人生において、師であり父のような存在でもあった。


「長谷川警視……ご無沙汰しています」


 孟谷は胸中の感情を抑えきれず、声が僅かに震えた。


 長谷川は懐かしそうな微笑を浮かべ、親しみ深い表情で孟谷の肩に大きな手を乗せた。彼の手は厚く温かく、その感触に孟谷の心は癒された。


「やっぱり、お前だったか。相変わらず派手にやったな。怪我はないか?」


 孟谷は頷き、口元に苦笑を浮かべた。


「ええ、とりあえずは生きてます。すみません、ご迷惑をおかけします」


「お前さんが、自分から、やんちゃをしたとは思うておらんよ。迷惑など……とんでもない」


 長谷川は優しく微笑み返した。


「それで、現場はどうなっている?」


 孟谷はゆっくりと視線を巡らせ、牙王が放棄したAMG G63へと長谷川を導いた。


 黒塗りの車体には先ほどの戦闘の激しさを物語る傷跡が生々しく刻まれており、その存在感は異様な威圧感を放っていた。


「役物のゲレンデヴァーゲンを乗り捨てるとは、贅沢なやっちゃのう、もったいないおばけが出るで、さて、ナンバーを……、おっ?珍しい、偽造テンプラナンバーではないみたいだの」


 長谷川は鋭い目でナンバープレートを確認すると、スマホを取り出し、ナンバー照会を始める。表情が厳しく一変した。


「ハーヴェスター日本法人、東京支社が所有する特別登録車両……、わが警視庁の法的拘束力の及ばない連中たちの車だ、いわゆる、治外法権ナンバーだの」


 長谷川の声は重苦しく、彼の瞳には苦渋が浮かんでいた。


 治外法権ナンバー。


 有名なものでは、外交官ナンバーと呼ばれるものがあるが、実際にはそれ以外にも存在すると言われている。


 ある若者が、酒を飲んで高速道路で蛇行運転の末に、前を走る車に追突して、人身事故を起こした。


 レクサスLX600に乗っていた彼は無傷だったが、追突された軽ワゴンに乗っていた一家四人は、レクサスと道路の外壁に挟まれ、ものの見事に潰されて全員即死状態であった。

 

 事故処理に駆けつけた警官に彼は、ただ一言、


「あぁ、俺の親父は、最高裁の判事だから……」


 警官は、それを聞いて、ナンバーを照会して、確かに名義が最高裁判所の判事の名前である事を確認した後に、若者は無罪放免になったという。


 いわゆる、一般の下級国民(クズ)と区別する意味で、政治家、高級官僚、経済人、著明芸能人・文化人等、上級国民(セレブ)の運転する車輌は、あらかじめ治外法権ナンバーとして、特別登録され、簡単なスマホの操作で確認できるようにされているという。


 それにしても、ハーヴェスターの車輌を、八傑衆の牙王が運転しているという事は……、やはりミア農業相誘拐事件にも、邪馬統一族が、絡んでいるのか、と考えると、孟谷は、苦笑いするしかなかった。


「孟谷よ、あの、闇の帝王、ゲーレン・ダストにつけ狙われるようなことをしとるんかい?」


 孟谷は重く息を吐き、声を低く絞り出した。


「そういうことになりますかね」


「やはり……そうかあ、だと、あまりお前さんにやってあげられることは少なくなるな。ハーヴェスターに弓をひくということは、タロットアメリカ大統領、更に彼ともつながり深い、天下の大与党邪馬統神勅党に弓をひくことと、同義だからのう」


 長谷川は眉間に深い皺を刻み、孟谷に真剣な眼差しを向けた。その眼差しには、部下を守れない立場の辛さと悔しさが色濃く滲む。


「孟谷、すまんな、宮仕えの立場なれば……実は、娘が私学に進むといい始めてな、恩給がもらえるまでは、首にひもがつけられた生活だよ。自由に生きられるお前さんがうらやましい」


 長谷川はG63から、孟谷の持つレミントンに視線を移した。


「おう、M870か、銃身の剥き身はいかんぞ、それとも何発かつこうたか」


「……」


「まあいい、発射残渣と、硝煙反応のチェックは、『わざわざ』しなくても、大丈夫ってことだな?」


 孟谷は静かに頷いた。


 長谷川は、ニヤリと、再び優しい笑みを浮かべると、力強く孟谷の肩を叩いた。


「ところでだ、お前さん、まだ倉沢美月のことを許しておらんのか?もう5年だぞ」


「ハァ?」


「まだ、婚約者の意識が戻らんから、っていうのは、わからんでもないが。人間、寛容の心を持つことも必要だ。美月の奴はいまだにお前さんたちに申し訳ないことをしたと思い悩んでいる。そろそろ許してやれ」


