第二十三章 餓鬼の島・追跡者の影
M8のエンジン音が響き渡った。
孟谷勲は無言で、アクセルを踏み込み、高速台場ランプへと車を走らせた。
バックミラーで後方を確認しながら、孟谷はインカムのマイクを作動させる。
「よう、みちる、聞こえるか?」
一拍の沈黙の後、快活な女性の声が返ってきた。
「はいはーい、ファイナルシャープ調査事務所、園業寺みちるでございます。どうされました、ボス」
「急ぎで調べてほしいことがある」
「了解。お題をどうぞ」
「ハーヴェスターの内情に詳しい事情通を探してほしい。特に、ゲーレン・ダスト絡みの情報に強い奴だ」
孟谷はアクセルを踏み込み、M8をさらに加速させた。
夜の高速道路を流れる光が車窓を次々と横切っていく。
「ハーヴェスター? あの巨大悪徳商社ですね」
「厄介な事に手を突っ込んたら抜けなくなった状態でね」
「わかった。ちょっと待ってね」
インカムの向こうから、キーボードを高速で叩く音が響いてくる。
みちるは普段から陽気だが、いざ調査となると別人のような集中力を発揮する。
「で、今回の案件は?」
「ミア・マリエッタ誘拐事件だ」
「ああ、あれは、素敵な所帯持ちのセニョールと不倫駆け落ちしたって、オメガでは噂になってますが?あらら、本当のところは誘拐ですってえ?」
「その通りだ、関係者で一人気になる奴がいる」
みちるはキーボードの音を一瞬止めた。
「誰?」
「ロムルス・デスコバル。ミア大臣の秘書」
沈黙が流れた。
みちるの表情が見えないまでも、孟谷には彼女が眉をひそめている姿が容易に想像できた。
「ミア農業相の秘書ですね……ちょっと待って」
キーボードの激しい音が再開される。
みちるの調査能力は抜群だ。
電子世界を自在に操り、どんな情報も引き出すことができる。
「出てきたわ、ロムルス・デスコバル、32歳。サン・ディオス共和国出身、東響大学を優秀な成績で卒業……」
「そこまでは、知ってる」
「じゃ、もっと深掘りしてみるわね……あら?」
「どうした?」
「ロムルスには……妹がいるわ。名前はエスメラルダ・デスコバル、年齢23歳。現在、N.Y.大学に在学中。でも……」
「でも?」
「この半年、彼女がニューヨークのキャンパスに姿を見せていない。大学側は自主退学扱いにしてるけど、SNSにも一切情報が上がってない。完全に行方不明よ」
孟谷の目が鋭くなる。
「ハーヴェスターの脅迫材料か……」
「その可能性は高いわね。ロムルスが内通しているとすれば、妹が人質に取られている可能性もありますねえ」
孟谷は苦々しく唇を噛んだ。
「だとすれば、それはそれで、事情通に接触する際の重要な手札になる。その情報、確実か?」
「確実よ。ニューヨーク大学のデータベースにアクセスして確認済み。エスメラルダは完全に消息不明状態よ」
「了解した。他には?」
「ハーヴェスター内部の情報を知ってる人物ね……。ひとり、近くに条件にかなう人物がいるわ」
「誰だ?」
「元ハーヴェスターの日本法人社員で、去年、内部機密を持ち出して馘首になった男。現在は都内に隠れて身を潜めてるそうよ。名前は山南修平、通称、禿鷹。元々はダストの腹心の一人だった人物」
「そいつに弱みはなんかあるか?」
「多額の借金に加えて、ハーヴェスターの不正を内部告発しようとして、逆に弱みを握られ、追い詰められている状態。特に、元部下だった女性の事故死について、殺人の容疑をでっちあげられそうになっている」
「ひょお、それは興味深い。つまり……こっちが手を貸す代わりに、情報を引き出せるかも知れないってことか」
「さすがボス、話が早いわね」
「禿鷹の居場所は?」
「彼は今、歌舞伎町1丁目の雑居ビルに潜伏中。会う気なら、今夜がチャンスね。敵が先手を打って動き出してる可能性がある」
「新宿、か……了解した。そちらでも監視を続けてくれ」
「OK。ボス、気をつけてね。邪馬統に繋がる連中が、赫い獲物を探して都内でわさわさ動いてるって情報が入ってる。やばいのが出てくるかもよ」
「邪馬統か……それならば、望むところだ」
「……ああん、かっこいい、たけちゃぁん、みっちゃんのこと、いつでも、めちゃくちゃにしてもいいのよん」
「あほか。すぐに歌舞伎町に向かう。何かあったら連絡してくれ」
「了解よ、ボス」
インカムを切った孟谷は、アクセルをさらに踏み込み、M8を一層加速させ浜崎橋ジャンクションを通過した。
視線の先には煌々と光る高速道路の照明が続いている。
「ハーヴェスターに邪馬統か……まとめて潰してやるわさ」
彼は呟きながらアクセルをさらに踏み込んだ。
高速道路の流れる光は流星のように彼の視界をすり抜けていく。
しかしその時、バックミラーに複数のヘッドライトの光が現れた。
距離を詰めてくるその灯りは、明らかに敵意を帯びていた。
孟谷は苦笑し、ハンドルを強く握り締めた。
「来たか……今夜は、賑やかな夜になりそうだ」
助手席をちらりと見る。
無造作に置いた、ショットガン、クロームメッキの銃身が光っている、レミントンM870 マリーンマグナム。
「一応、持ってきておいてよかったぜ」
なるべく、流血の事態は避けたいが、最悪の場合は、赫の力、そして、銃の力を駆使することは、あり得る。
背後のヘッドライトはさらに数を増やし、獰猛な光を放ちながら猛スピードで追い上げてくる。
遥か後方に響く重低音のエンジン音と、クラクションを鳴らして威嚇する、鈍重だがプレッシャーを押し付けてくるような、12トントラックの気配が迫っている。
「まあ、いいさ。立ち塞がるものは叩き潰して前に進むのが俺の流儀だからな」
彼は冷たく笑い、猛然と迫る敵を従え、M8を疾走させ続ける。
新宿に待つ情報提供者――禿鷹との接触のため、孟谷はすでに臨戦態勢に入っていた。
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