終章(4) 私のことを思い出してくれて、
「もう良いわ」
ハナと近嵐は、ギルタブリルの声を合図に目を開けた。
急に差し込んだ強い日差しに、目がくらみ、何度も瞬きをする。
一面の青い空、見渡す限りの海。誰も居ない島の浅瀬に近嵐とハナは立っていた。
「見える? あの光」
ギルタブリルが真っ青な空を指さす。
金色の光が、白い放物線の隙間を縫って、ものすごい速度で空を飛び回っていた。
「始まって、2時間くらいたつのかしら。1回目は10分と持たなかった。2回目は1時間くらいだった。今回は、ずっと、長く戦えてる。でも……」
ギルタブリルの頬を一筋の涙が伝った。
「勝てないの。あれは、まだ本気で戦ってない。ずるいよ。ずるいよね。どうしてこんなことを繰り返さなきゃいけないのか。私たちは誰も望んでいないのに。望んで始めたことじゃないのに。どうして戦い続けなきゃいけないの? 何で何度も殺されないといけないの?」
ギルタブリルは、近嵐とハナを振り返った。
「私は、人間なんて、どうでも良いって思ってた。ルルが人間を眺めてるのが好きだったから、ルルを楽しませてくれればそれで良いって」
ギルタブリルは、微笑んだ。
「でも、今は感謝してる。ありがとう。あなたたちがここまで来てくれるなんて。記憶を取り戻して、ルルを探しに来てくれるなんて。あり得ない。奇跡よ。ありがとう。ルルをそんなに思ってくれて」
ギルタブリルの両手が光を放ち始める。
まずい。
近嵐は、ハナをかばう様に抱き寄せた。
「お前……まさか……」
「リルちゃん……!」
「ルルの最後のお願いよ。万が一、あなたたちの記憶が戻ったら、もう一度消してって。私の方が、記憶消去は得意だから。脳の記憶を消してもだめなら、その全身の。細胞の隅々まで、ルルの記憶を消す」
「!」
ギルタブリルの両手から、無数の金色の糸のような光が放たれ、近嵐とハナの体に巻き付いていく。
「……!く……くっそ……」
「う……」
「1時間くらいかしら。目が覚めたら全て忘れているから」
ギルタブリルが両手を空にかざすと、金色に輝く板が中空に姿を現す。
ゆっくりと、その板が、近嵐とハナを囲むように降りてくる。
「ルルの伝言よ」
金色の板が四方を囲んだ後、その上に蓋をするように一枚の板が降りてくる。
「私のことを思い出してくれて、ありがとう」
暗闇が近嵐とハナを包み込んだ。
***
視界が消失する寸前。
ハナは、ツムギからもらったボタンを力強く押しこんだ。
***
ウガルルムが、ムシュマッヘの首を一本引きちぎった。
ギルタブリルは、近嵐とハナが閉じ込められた金色の箱を背に、持てる力の全て使い果たし、ぐったりと砂浜に座り、ただ、それを見つめていた。
もすうぐ1時間。体の隅々まで、すべての記憶の洗浄が終わる。
「?」
激しいプロペラの音が、静寂を突き破って近づいてくる。
「? ヘリ?」
馬鹿な。ここは、人間の到達できない領域。ここに真っすぐ進むことなんてできないはず。
「ハナ!!」
ギルタブリルは、想像の範疇を超えた光景に愕然とした。
遥か上空のヘリコプターから、落下してくる小さな人影。ゴーグルを掛けているが、見覚えのあるその容姿は。
「……ツムギ……!?」
なぜここに、どうやって。
パラシュートを開き、慣れた姿勢で砂浜に降り立つと、パラシュートを手早く外し、砂浜に足を取られながらツムギが、近嵐とハナが閉じ込められた金色の箱に駆け寄っていく。
「ハナ!そこに居るの?! 何なのこれ! ウガちゃんは?!」
「え?」
何ですって?
なぜ、ツムギまでルルの記憶を残している?
「この……ハナを……返せっ!」
ツムギが右の拳を金色の箱に叩きつける。
腕が折れる……とギルタブリルが止めようとした瞬間。
ツムギに触れられた金色の箱が、触れた先から砂の様に崩れ去った。
「うそ……」
ギルタブリルは呆気に取られて、目の前の光景を呆然と見つめていた。
人間よね、あの子……。
……違う。
これは……。
「ルル……」
ツムギの前髪を留めている四葉のヘアピンから放たれていたのは、強力な、ウガルルムの力だった。
あれが、この海域まで、あの子を、あの子だけを連れてきた。
あの力の量。かなりの時間、あの中に自分の力を注ぎこみ続けていたに違いない。
「ハナ!近嵐さん!」
ツムギが触れると、二人を覆っていた光は、近嵐とハナに吸い込まれる様に消えていった。
術式が、全て解かれた。
記憶まで、全て元に戻された。
力を出し尽くしたギルタブリルは、その様をただただ眺めていた。
「ツムギちゃん……!本当に……来てくれた……」
「こんなに早く、しかも大西洋の無人島に呼ばれるとは思わなかったわ。さすがハナ」
ツムギは、ハナにウインクをした。
目を開けた近嵐は、ツムギと、ツムギのヘアピンを見つめていた。
「ツムギちゃん……」
ツムギのヘアピンが光る。
あれは、ルルがハナちゃんに渡したヘアピン。
また、ルルに助けられた。
いや、違う。
呼んでる。待ってる。
行かなきゃ。
青い空の向こうで、何かが突き刺さる音が響き渡った。
「ウガちゃん!」
ハナは青い空から落ちていく一筋の金色の光を見つめ、叫んだ。
ギルタブリルが顔を覆う。
「もう……嫌……もう……ルルを殺さないで……。お願い……」
近嵐は、ギルタブリルに駆け寄った。
「ギルタブリル、俺はルルを助けに行く。あそこに近づくにはどうしたらいい」
「駄目……あなたが死んだら……」
「俺は死にに行くわけじゃない」
ギルタブリルが近嵐を見つめた。
「……そこの水たまり……。そこが、ルルの戦っている領域の入り口」
ハナと近嵐は目を見合わせた。
「私、もう……嫌……。ルルを悲しませたくない……。でも……。ルルが殺されるのも、また一人になるのも、嫌」
力を使い果たしたギルタブリルは、涙をぽろぽろとこぼす。
「最初から、相談してくれよ。目的は一緒なんだからさ。俺、ルルを助けて来るよ」
ギルタブリルは、目を見開いた。
「でも、あなたが死んだら……ルルが……」
「大丈夫。俺も、ルルに賭けることにした」