「許すも、許さないも……もう気にすることはないからと、本人に伝えてください」


「それは逢ったら、自分の声で伝えろ、それ……からだ、ハーヴェスターと闘っているお前さんに、伝えときたいことがある。我々が捜査協力者スパイとして関係を持っていたハーヴェスターの、元社員が、先ほど、歌舞伎町1丁目のマンションで惨殺されているのが見つかった。禿鷹《ヴァルチャー》という男だったが、少々、殺され方が異常でな、全身、激しい刃物傷で、頭部、体幹、上下肢、手指、足首までバラバラ、おまけに激しい電撃火傷まで残されていた。相当の恨みを抱いたものが、おそらく口封じ、リンチ、見せしめの目的でやったのだろうがな、酷い殺され方だったらしい」


山南修平ヴァルチャーが消された……。ハーヴェスターを裏切った男が……」


 孟谷は、夜空を仰ぎ見た。


 遠く去っていった敵の姿が瞼の裏に鮮明に浮かび上がり、再び彼の心に燃えるような闘志が甦った。


 戦いはまだ終わっていない。むしろ、これからが本当の戦いなのだ。


 孟谷はそう自分自身に言い聞かせながら、固く握り締めた拳に力を込めた。


 冷たい風が彼の頬を撫でるが、その冷たさが逆に彼の心を一層奮い立たせるようだった。


 彼は静かに呟いた。


「次こそ、必ず……」


 その決意に満ちた声は、夜の闇に静かに溶け込み、彼の胸の内だけで強く響き続けていた。


 接触しようとしていた山南修平(やまなみしゅうへい)は口を封じられた。


 孟谷は緊張が解けたかのように静かにハンドルを握っていた。


 鴉皇 《あおう》の放った言葉から察するに、下手人は、八傑衆の風魔、雷桜。


 瀕死の重傷を受けて、まだわずか二週間だ。


 斎、遥の回復力もさることながら、邪馬統一族の創傷回復能力も驚異的であった。


 引き返して台場へと向かうM8。


 インカムを通じてみちると連絡をとる。


「みちる、せっかく教えてくれたのに、先手を打たれた。禿鷹ヴァルチャーは消されてしまったようだ」


「……残念です、ボス」


「なあ、みちる……禿鷹ヴァルチャーが消された理由、何か掴めるか?」


 孟谷が唐突に切り出した。


 深いため息をついた。


「……まだはっきりとは、ね。でも、禿鷹が持ち出した情報は、相当ヤバいものだったみたいね」


「だろうな。殺され方も異常だった。相当の恨みか、見せしめのための制裁か……、情報とれたら教えてくれ」


「大丈夫、任せてよ。こういうの、得意だから……、ねえ、たけちゃん、手がかりをみつけたら、お礼にあとで、みっちゃんのあそこ、ほじほじしてね」


「……耳垢ぐらい、自分でとれ」


「あら、いけずねえ、じゃあ、またね!」


 M8はレインボーブリッジを渡っていた。


 長谷川と交わした会話を思い出していた。


 倉沢美月……。東京特攻警察時代に、彼女に仕事を一から教えたのが孟谷勲。


 五年まえに、ある事件がきっかけになり、孟谷は公職を去り、美月は捜査一課殺人犯捜査第三係に移動。


 美月は、立て続けに起こった、凶悪殺人事件に忙殺されているはずだ。


 おそらく今頃は、歌舞伎町一丁目の現場でバラバラ死体と向き合っているのだろう。


 綾瀬の建築現場で起こったバイクギャング殺戮事件、神宮寺学院教師殺人事件、そして、今夜の山南修平(やまなみしゅうへい)殺人事件。


 全ての事件に孟谷は関りを持ち、裏事情を知っている。


 だが、それを今、美月に伝えることはできない。


 そうなると、斎は死刑台の露に消える……。


 このことは墓場まで持っていかなければならない。


 それに、ミア農業相誘拐事件だ。


 キー・パーソンの一人、ロムルス・デスコバル。


 共に教授の愛弟子であり、同時期に東響大学で学んだというが、法学部の孟谷と、文学部のロムルスには直接の接点はない。


 孟谷はロムルスの真意を測りかねていた。


 ロムルス・デスコバル、奴は、敵か?味方か?


 そして、彼の妹、エスメラルダの失踪と関係はあるのか?


 もやもやとした、不安要素(フラストレーション)が際限なくたまってきる。


 こういう時は、寝酒でも喰らわなければ、やってらんないぜ……。


 孟谷は、M8をアジトレジデンツァ・ヴェラヴィータの地下駐車場へと進めた。



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