第百一章 餓鬼の島・嗤う支配者
──貴賓席。
カジノフロアから続く専用リフトで隔離された、金縁と黒檀のラウンジ。
香のようにたゆたう煙草の煙、クリスタルグラスに揺れる琥珀の液体。
特等席からは、リングの全景が見下ろせる。
そこに、ひときわ派手な金髪の男が足を組んでいた。
ミッキー・タロット。
アメリカ合衆国大統領、口先と資本の暴力で成り上がった“選挙の魔王”。
「ホォォォ……あの金ピカ野郎、牙王って言うのか。いいねえ、ああいう単純明快なバカ。好きだよ、俺は」
横に座るゲーレン・ダストは、無言で赤ワインを揺らしていた。
顔には常のように無表情の仮面。だが口元には、わずかな嗤い。
「バカほど戦場じゃ使える。撃てと言えば撃つ。吠えろと言えば吠える」
タロットはカラカラと笑う。
「それに比べてさ、日本人ときたら……どいつもこいつも、やたらと空気読むし、忖度ってやつ? 気持ち悪いほどだ」
「皮を剥げば、骨まで従順な種族。それでいて誇りだけは神棚に飾ってる。──滑稽だ」
ゲーレンはリングに目をやる。
牙王が黒翼将・鴉皇に、猛然と跳び蹴りを放っている。
「ま、それでも……この牙王だけは、ちと面白いかもしれん。原始的な匂いがする」
「アメリカにも欲しいな、ああいうタイプ。テレビショーで人気取れるぜ。デスメタル流しながらスシ巻いて筋肉見せるってのはどうだ? “金狼シェフ牙王!”」
タロットは高笑いした。
タロットはウィスキーをくゆらせながら、ゲーレンに顔を寄せた。
「で……“α”は、いつお披露目だ?」
「今夜だ。牙王を舞台に吊るしておけば、十分な“焦点”になる」
「いいねぇ……“焦点”。人間は、怖れと驚きが重なると、拍手じゃなくて、黙って見上げるんだよ。そういう顔、俺は大好きだ」
ゲーレンは応じなかった。
代わりに、足元のモニターに視線を落とす。
そこには、地下収容区画に固定された“実験体デスパレートα”――かつて名を持っていた者の姿が映っていた。
皮膚は変色し、骨格は変形し、内面には人工の血と筋肉が交差する。
それは“生物”でも“兵器”でもない、ただ“見せ物”として調整された破壊体。
「“デスパレートα”……」
ゲーレンが小さく名を呼ぶと、モニターの映像が僅かに脈動した。
異常な心拍の波形、共振する鼓膜周波。
リングで今まさに闘う者たちの興奮と、彼女=デスパレートαの内部に埋め込まれた“観戦リンク”が同調し始めていた。
「……呼応している。牙王の咆哮に」
「じゃあやっぱり、牙王を“餌”にして正解だったな」
タロットは満足げに頷くと、視線をリングへ戻す。
牙王が叫び、鴉皇が血を吐き、霧と影が交錯するその中心に、
観客は狂気し、金は流れ、国の未来が嘲笑とともに握りつぶされていく。
「この世界は簡単だな、ゲーレン」
タロットが笑う。
「“見せたいもの”を見せるだけで、人はすべてを受け入れる」
そして、その“見せ物”の幕が――今、上がろうとしていた。
ゲーレンは鼻で笑う。
「──その“牙王”を喰らう役が、我々の“α”なら、演出としては完璧だ」
「それそれ、それがいいんだよゲーレン。観客ってのは、強者を見たいんじゃない。“強かった奴が負ける”のが見たいんだ。悲鳴が、金になる」
タロットがグラスを空にすると、すぐに黒服の従者がボトルを差し出す。
そのラベルは──“日向高原ウィスキー”、日本製だった。
タロットは目を細める。
「そういや、日本の農産品も潰しどきだな。そろそろ“規格不適合”とか言い出して輸出止めてやるか。関税って便利だよなぁ?」
「問題は、全農響の残党ども。まあ、奴らのドンを潰して、少しばかり舞台を整えてやったが」
ゲーレンが嗤う。
その視線の先には――日本壊滅のシナリオが見えているようだった。。
「フッ、日本はいつの時代も“炎”と“影”を抱え込んで自滅する……それを俺たちは、観客として笑って見てりゃいい。な?」
「ミッキー、次の手を打つぞ。“収穫”のための風向きを変える」
「了解。じゃ、俺は演説でこう言おう――“私は日本を愛しています。だから再教育が必要なんです”ってな」
二人の笑い声が、地下の熱狂と歓声に、冷たい異音のように混ざっていった。




